August 2006

August 31, 2006

抱腹絶倒!?ほんとは怖いグリム童話/『ブラザーズ グリム』4

グリム表紙/L

●ブラザーズ・グリム●
●監督;テリー・ギリアム
●出演;マット・デイモン/ヒース・レジャー/モニカ・ベルッチ/
    ジョナサン・プライス/レナ・ヘデ
●時間:;117 分/2005年 アメリカ

劇場で見逃し、劇場パンフレットだけ購入した作品。今頃、レンタルで鑑賞。人気作品はレンタルの新作期間が長かったりするのだが、本作品は比較的早く通常レンタルになっていた。

●あらすじ
貧しい家、幼い女の子が重病の床についている。祖母と少年は、牛を売り、その代金で医者を連れてくるはずの弟を待っていた。ドアが開き、弟が帰ってきた。しかし、弟の手には代金も薬もなく、あるのは幾粒かの“豆”だけ。弟は“魔法の豆”だと言うのだが…。

19世紀初め。ドイツの一部はフランスに占領されていた。まだ夜は暗く、人々は魔法や魔物、魔女を信じていた頃のこと。

水車小屋に魔女が出ると噂される街に、魔物退治を仕事にしている“グリム兄弟”が現れる。村人代表と一緒に水車小屋に現れた恐ろしい魔女を退治した二人は、居酒屋で酒を飲み、街の人々を大宴会。町娘を寝室に連れ込み、上機嫌の兄だったが、弟はどこか浮かない顔だった。そこにフランス兵が現れ、二人は詐欺容疑で逮捕されてしまう。

グリムポスター/S ←クリックで拡大します。

“グリム兄弟”は、弟の調べた民間伝承を元本に、魔女・魔物の噂のある街で仲間に魔物を演じさせては、それを退治するペテン師グループだったのだ。ペテン師グループ“グリム兄弟”の悪事は手下二人が自白し、二人は死刑と言い渡される。しかし、フランスの将軍から、幼い少女たちが行方不明になっている村のことを聞かされ、「事件を解決したら罪は許す」と言われる。フランス兵に連れられ、向かった村は今までの街とは違い、無気味は雰囲気が漂っていた。村人に変人扱いされている娘猟師を道案内に魔女の住むと言う森に向かう一行。さて、子供たちは何者にさらわれているのだろうか?そこで待ち受けているものは、“グリム兄弟”の想像を超えたものだった。
>>>つづきは、DVDでどうぞ!

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この作品はフィクションです(笑)。

実際のグリム兄弟は大学で教授も務めた研究者。※けっして魔物退治を商売にしていたわけではない。

その前提で=魔法も魔物も信じない現実主義の兄、内向的で魔法を信じる弟。弟は薬の替わりに、望みの叶う“魔法の豆”を持ち帰り、病気の妹を殺した(?)過去を持つ。兄はそのことが許せない。ことあるごとに弟を罵る!その兄をアメリカの若手演技派マット・デイモン、内向的な弟をオーストラリア出身、『ロック・ユー』で主人公の騎士を演じたヒース・レジャー(『ブロークバック・マウンテン』ではニューヨーク批評家協会賞、フェニックス映画批評家協会賞ほか多数で主演男優賞を受賞)が演じている。マット・デイモンもヒース・レジャーも堂々の二枚目のはずだが、本作ではほとんどお笑いコンビ!。このグリム兄弟の武勇伝は『オリエンタルラジオ』が演じても良いような(笑)、軽いノリつっこみでどたばた演じられている。ミス・キャストのようであり、とんでもなく豪華なお笑いコンビになっている!。

それもそのはず、監督は一筋縄ではいかない『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』のテリー・ギリアム。「あの!テリー・ギリアムが子供向けのファンタジー?」と当初は怪訝に思ったのだが、ギリアムらしい毒が各所に仕込まれた大人向けのファンタジーになっている。(※アメリカではR13指定)


グリム集合/L

◆◆◆

舞台は陰鬱な空気漂うドイツの田舎。以前、ローテンブルグの街を訪れたことがあるのだが、拷問器具(鉄の処女や、鉄製の奇妙な器具etc.)の博物館があったり、夜中は幽霊を見学するナイト・ツアー(ガイドは魔法使いの扮装)があったり、奇妙な人形芝居を夜遅くまで、1ドリンクチケットで見せたり、この観光名所は、深い中世の香りが漂っていた。ドイツの街の多くは中世の城塞都市が保存されており、街は高い塀で囲まれ、街は広場を中心に放射線状に路地が走る。ローテンブルグは代表的な作りになっており、街の広場は市役所、教会、ハンバーガー屋、有名なクリスマスショップが軒を列ねる。夜遅くまで、明るい光りが満ちているのだが、一歩路地に入れば、“グリム兄弟”の世界が今も息づく中世の街並み。近代道路が繋ぐ街ながら、中世が残る不可思議さ!そのドイツの空気感が、ギリアム独特のブラックな視点で描かれている。どこか悪ふざけに近い悪趣味なのは、テルー・ギリアム監督が伝説的なコメディ・グループ『モンティ・パイソン(Monty Python)』の一員だったことを知れば、合点の行くことだと思う。

