May 16, 2008

読んでも、見ても楽しい江戸から近代!/『刺青とヌードの美術史』5

刺青とヌードの美術史








●刺青とヌードの美術史
  ―江戸から近代へ ●

●著者;宮下既久朗

続きを読む

moondrop_aco at 04:52|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)アート系 

May 15, 2008

2008/May前半 /『画家映画特集』

今月は『画家映画特集』。続きを読む

May 14, 2008

溢れるような幸せ!!作家の理想像/『ミス・ポター』5

ポター/1

●ミス・ポター/Miss Potter●
●監督;クリス・ヌーナン
●脚本;リチャード・モルトビー・ジュニア
●出演;レネー・ゼルウィガー/ユアン・マクレガー/ル・パタソン/エミリー・ワトソン
●DATA; 2006年/アメリカ・イギリス/92分

 女の子はみんな大好き!世界で一番愛されるウサギは“ピーター・ラビット”だろう。その作者、ビアトリクス・ポターがどんな女性だったか?ピーターの絵を知っていても彼女のことを知る人は多くない。本作は、19世紀末から20世紀初頭のイギリスにあって、自立と成功を勝ち取ったビアトリクス・ポターの若き日の物語。伝記映画と思ったら、素敵なファンタジーだった。

●あらすじ

1902年、ロンドン。水彩紙に、ブルーの色を試し塗りする。何度も何度も、イメージに合う色を探す。ミス・ポターは31歳になる。綺麗な絹の衣装を着ていても、彼女は変わり者だった。ロンドンの富裕層出身のレディたちは18歳過ぎれば、見合いをして、家柄の見合った男性と結婚する。することと言えば、お茶や刺繍、家事と育児…。ビアトリクスの両親も、彼女をそのように育てたはずだった。

 だが、彼女は今、出版社のドアを叩いている。ミス・ポターは、自分の小さい友人であるウサギのピーターの物語を出版したいと考えていた。本の理想は、完璧に頭の中にあった。本の大きさは小さな子供の手に合わせて、小さいもの。沢山の子供が読むことが出来るように、印刷はモノクロの方がコスト安になるだろう。頬を紅潮させ、本の版元に熱弁を奮うミス・ポターを呆れ顔で見つめる二人の紳士は、ウォーン兄弟、出版社の経営者だ。二人の紳士は、「ウサギの本など、3册も売れれば良いところだ」と内心、思っていた。紳士の退屈そうな様子に、絵を仕舞い、帰ろうとするミス・ポターに、紳士は「我が社から出版しましょう」と言った。意外ななりいきに、大喜びするミス・ポター、横には監視役の付き添いの老嬢ミス・ウィギンが、これまた呆れ顔で彼女の様子を見ていた。ミス・ポターの大切な友人ウサギのピーターのことを多くの人は、ただの道楽だと思っていた。
ポター/2
 帰宅してビアトリクスを待っていたのは、口うるさい母と、理解はあるが、保守的な父だった。出版社の人が来訪することを母に言えば、「商売人は、家に埃を持ち込むのでイヤだ」と母が嫌味を言う。この母の口うるささから、たった一人の弟はワイン商の娘と駆け落ちし、勘当同然、結婚しないビアトリクスを家事手伝いに縛ろうとしていたのも母だった。母のイヤミに対抗しながら、ビアトリクスは自室で絵を描くことにした。いつものように画用紙に向かうと、絵の中の友人たちが動きだす。夏の日、一家で過ごした湖水地方の美しい自然、農場、そこで生きる小さい友人たち、ウサギ、アヒル、カエル…、を思い出していた。ミス・ポターの心は、埃っぽいロンドンから離れていた。

 ミス・ポターの家に、ウォーン社から担当者が来訪した。彼はウォーン兄弟の末息子ノーマン、昨日まで病気の母の世話をしていた。若い彼に、ビアトリクスは、自分の本を作るには経験不足では?と、危惧する。だが、話すうちに彼の屈託のない明るさ、育ちの良さや、熱心さがビアトリクスには感じられた。とく、にウサギのピーターを愛してくれたことが、彼女には好ましく思えた。二人の共同作業、名作“ピーター・ラビット”の出版作業が始まった。>>>つづきはDVDでどうぞ!