◆◆◆

魔物の住処になる大きな森。ドイツには『黒い森』と呼ばれる深い針葉樹の森が広がっている。巨大な杉が茂る森は昼も暗く、奥深く進めば、方位も判らないような“迷いの森”だ。その中に、非キリスト教的なものが潜んでいると思うのは、当然だろう。この“グリム兄弟”では、森の奥深く、“鏡の魔女”が塔の頂上に眠っている。この魔女の住む塔は童話『ラプンツェル』の魔女の住む塔がモデルだが、魔女は鏡に自分の美貌を問う『白雪姫』の継母のようでもあり、眠っている姿は『いばら姫=眠れる森の美女』のようでもある。すべての童話の中の女性=アニマがこの塔に住む美女=魔女なのだ。攫われる少女たちは、『ヘンデルとグレーテル』、『赤頭巾』たちだが、それは物語のブロックでしかない。あくまでテリー・ギリアムの中で、『グリム童話』は翻案され、本来の毒のある民間伝承として、原ヨーロッパ的なイメージが前面に語られる。『グリム童話』の原本を読めば、この童話の持つ闇の深さが判ると思う。※のちほど本の紹介をアップします。

グリムイメージ画

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ネット占いの『インナーストーリー・タロット』と言うものがある。昨年の夏、はまりまくって(笑)、万近いサービス料金を支払ってしまった(泣)。この『インナーストーリー・タロット』は『グリム童話』を題材に、運命を占いのだが、この解釈が面白く、なかなか蘊蓄が深い!それもそのはず、『グリム童話』の世界はユング心理学では、心をさぐるツールとして、多くの心理学者に研究されている。

“深い森”は深層意識、無意識の象徴だ。そこにはさまざまなコンプレックスや、記憶、願望が眠っている。その中心で眠っている美女は、『グレートマザー=太母神』の姿であり、物語では傷付いた太母神(キリスト教以前のヨーロッパの女神)は、魔女となり、邪悪な存在として描かれる。この“グリム兄弟”で描かれる女性たちは皆一筋縄ではいかない、どこか魔術的な香りが漂う。女狩人は、蛙にキスをして道を尋ねる。聖であり、闇である存在、そしてそれは自分の心を映す鏡でもあるのだ。塔に住む美女が『鏡の魔女』だと言うことを忘れてはならない。『グリム兄弟』はあまりの美しさに我を忘れてしまう…。

悪ふざけ好きの奇才テルー・ギリアムが、ヨーロッパの闇をファンタジーの味付けで描いたのがこの“グリム兄弟”。一見悪趣味に見えることも、ユング的な伏線がはり巡らされている。と、思ってみると、なかなかの傑作!しかし、お子ちゃま向けだと思って、夕食の後、小学生や幼稚園の良い子のみんなに見せておくと、確実のトラウマになってしまうだろう(笑)。

面白くて、本当は怖いグリム童話!怖いけど、魔女の王女さまの美しさは必見です!!

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August 30, 2006

はまると怖い?ネット占い /『インナーストーリータロット』3

8054a5da.jpg ←クリックで拡大します。

●インナーストーリータロット●

 インナーストーリータロットは、グリム童話の22の物語をもとにしたタロットカードです。それぞれの物語には、未来の予言、象徴、教訓などが含まれています。 不思議な魅力を持つ物語は、愛、冒険、情け、裏切りなどさまざまな展開を見せることで、私たちの悩みに答え、行くべき方向を示唆するのです。(http://www.nifty.com/story/html/explain.html)

 ネット占いにはまるきっかけはこのインナーストーリータロット。占い結果の文章がけっこうきつい。痛いことを云う。作者は女性心理を熟知したところでテキスト制作をしていると思う。

 手順はまずシャッフル、スプレッドされたカードから1枚を選ぶ。他のカードは3冊の本に隠れるのだが、そのカードを入れる本を選択。現状解説のを最初のカードの物語で述べ、今後の展開を本に隠れたカードの物語で運命を占う。

◆◆◆

 ユング心理学では寓話やおとぎ話の中に深い知恵で象徴が隠れているとさせる。タロットは偶然引いたカードで、その時々の運命を占うのだが、一番重要なのは現状分析の後のカードからのアドバイス、何故か的を得たメッセージが得られるのは不思議。

 人との関係が自分を映す会話なら、カードとの対話は自分の無意識・潜在意識との対話になる。あまりにも不吉&悪いカードを引いた時は、時間を置いてもう1回占う方が良い。悪い暗示を潜在意識に残してはいけないと思う。占いは宿命診断ではなく、運勢を良い方向に進路変更するためのツールである。何事も鵜呑みはいけない。

 しかし悪いカードは、自分の悪いところであることが多い。改善するべき心のゆがみ・傲慢さをを気づかせてくれる。そこがカード占いの良いところ。

無駄遣いをしたい時にどうぞ!はまると怖いよ〜!!

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August 29, 2006

帰ってきたやさしさの巻/『森の戦士 ボノロン』8月号4

ボノロン82

●森の戦士 ボノロン/8月号●
●帰ってきたやさしさの巻
●プロデュース;原哲夫
●お話;北原星望
●作画;永山コウ
●偶数月の25日発行

ボノロンはなんで『森の戦士』なんだろう?

ボノロンは巨木の森に住む巨人。人間の年では90歳なのだが、森の中の1年は人間の世界の10年。だからボノロンはまだ9歳の男の子らしい。

巨木の根を、人間の涙が濡らすと、どこからとも現れ、望みを叶える不思議な巨人なのだ。巨木の精霊、または神様みたいな存在。

だからこのシリーズは少しお説教臭い(笑)。でも子供の読み聞かせには、こんな風な教訓的なものを含んだ絵本もあって良いと思う。

◆◆◆

ボノロン83

良い意味での『洗脳』、動物行動学での『プリンティング=刷り込み』が、人間の幼児期にもなされる。親子の関係は、そのまま社会との関係になり、幼児期に不安な思いを強くした子供は、大人になっても不安感を持ちやすくなるらしい。心理学で言う『インナー・チャイルド』と言う存在を、人は誰でも持っている。

男性は多くの場合、女性よりも子供の心を強く残したまま大人になる。女性は社会的に弱い存在だった頃は、母になることが社会的なポジションを堅固なものにする。ゆえに、女性はより早く成熟した存在になってしまうものだ(例外も多いが…)。

そんなことを考えると、ボノロンにボノ子ちゃんがいなくて、ドラエモンのドラミちゃんも、オバQのP子ちゃんも皆お兄ちゃんよりもしっかりした存在なのが可笑しいようで、少しだけ複雑な思いになる。女性の強さは、弱さを表現しているようにも思うからだ。>>>と大幅に脱線。

◆◆◆

ボノロン81
こんなことを書くのも、昨日の『オーラの泉』でまた美輪さんが、問題発言をしていたから(笑)。

男らしい男の方が、臆病で神経質なものなのよ。(女の方がふてぶてしくて、無神経)

胸の大きな人でも頭の良い人がいるのね〜。(胸の大きな女性はバ○)

「あ〜!!!そ〜ですか?」

って感じなのだが、美輪さんなのだから、何を言っても誰も文句を言う人はいないと思う。

私は、男も女も、社会がレッテルを貼って行動を制限しているとしか思えない部分と、生物学的な本能でどうしてもコントロールできない部分と両面あると思っている。男らしい男もいれば、女らしい女もいるし、女の子のようなやさしい男の人もいれば、オヤジギャル(死語)のような豪快な女の子もいる。

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●わたしと小鳥とすずと●
        詩:金子みすず

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
じべた
地面をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように、
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

◆◆◆

みんなちがって、みんないい

ボノロンを読み聞かせて、本の好きな子、優しい子、森を愛する子、いろんな子供が伸び伸びと、育ってくれればと思うのだった※無理?に、まとめました(爆)。

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August 28, 2006

讃岐礼讃!ソウル・フードの奇跡/『udon/うどん』ユースケ・サンタマリア他4

udon集合L

●udon/うどん●
●監督;本広克行
●製作;亀山千広
●出演;ユースケ・サンタマリア/小西真奈美/トータス松本/升 毅/片桐 仁
    /小日向文世/木場勝己/鈴木京香
●2006年8/25公開

高崎109シネマズで鑑賞(8/27)。公開3日目だが、朝一番早い上映だったせいか、お客さんは20人足らず。一番大きな5番スクリーンなのに、少し寂しい。1人だったらDVD待ちな雰囲気の『udon』だったが、ずしんと頭痛を起こしたほどの大盛り映画!これを面白いと思うか否かは、本当に個人的な趣味の世界になりそうだ。しかし、うどん好き&オタクスピリット!を持っていたら、絶対に映画館で見ることをお薦めしたい。さて、どんな映画…。