ポター/3

 2006年のクリスマス・シーズンに合わせた、美しくて、素敵な物語だ。主役ミス・ポターに、そんなに美人ではないレネー・ゼルウィガーを配し、ウィーン社の末息子は、良い人を演じたらピカ一!!のユアン・マクレガーを配している。この二人の、心温まる交流は、見ているだけで幸せな気分になる。また、ウィーン家のハイ・ミス、ウォーンの姉を演じるエミリー・ワトソンも、時代に反抗する自立心の富んだ女性として、楽しく、強く、好ましい演技を見せている。

 ビクトリアン末期のロンドンのファッション、ビアトリクスの子供時代の洋服、子供部屋の調度、ドール・ハウス、お茶の道具、お菓子などなど、この時代のものが大好きな人には、細部のさまざななものが楽しいと思う。DVDを注文しようかと、思案中…だ。

■■■

ポター肖像
 だが、少しでも、ビアトリクスのことを知っている人は、???になるかもしれない。ある人は、この映画に描かれるミス・ポターは、余りに明るく、陰影が足りないことに気づくだろう。本作『ミス・ポター』は、最高の家族映画の一本だと思うが、多くの映画作品がそうであるように、忠実な伝記映画ではない。

 ウォーン家の末息子との交際、実際は4年間、毎日、文通していたそうだが、映画の中では、ほんの数カ月のように描かれる。また、“ピーター・ラビット”の出版までに経緯は、映画ではウォーン社が最初のように描かれているが、実際はそれ以前に出版は開始されている。

 一番、物足らなさを感じたのは、ビアトリクス・ポターは、日本の南方熊楠のように、菌類の研究をしていたことが描かれていなかったこと。彼女はキノコと藻類が共生関係にあることなど、新発見をしていた。、彼女が女でさえなかったら、植物学者として活躍していただろうし、王立植物園で働いていたかもしれない。

 また、ポター家が、合理的ユニテリアンと言う一派に属していたことも、彼女の人物像に違う光が当るはずだ。一番、違和感があったのは、ポター家の母親、ミセス・ポターが、無理解で無知な婦人のように描かれていたこと。実際のミセス・ポターは、水彩画家として、作品を残している。映画では、父親が風景画家を志したとされている。もし、ビアトリクスが存命なら「あら、ずいぶん違うわね!」と言うかもしれない。

■■■

 10年ほど前、湖水地方を旅行したことがある。もちろん、お目当ては、ベアトリクス・ポター、彼女が愛したヒル・トップの自然を体験することだった。彼女が最晩年に過ごして、現在、公開されている小さな農家も見ることが出来た。

 映画の中の農家は大きいものだったが、私が見た家は、イギリスの田舎にある小さな、小さな、石づくりの家だった。家には、彼女のものだった古いドール・ハウスがあった。見事だったのは、宿根草が主体の夏の花壇!!。自然を活かした配置や、背の高い草花は、日本では見ない、野性的で美しいものだった。きっとビアトリクス・ポターの趣味を残した庭だと思う。この雰囲気はターシャ・チューダと共通している。

■■■

 世界で一億冊以上販売された『ピーター・ラビットシリーズ』、父母の遺産に加えて、その印税で16KM2の土地、農園を保存し、国に寄付。優れたナショナル・トラスト運動家としてのポターの仕事は、どんな賛美も足りないほどだ。ピーターが世界一愛されたウサギなら、ミス・ポターは世界で一番幸せな芸術家だと思う。

 あ〜〜〜、、、また湖水地方にイキタイヨ〜〜!!

ブログランキング・にほんブログ村へPlease on Click!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

ポターの絵

May 12, 2008

歴史の不幸!悪が誕生する日。/『アドルフの画集』4

アドルフの画集

●アドルフの画集●
●英語原題;MAX
●監督・脚本;メノ・メイエス
●出演;ジョン・キューザック/ノア・テイラー/リーリー・ソビエスキー/
モリー・パーカー/ウルリク・トムセン /ダヴィッド・ホロヴィッチ
●DATA;2002年/ハンガリー・カナダ・イギリス/108分/

 芸術家を題材にしたDVD。アドルフとは、あのアドルフ.。そう、ヒットラーの若き日を描いた作品だ。奇妙な男の友情と、時代の大きな潮流の中で、生きるべきものと、死すべきものが、入れ代わったような、運命の皮肉!?さて、どんな作品かと言うと…。