●あらすじ

NYの小さなステージ。冴えない日本人がまったく受けない漫談をしている。彼=松井香助は、“BIG!”になるために、NYでスタンドアップ・コメディの修行中だった。お客からはブーイング!の嵐。やけになって、大暴れすると、それが意外と受けたりする(お笑いセンスが寒い)。そんな香助のステージに、翌日、オーナーは解雇を言い渡す。他の職場も皆、追い出され、仕事のない香助は、志半ばに、田舎=讃岐に帰ることとなる。

udon集合s ←クリックすると拡大します。

香助の実家は、製麺所。頑固一徹の職人肌の父と、優しい姉が毎日精魂込めてうどんを作っていた。松井製麺所の味にこだわり、一切機械化しない父。そんな父に反発して、家を飛び出た香助だったが、帰る場所は実家しかない。帰ったはいいが、部屋は物置きになっており、家の仕事も手伝えない。手持ち無沙汰な香助は、母の墓参りに行くことする。墓参りの道中、人里離れた山道で、車がガス欠。ヒッチハイクするつもりで、止めた乗用車にタウン誌の取材で通りかかった宮川恭子いた。ひょんなことから、乗用車は崖に転落。九死に一生の二人が辿りついた民家は田舎の製麺所だった。そこで食べた素うどんの美味しさ!二人がうどんの魅力にとりつかれた運命の日だった。

職のない香助は、親友=庄介の紹介でタウン誌の採用面接を受ける。そこは恭子の働く編集室だった。際立った特徴のないタウン誌『TJ Sanuki』、書店では置き場もなく、編集室は少人数の零細タウン誌。売り上げが上がらなければ、歩合の給料はないも同然。部数を伸ばしたい香助のアイディアで、紙面は一新し、讃岐うどんの隠れた名店を探訪する“麺通団”が作られる。うどんの魅力発掘に編集室は団結し、どんどん『TJ Sanuki』は部数を伸ばしていくのだった。讃岐うどんブームはこうして始まるのだが…。
>>>つづきは映画館でどうぞ!

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◆◆◆

うどんでどんどん元気にな〜れ!By ユースケ・サンタマリア

ユースケ・サンタマリアは本当に不思議な俳優さんだ。まず目つきが最悪悪い(笑)。疲労困ぱいしているようでもあり、二日酔いのようでもあり、挙動不信のようでもある。目つきの悪いスネオくん(爆)。が、しかぁ〜し!彼は声が良い!!このアンバランスさ!が、彼に不思議な魅力を与えている。

最初にユースケさんを知ったのは、深夜のFM番組だった。いつも適当なハイテンション!で、賑やかにしゃべりまくっていた。そんな彼が、いつしか優れた脇役として、お茶の間に現れてた。そして、その独特の個性で、すっかり主役を喰う存在になった。『udon』の主役香助は、ユースケ・サンタマリアでなければ出来ない役かもしれない。ユースケさんの適当さと、いい加減さ(良い加減さ)が、虚実織りまぜた本作に、絶妙なさじ加減を持たらせている。脇を演技派の小日向文世さん、木場勝己さん、鈴木京香さんなどで固め、親友役庄介に、同じミュージシャン仲間のトータス松本さんを配したことも、成功している。トータス松本さんさんの根明キャラとユースケさんの根暗目つきが最高に良いコンビ(笑)だった。

udon/6
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『udon』には元ネタがある。実際に香川県で発行されていた『TJ Kagawa』と、そこに連載されていた“ゲリラうどん通ごっこ”がこの映画のモデルだ。

今から13年前の1993年に“ゲリラうどん通ごっこ”は『恐るべきさぬきうどん』として単行本化され、『TJ Kagawa』の作ったローカルなうどんブームは、全国区となり、さぬきのうどんを食べに、県内外から人が押し寄せるようになる。そこまでに経緯は多少の誇張はあるにしても、映画で描かれたとおりらしい。一過性の大ブームは、様々は功罪を産む。これも映画の中で語られるとおり…。

終わらない祭りはないんだ。(庄介)

これは映画の中の台詞。どんな感激もクライマックスのあとは、以前より寂しい毎日が戻ってくる。「過去の栄光」ってなんだか寂しい…。しかし、この映画は違う。「本物は、寂しい毎日にはならない」ことを教えてくれた。なぜなら『うどん』は昔からあり、今もあり、何も変わらない“ソウル・フード”だからだ。

◆◆◆
udon/2 ←クリックすると拡大します。

映画は2つの軸といくつかのパートに別れている。香助と父=松井製麺所、香助とタウン誌、それに、香助が創作した『キャプテンUDON』部分と実在のうどん店のドキュメントが加わる。結果、130分を超えた作品となっているのだが、私は長いとは感じなかった。しかし、重層的な作りとドキュメント部分の画面割り、劇中の『キャプテンUDON』部分、さまざまな俳優さんのカメオ出演とetc.と、あまりに盛り沢山で、若干見終わった後、頭痛&疲労感が残った(笑)。※寝不足や、夏疲れが原因かも。

※ドキュメント部分の画面割り部分は、映画館の大画面で見る前提なのか、DVDになった時に、小さくなり過ぎてしまうかもしれない。

◆◆◆

先週の金曜日、FMぐんま/赤坂泰彦『ディア・フレンド』に監督の本広克行さんがゲスト出演されていた。監督の人柄の紹介の中で、活動的なオタクと言ったものがあったが、映画の基本ティストは『オタク道』だと思う。ものにこだわり、好きなものを極める!『udon』を観ると頭の中は情報で一杯になり、お腹はうどんを求めてグ〜グ〜と鳴るかもしれない。※最後まで仕掛けがあります。

予定調和だが、こんな奇跡はあっても良い。

※下の画像は舞台となった松井製麺所のセット。現在、見学可能になっている。売店で麺も買えるそうなので、関西方面、四国近郊の方は、徒歩でどうぞ(笑)※道路がすごく狭いです。映画のパンフレットも読みごたえ十分なので、お薦めです。実際の讃岐うどんの名店の紹介も掲載されています。

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udon/3

August 27, 2006

昭和が産んだ個人史に中の『怪物』/『血と骨』 崔洋一監督作品4

血と骨









●血と骨●
●原作 : 梁石日
●監督 : 崔洋一
●出演 : ビートたけし
     鈴木京香
     オダギリジョー
     田畑智子
●上映時間 : 144 分
●初公開年月 : 2004/11/06


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『血と骨』は第29回日本アカデミー賞3部門に輝いた作品。同名の小説は【山本周五郎賞】を受賞している。梁石日さんの自伝的な小説と云うことだ。

『パッチギ』『血と骨』、両作品との話題作だったが、なかなか見ることが出来なかった。母は幼少期、戦前の大阪に住んでいた。母から日本に連れてこられた半島の人の話を何度も聞いた。食生活の違いから、キムチの臭いをさせて学校にくる。それがいじめの発端になる。母は小3で群馬に転地療養してしまったので、低学年の頃の話だと思う。レンタルビデオにて鑑賞。

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『血と骨』は実在した男の『欲』と『暴力』に支配された人生の物語だ。

『金俊平』と云う怪物が何故生まれたのか?どんな風に成長したのか?映画ではあまり詳しく描かれていない。韓国では彼のように気性の激しい暴力的な性格を『火病』と表現するそうだ。小さな火は、寒い時に暖を取り、煮炊きに使い、温かい。『金俊平』と云う怪物の火は、周囲を焼き尽くし、彼の力に誰もが組み敷かれる。その存在の凄まじさは、『人間』と云う存在の宿業の深さ…を感じさせる。

愛するものは『女』、信じられるものは『金』、主人公は欲望にまったく歯止めがない。『愛』と云う言葉は使えないのかもしれない。雄としての本能、人妻、本妻、愛人、二人目の愛人…描かれなかっただろう市井の多数の女性たちetc.。彼女たちの存在なくして、彼の生活は語れない。『女』を繋ぎ止めるには、金銭と子供が必要になる。生まれた子供たちも、この怪物を嫌いながらも、『血と骨』の繋がりから逃れられない。

存在の悲劇…、それを感じないわけにはいかない。

大金持ちになったと書いたが、豪邸に住む訳でもなく、豪華な食事を楽しんだ訳でもない。帰還した時に、数千万円の現金と複数台のトラック、複数の大型印刷機を持って行った。結局、彼の稼いだ、暴力と支配、血まみれの金銭は、共産国家に吸い込まれ、最後はコントのような(※オトッサンオカユガデキタヨ)あばら家で息を引き取る。

■■■血と骨/2

『金俊平』 と云う男性原理の権化のような男を、ビートたけしが寡黙に演じきっている。タケちゃんは「これまでで一番激しく、一生懸命やった。この作品は俺の記念碑的なものになる」とインタビューに答えている。タケちゃんって、天才の実像は何処にあるのか?まったく分からないのだが、この凄まじい暴力を振るう父親像は、「彼しか演じることが出来ない」と思った。