●あらすじ

 1918年(水晶の夜事件の20年前/ミュンヘン一揆の5年前)のミュンヘン。第一次世界大戦で、ドイツは敗戦。領土の割譲、巨額の賠償金、人々は、貧困と不況の中で喘いでいた。軍宿舎の中に、画家を志す若者アドルフがいた。その宿舎では、民族主義の政治グループが人材を求めていた。それは、人々の憎しみの対象をユダヤ人に向けるものだった。その会話を聞いていたアドルフは、無関心に席を立った。

 マックスは、鉄工所の一角で画廊を始める。彼は、画家を志していたが、戦争で右腕を失っていた。廃屋のような大きな空間に、デュシャン、エルンストやクレーの抽象作品や、斬新な大作が飾られていた。画廊のパーティには、裕福な人々が集まり、シャンパンのグラスを重ねる。そこだけ戦争などなかったよう。マックスは裕福なユダヤ人の家庭の出身だった。

 マックスの画廊を、アドルフが訪ねる。彼のスケッチブックには、丁寧な風景画が描かれていた。マックスには、絵には魅力を感じなかったが、何か違う情念を感じていた。マックスは、その情念を画布に表現出来たら、「面白い作品が生まれるのでは」と直感し、アドルフに資金援助を申し出る。

 アドルフの中の、激しい炎を見つけた男が他にもいた。彼の弁説の才能に気づいた将校は、予定していた弁士の代理をアドルフに頼む。政治に興味のないアドルフは、「ユダヤ人の悪口を言え」と言う将校の指示に従ってしまう。絵を描きながら、演説活動をするアドルフ。最初はまばらな聴衆相手、酒場や路上で演説していたアドルフは、演説中に奇妙な高揚感を感じる。また、彼のユダヤ人排斥の過激な内容は人気を集めていく。彼の反ユダヤ的なアジテーションを知ったマックスは不安に駆られる。アドルフが絵の道に専念するように、アドバイスと資金援助を続ける。

 白い画布に色を塗るアドルフ。だが、画布の上には何も生まれなかった。彼は自分の理想とする国家、軍隊のイメージを描くことに没頭する。それはゲルマン神話と偉大なローマ帝国の融合した、彼の理想国家だった。マックスは、アドルフのスケッチを見て、新しい芸術を感じ興奮する。「彼の絵は新しい時代を感じる」、マックスはアドルフの個展の準備を始めるのだが…。>>>つづきはDVDでどうぞ!

*************************************

 本作『アドルフの画集』は、歴史に想を得ているが、完全なフィクションで、原題の『MAX』になっているマックス・ロスマンと言う人物は存在しない。歴史的にこの時期のヒットラーが、絵ハガキなどを描きながら、軍に在籍し、国内の政党活動の調査などをしていたようだ。調査中に、演壇の弁士をやり込めるアドルフの気迫と弁説を聴いたドイツ労働党の議長がアドルフを政治活動の活動家にした言われている。映画では、巧みに虚実を織りまぜて、画家を目指す青年が、“20世紀最大の獣”と言われる政治家の誕生を描いている。

ヒットラー
 貧しいドイツ人と裕福なユダヤ人、映画の中で、マックスの家は大きな吹き抜けの居間、沢山の書籍、綺麗な奥さん、可愛い子供、社交界etc.、と社会的に成功している富裕なユダヤ人家族を描いている。かたや、アドルフの部屋は、暖房も調度もない、小さい部屋であり、彼の青白い顔は栄養失調のように見える。実際のヒットラーの当時の宿舎は、瀟洒で清潔な場所だったらしい。この様に、本作は戦勝国サイドのイメージによって作られたドラマの部分が多い。

 だが、実際に、歴史は大きな不幸、ユダヤ民族の皆殺し計画に突き進んでいくのだから、現実の方がよほども不条理で怖いように思う。単純に貧困や劣等感が“悪の化身”を産むと言う図式は通用しないものだ。

■■■

 昔、仲良かった友達がネオ・ナチ(?)だった。ドイツ語の勉強しかしないで、大学を中退しちゃったり、ドイツ空軍のプラモデルを作ったりしていた。もし、彼がドイツの若者だったら、「絶対!逮捕されてるもんネ」と、内心思いながら、彼のヒットラー礼讃を聴いていた。普段、気弱で神経症的な友達だったけれど、ヒットラーの話をしている時は、心底幸せそうだった。ま〜、、、困った趣味だとは思うのだが、おかげでヒットラー関連の図書をたくさん、面白く読むことが出来た。