鈴木京香さん演じる妻の英姫さんは、暴力の前に何も出来ない妻の無力さ、やるせなさを好演している。金俊平の人間性を感じたところは、脳腫瘍を患い、寝たきりで、言葉も忘れた愛人を介護するところだ。ところが、介護のために雇った家政婦が、また愛人になってしまうのが、この親父の悲しい本性(泣)なのだろう。

『金俊平』は特別な人間ではない。ただ過剰なだけなのだ。過剰な暴力、征服欲、金銭欲、性欲。本能的な攻撃原理に貫かれた彼の人生を、私は「重く、辛く、悲しい」と感じる。それはどこの家族にもある「家族史の中の悲しみ」を具現化しているからなのだ。悪夢のような男の一生だが、彼の『血と骨』はこの映画の原作者梁石日さんをこの世に残した。禍福の不思議を感じた。

映画を見て、人生を考えたい人にお薦め!
悩みのある人は、自分の悩みが「ナ〜ンダ」と思えるかもしれません。

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■あらすじ※多少ネタバレあり続きを読む

August 26, 2006

拾ったカワセミ1

ちょっと悲しい話。

今日昼過ぎ、病院に父を迎えにいった。

玄関前で父を車に乗せて帰ろうとしたら、目の端に綺麗な色が入った。エメラルドグリーンと綺麗な瑠璃色、オレンジに近い黄色。それが何か?、気になった。車を止めて、小さな光るものを拾いにいった。

小鳥だった。

富岡にある父の病院は郊外で、川の側にあり、周囲は畑と草原。

◆◆◆

かわせみ
小鳥は『カワセミ』だった。

拾った小鳥はまだ温かく、小さな身体は柔らかかった…。おそらく、病院の大きなガラス窓に激突して死んでしまったのだと思う。

私は生きたカワセミを動物園以外で見たことがなかった。小さな身体で、宝石のように綺麗な羽。生き返らないかと思い、しばらく胸をさすったりしたのだが、やはり死んでいる。身体の温もりがなんだか切ない。

持ち帰ろうとしたのだが、父に言われ、水辺に近い林に置いてきた。そこで土に返るのだ。

大きな建物のガラス窓でたくさんの野鳥が激突死している。本当に悲しい。

※カワセミの画像は写真家の廣瀬博さん(http://www.geocities.jp/h_hirose0627/)の無料壁紙からお借りしました。自然を撮影した素晴らしい写真がたくさんあります。興味のある方は是非、御訪問ください。

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August 25, 2006

異教の神=悪魔?が恐い!/『エスクシスト ビギニング』wowow5

ビギニング

●エスクシスト ビギニング●
原題;EXORCIST THE BEGINNIG
監督: レニー・ハーリン
出演; ステラン・スカルスゲールド / ジェームズ・ダーシー / イザベラ・スコルプコ
2004年 / アメリカ / 114分 /

未明、WOWOWで『エクソシスト ビギニング』を放映していた。未見だったので、健康には「早寝早起き!」とお念仏を唱えたのだが(汗;、映画の誘惑に負け、朝まで恐い映画を見てしまった。仕事をしていたのだが、手が止まってしまった。目が離せない!あわわ。。。恐い映画からは足を洗おうと思っていたのに、なんでこんなに面白いのか?解説は文末で!

●あらすじ

荒涼とした砂漠、そこには信じられない光景が広がっていた。見渡す限り、胸にキリストの名を書いた鎧を着たローマ兵の死体が累々と横たわっている。あるものは逆さ磔にされ、、目を被うような惨状の中、1人だけ生きていた兵士がいた。ふと見ると死者の手に何か握られている。それを取ろうとすると…。

オランダの小さい町で、ナチの兵士が殺された。犯人探しをするナチは村の広場に住民を集める。犯人探しと言い、住民に銃口を向けるナチの将校。神に仕える神父を嘲るように「今日、ここに神はいない」と言い、可愛い少女を殺害する。子供たちに銃口を向けるナチ将校を止めるために、メリル神父は老人の命を差し出すことになる。ナチの暴虐を止めることが出来なかった自分への失望と、神への疑問からメリル神父は神への信仰を捨ててしまう。

エスソシスト/2
人生の目的を見失い放浪していたメリルは、カイロの酒場で、古美術蒐集家と名乗る男に会う。彼から、ケニアのトゥルカナ地方で発掘作業を行っているイギリスの考古学発掘隊の話を聞く。男の依頼は「古いビザンティン帝国時代の古い教会が発見された」こと、そこにあるはずの「小さな彫像を自分のため見つけ出して欲しい」というものだった。