 長い前ふりだったが、何故?あの頃のドイツ国民が熱狂的にヒットラーを信奉したのか?残虐な行為さえ、正当化した理想とは「何だったのだろうか?」と考えてしまうことが多々あった。歴史の不幸、ユダヤ民族の不幸、この映画『アドルフの画集』の中に、答えの断片があるように感じた。

■■■

 第一次世界大戦当時の軍集合写真に若き日のヒットラーが写っている。痩せた若者が後年、世界を震撼させる独裁者になるとは、写真からは伺えない。アドルフを演じるノア・テイラーは、戦勝国がイメージするヒットラーを忠実に演じている。実際の彼は、175cmあったし、身近な女性、子供などには、実に温和な人柄を見せたと言われている。マックスは長身で裕福そうで、アドルフは不健康に見える。ノアさんは少し、悪人顔過ぎるのが、それが、ヒットラーのイメージなのだ。ヒットラーの肖像写真は、不信なものが複数あり、彼が影武者を複数使っていたのが窺わせる。左の肖像画は二枚目過ぎるが、これは影武者の一人の写真と似ている。戦後、ヒットラー生存説が囁かれたが、それも影武者伝説の1つだろう。

 ヒットラーの絵(下に参照)だが、時々海外のオークションに出品されることがある。ウィーンの美術大学受験を2回失敗したと言われるヒットラーだが、きっと、選考担当の教授と趣味が合わなかっただけだろう(?)。教授は彼に、建築家を薦めている。(※当時の建築家は皆、絵が達者)歴史に「もし?」はないが、もし、ヒットラーが美大受験に合格し、建築家になっていたら、歴史が変わっていただろうか…。時代は違う独裁者を産んでいただけかもしれない。

■■■

 本作『アドルフの画集』は歴史のエッセンスを、戦勝国的な解釈で、面白い物語に組み立てている。もし、ヒットラーがユダヤ人を排斥、弾圧せず、周囲の国を侵略しなければ、彼の先験的なヴィッジョンは正当な評価を得られたと思う。彼はもっとも不幸な芸術家の一人なのかもしれない。

 ラスト.シーンの俯瞰が美しくて、悲しい。

ブログランキング・にほんブログ村へ>Please on Click!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!


ヒットラー絵画

May 10, 2008

神経症にはやや辛い!?ウィーンの黄昏/『クリムト』4

クリムト/1

●クリムト●
●監督;ラウル・ルイス
出演; ジョン・マルコヴィッチ/ヴェロニカ・フェレ/サフラン・バロウズ/
   ニコライ・キンスキー/スティーヴン・ディレイン
DATA;イギリス・フランス・オーストリア・ドイツ共同製作/
    2006年6月公開/97 分

 グスタフ・クリムトやエゴン・シーレの絵を知らない人は少ないと思う。そんなクリムトの晩年を描いた作品が本作『クリムト』だ。さて、どんな映画かと言うと…。

●あらすじ

 死の病に伏すクリムトの病床に、友人で画家のエゴン・シーレが見舞いに訪れる。身動き出来ないほど憔悴っしきって様子のクリムトの脳は、追い求めても捕まえることの出来なかった“運命の女=ファム・ファタール”との思い出を追体験していた。

 すでに人気作家になっていたクリムトのアトリエには、美しいモデルが見事な裸身を見せていた。彼女たちにお茶やお菓子などの準備もして気遣うクリムトはモデルとの肉体関係も欠かせないものになっていた。しかし、彼にはプラトニックな関係ながら、クリムトの最大の理解者である恋人ミディがいた。ミディは高級モード・サロン「カーサ・ピッコロ」を経営し、時代を先駆ける職業婦人だった。

 パリ万博、クリムトは大作を出品する。高い評価に得意のクリムト、パーティの席で、彼のニセモノが登場するフィルムを見せられる。また、アラビア風ダンスを踊る美女が映っていた。その晩、クリムトは、フィルムの仕掛人である貴族の館に招待される。そこには、あの美女が、東洋風のガウンで待ち受けていた。彼女は、クリムトをベッドに誘う。隣の部屋では、クリムトの様子を覗くこの館の主人がいた。

 貴族に肖像画の依頼されたクリムトだったが、一夜をともにした美女を忘れることが出来ないでした。私生活では、ミディとの不仲、精神病を病んだ家族との関係、自分の梅毒の進行…と、不幸の足音が大きく聞こえてくるのだった。現実と幻想が、日常の中で曖昧に解け合っていた。彼の肉体は…。>>>つづきはDVDでどうぞ!!