発掘現場に到着したメリンは、若い神父フランシスと、村の療養所の医師サラに会う。サラはユダヤ人で、強制収容所でナチに犯された過去を持つ女性だった。村人は古来の文化を守り、原始的に暮らすグループと、キリスト教に改宗し、白人と文化的に暮らすグループに分かれていた。メリンは、発掘現場で石集めとしていた村の少年ジョセフ(キリスト教徒)に出会い、自分の発掘コテを与える。

発掘された教会は異様なものだった。壁に描かれたルシファー、故意に折られ、逆さにされたキリスト像、禍々しいものが教会から沸き上がってくることを、村の住民たちは知っていた。発掘するイギリス人と村人の間に緊張状態が生まれる中、ジョセフの兄が、発掘コテを取り、ジョゼフをからかった。そこへハイエナの群れが現れ、兄に襲いかかる。それは凶事の前触れに過ぎなかった。

連続する変事、村人はジョゼフに悪魔が憑いていると疑う。以前、村にいて、発狂してしまった男が残した絵を見て、何かを知っていると確信したメリルは、ナイロビの病院を訪ねる。壁一面に貼られた絵には無気味な彫像が描かれていた。男は、突然、メリルの前で自殺を遂げる。胸にはナチスの鈎十字が切り刻まれていた。

エクソシスト/3
村に棲むアル中の白人がいなくなる。彼は、発掘現場の教会で異様な惨死体で発見された。発掘を阻止しようとする村人、誰も埋葬されていない大量の墓地、メリルはこの教会には何か別の秘密があることを確信する。イギリス考古発掘隊は、危険を感じ、兵士の派遣を要請する。果たして、メリルはこの惨劇の中で、真実を発見できるのだろうか?
つづきはDVDでどうぞ!

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悪魔は皆さん御存じの『蠅の王ベルゼブブ=パズズ』。画面に蠅が飛ぶとそれは凶事の始まり。アフリカなんて、蠅や小さい羽虫が多くて当たり前の場所なのだが、ほんとに「五月蠅=うるさい」とは良く、言ったもので、鬱陶しく蠅が出てくる。またがこれは恐い。

ベルゼブブは、旧約聖書『列王紀』に登場する異教の神さま。『バアル・ゼブル』は「気高き主」を意味していたが、キリスト教によって、ヘブライ語で似た語感の、『バアル・ゼブブ=蝿のバアル』と呼び替えられ、神の座から悪魔の大物に変型させられてしまった因縁の名前。原形は豊穣の神『バール=Baal』。砂漠に恵みの雨をもたらす下半身邪体の女神と描かれることもあり、ゲーム『女神転生』のキャラクターにも登場していた。

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エクソシスト/4

1973年の『エクソシスト』は、冒頭のウイジャ板(西洋こっくりさん)のシーンから、リーガンに乗り移った悪魔のリアルな雰囲気、それまでのホラー映画とはまったく違う禍々しい霊気が漂ったホラー映画だった。『エクソシスト2』では、少し成長したリーガンの夢から、アフリカに舞台を移され、「良きイナゴと悪しきイナゴ」、「神の翼」に触れたものは「悪魔の標的」になるなど、また違う土着的な恐さのある映画だった。本作は、その中に登場するメリン神父の若き日の物語。といってもまったく若く見えない(笑)。

以前の『エクソシスト』は悪魔と教会の対立と言う構造だったが、この『エクソシスト ビギニング』では、異教とキリスト教の対立と言う、底に隠れた構造が明確になり、「神の存在とは何か?」と言う、哲学的な深読みの出来る作品に仕上がっている。amazonのDVDレビューでは、あまり評判は芳しくなく、「恐くない」と言う主旨のものが多かった。

天然の世界に悪魔は存在しないように思う。弱肉強食の食物連鎖の自然界では、生死の原因に「罪」は存在しない。可愛い子鹿を狼が食べようが、年老いた縞馬をライオンが食べようが、罪にはならない。人類が文化を持つようになってから、神が生まれ、法が生まれた。キリスト教が生まれたから悪魔が津体系化したと考えても良い。非キリスト教圏の神様は、見た目悪魔そのもののようなものが多い。チベットの明王尊は三目、髑髏の首飾り、インドのカリーは大きく舌を出し、生首持って踊っている。欧米人には悪魔のように見えても無理はない。しかし恐ろしさは強さの表現であり、敬う心の表現でもある。

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『エクソシスト ビギニング』は、異教とキリスト教との対立が、善悪の対立として描かれているが、本当の悪は、キリスト教の方で生まれたことを暗示している。古来の豊穣神は「蠅の王」と言う蔑称を与えられ、悪魔に落とされた。しかし、本当の古来の神は、知ったことではないと笑っているように思う。キリスト教徒の病的なヒステリーが心の中で悪魔を作り、その原因がキリスト教にあると思い込み、反抗期の子供のように神を罵る。生まれた悪魔は、想念界で人の悪心を食べながらぬくぬく育ち、実体化していく。