****************************

クリムト/2 クリムトの装飾的な画風は、現在、放映中のNHK大河ドラマ『篤姫』のタイトル・バッグに使われている。数年前、日本の装飾絵画を集めた国立美術館“淋派展”にも、クリムトの絵が展示されていた。装飾的な美人画もるが、よく見るとドクロが描かれることも多い。“メメント・モリ=死を想え”、一般的に、綺麗に見えるクリムトの絵も、神経症傾向の強い時などに見るとアブナイ!アブナイ!エロスとタナトス、酩酊するような強い薫りが、心に突き刺さる。

 クリムトの絵は後年、ナチスによって没収、焼却されたものもある。それほど、ヒットラーの妬みを買ったのか?あるいは、不健全な精神が産んだ退廃美術の代表としてクリムトがスケープ・ゴートにされたのか…。おそらく両方なのだろうが、ヒットラーが国民的な優良絵画としたものは、退屈で面白みのないものがほとんど…。

■■■

 クリムトを演じるのは名優ジョン・マルコヴィッチ!!彼が主役を演じただけでも、本作は50%成功したと言える。では、残りの50%はと?言えば、若干微妙だ。

 この前に感想を書いた『フリーダ』では実際の作品が多用され、重要なシーンで印象的に使われていた。しかし、本作『クリムト』では、著作権の関係があるのか?実作品があまり画面に登場しない。また、世紀末ウィーンの緊迫した政治状況や、既成の芸術協会と対立し、ウィーン分離派を作ったクリムトの芸術家としての側面があまり描かれていない。観ようによっては女癖の悪い絵描きさん風に感じられてしまう。梅毒なのに、女性と肉体的に関わるには相当にリスキーな行動だ。それほど、この時代のヨーロッパでは、梅毒が蔓延していたのかも…、これも怖い!?

■■■

 19世紀末、それまでの社会が崩壊し、ダイナミックに時代は変容する。そのうねりの中に、クリムトは生き、死んで逝った。映画の中に登場する親友エゴン・シーレも、クリムトと同じ1918年に死んでいる。死因はエンフルエンザ。クリムトの死から8ヶ月後のことだ。

 倦怠と渾沌、腐臭を放ちだした貴族社会…。ボンヤリ、美しい裸身を観ていると、この映画の毒素に気づかないだろう。彫像のような裸身、女性のファッション、お洒落な調度の数々、美術好きの人は必見かも!?

ブログランキング・にほんブログ村へ>Please on Click!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

クリムト/3

May 08, 2008

痛みとスキャンダルさえも芸術!/『フリーダ』5

フリーダポスター


●フリーダ●
●監督;ジュリー・テイモア
●出演;サルマ・ハエック/アルフレッド・モリーナ/アントニオ・バンデラス/
    エドワード・ノートン/ジェフリー・ラッシュ
●DATA;アメリカ、カナダ、メキシコ/2002年/123分

 画家や芸術家の生涯を描いた作品をまとめて観たいと思ってレンタルした中の1本。DVDで鑑賞。メキシコを代表する女流画家、フリーダ・カーロの生涯を描いた映画。彼女の作品が生まれる背景が、ドラマチックに描かれている。

●あらすじ

 1925年、18歳のフリーダは活発な高校生、ボーイ・フレンドとの恋愛に夢中だった。学校近くの劇場では著名な画家ディエゴが、ヌード・モデルと壁画製作中に恋愛活動中…、フリーダはそんな二人をこっそりと覗き、ボーイ・フレンドと大笑いしていた。

 ドイツ系ユダヤ移民の父と、メキシコ人の母の間に生まれたフリーダは、両親の愛を一身に受けていた。1925年9月17日、下校途中、フリーダとボーイ・フレンドの乗ったバスは大事故を起こす。ほぼ全身(肋骨・鎖骨・背骨・骨盤、右足など)の骨折、彼女の下半身を鉄パイフが貫いていた。瀕死の重傷を負ったフリーダの全身は石膏で固められ、身動き出来ない辛い闘病生活を余儀なくされる。事故の中、怪我のなかったボーイ・フレンドは、フランスに留学してしまう。傷心のフリーダは動く手で石膏に絵を描き出す。それを見た両親は、フリーダに絵の道具をプレゼントする。

 やがて、杖をついて歩けるようになったフリーダは画家を志し、旧知の画家ディエゴを訪ねる。ディエゴはフリーダの描いた自画像を見て、非凡な才能を感じ、彼女を描くことを薦める。共産党員のディエゴは自らの壁画制作もプロパガンダの一環と考えていた。フリーダはディエゴの政治活動に共鳴し、やがて二人は愛し合うようになる。しかし、ディエゴは、モデルと必ず寝るような、博愛主義者(?)だった。それは、最初からフリーダも知っているのだが…。

 フリーダの絵はだんだん評判となり、パリ画壇にデビューする。華やかな美貌の画家、フリーダ…、しかし彼女の身体は、繰り返される手術のために悲鳴をあげていた。堪え難い痛みと闘いながらも、彼女は作品を描き続ける。>>>つづきはDVDでどうぞ!

**************************

 フリーダを演じたサルマ・ハエックさんは、アメリカで活躍するメキシコ人女優。彼女が10年に渡り、製作にこだわった映画が『フリーダ』だったそうだ。フリーダ独特の眉毛以外は、サルマさんは余り似ていない。彼女は小柄ですごく可愛いフリーダ像を演じている。実際のフリーダは女神のような強靱さと精悍さを合わせ持った雰囲気の女性だ。だが、映画の中でサルマさんは、フリーダそのものになりきっている。

 映画の中でのフリーダは苦しみの中でも、人生の素晴らしさを謳歌している。包帯や点滴、手術を描いた作品のイメージから「苦難の人生を送った画家」と言う印象が強かった私には、新鮮で幸せな映画だった。作中に実際の作品とフリーダがCGで融合する演出がなされているが、サルマさんのフリーダが作品と同化し、美しく、幻想的!!重苦しいシーンにアニメーションを取り入れ、フリーダの人生そのものを芸術として見せている。映画の画面、一つ一つが絵のようなシーンが多く、観ていた刺激になった。

■■■

フリーダ
 物語の冒頭、フリーダの家の中庭が登場する。花が咲き乱れ、孔雀の遊ぶ小さな中庭は本当に美しく、彼女が幸せな家庭に育ったことが判る。この庭の描写はフリーダの内面とリンクし、たびたび登場する。現在は、フリーダ博物館として多くの人が訪れているそうだ。

 ディエゴの実作は観たことがないが、同時代に活躍したシケイロスの作品は回顧展で観たことがある。思想性が強く、原初的で、激しい作品だった。メキシコは強い太陽と原色の国と言うイメージがある。家の壁面や室内、インテリアに原色を多様する。その明るい色彩感の底に、死の臭いが強くするのもメキシコ文化だ。長くスペインの植民地だったメキシコはネィテイブ・メキシコ人支配のために、強くカソリック信仰を勧めた国の1つだ。アステカ文明の遺跡の上に教会を立てるが、アステカ文明のDNAはキリスト教に異質な変化を起こさせる。過剰なゴシック装飾とオカルト的な祭儀がメキシコのキリスト教には見られる。フリーダが共産主義者だったと言うことは、芸術的に大きな意味があると思う。彼女の作品はメキシコの風土が産んだものだが、自由で、タブーのない作風は革命的だ。

■■■

 フリーダのファッションがすごく可愛い!!色彩、ファッション、インテリアetc.、美術に興味ある人には必見の映画!!

ブログランキング・にほんブログ村へ>Please on Click!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

フリーダ映画

May 07, 2008

大連休も終わって/5月の雑感です。3

日常雑記、あれこれ。
続きを読む

May 06, 2008

お洒落でエグイ!謎が謎呼ぶ連続殺人/『ドルメン~血の伝説~』5

ドルメン





●ドルメン~血の伝説~●
●監督: ディディエ・アルベール
●出演:
 イングリッド・ショーヴァン/
 ブルーノ・マディニエ
●DATA;
 DVD発売日: 2007/07/06 
 540分/12回 
 フランス/2005年

 珍しくフランスのミステリー、連続TVドラマ。オカルトもの?かも思ったら、これが意外や!意外!意外な、大どんでん返しもあって、最後まで、ラストが判らなかった!血縁関係と伝説がこんがらがって、フランス版横溝正史的ドラマ!!



●あらすじ

 ブルターニュ地方の港町ブレストの沖合に位置するチ・ケルン島。周囲10KMに満たないこの島には、6基のメンヒル(立石遺構)があり、忌わしい伝説の島でもあった。この島に向かう船があった。乗っているのはブレストの町で刑事として働くマリーと造船所を経営する兄のジルダスだった。ジルダスは11才年下の美しい妹マリーに結婚指輪をプレゼントする。明日、マリーはジルダスの幼馴染みで世界的な競技ヨットのスキッパー、クリスチャンとの結婚を控えていた。優しい婚約者、祝福してくれる家族に囲まれ、ウェディング・ドレスを試着したマリーは幸せの絶頂にあった。

 ウェディング・ベールを手にしたマリーは異変に気づく。ベールには血まみれのカモメが包まれていた。不吉な予感が脳裏に浮かぶマリー、彼女は幼い時から繰り返し見る悪夢があった。結婚式前夜、花婿のクリスチャンを囲み、バーチェラー・パーティを楽しんでいた。そこの客、小説家のライアンとジルダスが些細なことで喧嘩になる。ライアンは派出所に勾留されることになり、ジルダスは帰宅する。翌朝、ジルダスはメンヒルの下の入江で死体で発見される。ジルダスの遺体にはカモメが群がっていた。そして、メンヒルに刻まれた鳥のシンボルから血が沸き出す。

 最愛の兄を失ったマリーは、結婚を延期し、兄の死の真相を究明するため捜査を開始する。パリ警察から儀式殺人の専門家ルカ・フェルセン警部が派遣される。高圧的なルカの態度に反発し、マリーは独自捜査を始めるのだが、死の連鎖はマリーの想像を越え、次々と広がっていく。血のしたたる立石、謎の修道士、忌わしい略奪の伝説、白い女の影…、マリーとルカは真実を見つけることが出来るのだろうか?>>>つづきはDVDでどうぞ!!

***********************************

 フランスで大人気の連続ドラマ。アメリカや韓国ドラマが主流のレンタルDVDの中では異色の作品。主人公を演じるイングリッド・ショーヴァンさんは、浅黒い肌に大きな口、ハリウッド映画では見ないタイプの女優さんだ。ソフィア・ローレンやジーナ・ロロブリジーダに似た雰囲気で、すんごくセクシーで脱ぎっぷりも良い(!)。早とちりで、ぶっきらぼうのルカ警部は役所工事さん似の渋い二枚目、フランスでは人気のある俳優さんなのかもしれない。その他の俳優さんも観たことのない人ばかりなので、最初、人間関係など把握しずらい面もあるが、言い替えると人間関係がある家を中心とした複雑な血縁関係と不倫関係で錯綜し、複雑怪奇なのだ。そこが、事件の謎でもあるのだけれど…。

■■■

 物語の設定は2003年。マリーは35歳、婚約者クリスチャンは40代半ば、マリーの兄ジルダスは51歳etc、役柄の年齢設定が上なのも本作の特徴。本当の恋愛は「大人のもの」と云うお国柄なのかもしれない。20歳以上も年の離れたカップルも登場し、複雑な恋愛関係もフランスらしい雰囲気だ、なかなか面白かった。本作はベッドシーン、シャワーシーンなど、主役マリーのの露出が大胆!!、お茶の間では、お子ちゃま禁止な時間帯で放映だったのかも。

 他、見どころとしては、町の集会所(青の壁画と白い壁)、タラソテラピー研究所、島のホテルなどなど、調度やインテリアがすごくお洒落!!青と白、赤と白、クッションや壁の絵etc.、「さすがフランスの観光地!」と思わせる。また、警察以外に捜査員として憲兵が働いているのも「へ〜〜〜」と思った。

■■■

 6巻540分を2日で観てしまった(汗)。1話ごとの最後のシーンが、次ぎはどうなるか?ハラハラドキドキな所で終わるので、ツギツギと巻を重ねてしまう。このドラマ、ミステリー好きにはハマリます!!フランス語の響きも美しく、観光気分の味わえ(?)、おススメ!!です。

ブログランキング・にほんブログ村へ>Please on Click!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

May 05, 2008

『キャプテンズ』初のホール・ライブ!/於;高崎市民文化会館5

●ザ・キャプテンズ ワンマン・ライブ
●日時;5/5 15;00〜17;00
●場所;高崎市民文化会館
続きを読む

May 04, 2008

男の美学は、「ヒ、デ、ブッ」と聞こえる!?『300』5

300/1

●300/スリーハンドレッド●
●原作;フランク・ミラー
●監督;ザック・スナイダー
●出演;ジェラルド・バトラー/レナ・ヘディー /デイビッド・ウェナム/
    ドミニク・ウェスト/ビンセント・リーガン

 映画館で予告を見た時、独特のダル系の色彩とコントラストの強い画質に違和感があった。原作がコミック(グラフィック・ノベル)と云うことで納得!アメリカのコミックは全頁カラーのものが多いが、日本のコミックのカラー頁とはまったく違う彩色がされている。で、どんな物語かと云うと…。

●あらすじ

 スパルタの王レオニダスは、他のスパルタの若者がそうであるように、過酷な試練と鍛練の中で成長した。今は最愛の王妃とともに国王として君臨しているが、議会や神官たちは、王に服従していなかった。

 ある日、近隣の国を征服し、強大な帝国となったペルシャから異様な風体の使者が来る。使者は「ペルシャへの隷属」を要求していた。誇り高い王レオニダスは、即座に使者を殺してしまう。使者殺害の報は、すぐにペルシャの覇王クセルクセスに届けられ、自ら大軍を率いギリシャに向かった。

 間近に迫るペルシャ軍200万人!レオニダスは聖なる山に神託を授かる為に昇山する。異形の神官と美貌の巫女が棲む神殿、巫女の神託は「出兵は神の意志ではない」とのことだった。その神託で、スパルタの議会は王の出兵を認めなかった。

 レオニダスは精鋭の重装歩兵300人だけを連れ、ペルシャ軍の上陸地点近くのテルモピュライに向かった。テルモピュライは自然の要塞のような狭い地形の場所だった。300人のスパルタ軍は200万人のペルシャ遠征軍と、歴史に残る戦いを繰り広げることになる。勇猛なスパルタ軍と王の運命は…。

****************************

 最初に!私はこの映画、すっごく好きです。好きなんだけど、あれこれ感想など。

 まず、画面は最初から最後まで陰鬱で、重苦しい。CGの背景に実写の俳優たちを合成したと云う映像は、殺戮の鮮血を曖昧にし、また、それゆえに、残忍極まりない描写を可能にしている。首が飛び、手足がすっ飛び、人間の躰を槍や矢が貫く。300人しかいない自軍は、最初から死ぬことを覚悟している。「戦場で死ぬことが何よりの名誉」として育ったスパルタの精鋭!!日本の武士道『武士道とは死ぬことと見つけたり=葉隠から』と似たスパルタの掟は、惨いけれど、一種、普遍的な“男の美学”だろう。

■■■

 スパルタ軍の装備は兜、盾、槍、マントなど、美術デッサンの使う石膏像“マルス”のようで、シンプルで美しい。対するペルシャ軍は黒一色の軍服、ターバン、覆面姿で、個人はそこになく、蟻のように無個性に描かれる。蟻のような一般歩兵以外に、本当にバケモノのような戦闘員が混ざっているのだが、そりゃ〜もう〜、本当にコミックの世界的描写なのだ。シンプルでリアルなスパルタの描写と、ペルシャのゴージャスで奇形な描写の対比は、極端で、見ようによっては差別的だ。善と悪の対比と云うより、ヨーロッパ文明VS異文明の深層心理の投影のように感じる。

■■■

 この『300』に対し、イラン政府は「イラン人の先祖であるペルシア人を激しく冒涜している」として非難声明を出している。冒涜と感じる部分もあるだろうが、私はペルシャ軍の多様性とペルシャ王の美しさは、自らの王すら見捨てた狭量なスパルタ議会、美女を弄ぶ醜い神官などに比べれば、文明としての強さと美しさを感じてしまった。

 ペルシャ王は移動玉座に座り、あらゆる宝飾品で身を飾っている。かたやスパルタの王は黒いパンツとマント、サンダル姿!?。虫に刺されたり、草や枝で「行軍だけでも。怪我をすることもあるだろうに…」と思ってする(=スパルタ兵はそんな軟弱なことを感じる訳ないけど)。小物、衣装、乗り物、CGのサイや象など、ペルシャ軍は見ているだけで、楽しい!!見ていて、『北斗の拳』を思い出した。ペルシャ王はラオウ、馬鹿でかいペルシャ戦士は、「ヒデブ」とか言って死ぬ巨漢の悪役に激似!?

■■■

 一種のCGアニメ・ムービー。この闘いを転機に、ギリシャの小国家制は滅んでいく。そう思うと、どこかもの悲しい…。

ブログランキング・にほんブログ村へ>Please on Click!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

300/2