『エクソシスト ビギニング』では、アフリカの異教以外に、ナチズムと言う異教徒が描かれる。しかし、ナチズムはオカルト的なキリスト教徒だと言っても良い。ヒットラーは自分の霊性を高めるためにキリスト教の聖遺物を本気で捜しまわった。本作でも、殺しあいをしているのは、冒頭のシーンのようにキリスト教徒たちばかり!アフリカの人たちは、巻き込まれただけだ。

キリストの名によって悪魔は祓われる。この映画は深い皮肉と、西洋化によって変質してしまった古い文化=異教の神々への思いがあり、見ようによれば強烈な反カソリック映画だとも言える。『ダ・ヴィンチ・コード』を見た後に見ると、見た人も以前と違う感慨があるかもしれない。ついでに『コンスタンティン』も見るとハリウッドの反キリスト勢力の強さを感じるだろう。

後から、じわじわ恐い!悪魔より人間が恐い!そんな作品です。

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August 24, 2006

おらも、ぱらいそさ〜、いくだ〜!/『奇談』阿部寛主演4

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●奇談●
●原作:諸星大二郎
●脚本/監督:小松隆志
●出演:藤澤恵麻/阿部寛/ちすん/柳ユーレイ/神戸浩/菅原大吉/土屋嘉男

●内容紹介(Amazon)
神が創ったもうひとつの人類とは!? 驚愕の歴史ミステリー!! 諸星大二郎の最高傑作「生命の木」ついに完全映画化!
子供の頃に神隠しにあった大学院生・佐伯里美は、失われた記憶を求めて東北の"隠れキリシタンの里"を訪ねる。村に伝わる聖書異伝の意味するものとは? 謎を追うにつれて、次々と明らかになる驚異の真実。すべてが解き明かされるとき、あなたは想像を絶する"奇蹟"を目撃する…。
熱狂的なファンを持つ漫画家・諸星大二郎の数ある作品の中でも最高傑作の評価を得ながらも、その奥深さと壮大さゆえに映画化不可能と言われてきた「生命の木」を、鬼才・小松隆志がついに映画化。

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kidan/4 ←クリックすると拡大します。

高崎109シネマズで上映したか?定かでなく見逃してしまった『奇談』、レンタルDVDで鑑賞。原作は諸星大二郎先生の『妖怪ハンターシリーズ』の中の、名作『生命の木』だ。この作品は、友達の間で大受けで、「みなで、ぱらいそさ〜、いくだ〜!」と言いながら、教室や喫茶店からはけるのが流行した(汗;。

青森県の新郷村戸来(へらい)には、キリストの墓もモーゼの墓もあり、謎のヘブライ語の民謡♪ナニャドナサレノ ナニャドヤラも残っている。日ユ同祖論も本気で研究する学者さんもいて、日本人の一部は、遠くシナイ半島から移り住んだ彷徨えるユダヤ人の末裔だと言われている。日本語の単語とヘブライ語の単語を比較すると二千余りの似た音のものがあるとか…。

そんな手垢のついた民間伝承を大型ミサイルでぶち壊すような破壊力が、諸星作品にはある。エデンの園にある2本の木。一本は善悪を知る知恵の木、もう一本は永久の命を与える生命の木。この作品は、その「生命の木」の実を食べてしまったもう1つの人類の許しの物語だ。

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諸星作品の代表作と言える「暗黒神話」でも、地底に棲むまつろわぬ異形の神々が描かれた。妖怪ハンターで餓鬼や蛭子が、彼独特の感性で視覚化され、沢田研二さん主演(1991年作品)で映画化されている。今回は、ドラマ「トリック」ですっかり学者さん姿がお馴染みの阿部寛さんが、稗田礼二郎を演じている。この役は長髪のセンター分けがトレードマーク(笑)なので、出来たら阿部さんにも長髪で演じていただきたかったです。

『奇談』は、原作の設定1972年をそのまま生かし、古い昭和の風景になっている。今のような住民台帳がネット化している状況では、隠れ里自体存在しないように思う。電気もガスもない、江戸時代そのままの暮らしをしている住民!21世紀の今では「ありえね〜!」お話だが、30年も前のことならあり得る?なんて思ってしまうのがミソ。この物語の隠れキリシタン伝承は、映画冒頭の説明どおり日本各地にあり、ここ群馬でも高崎郊外の寺に「隠れキリシタンの墓が発見された」と以前、新聞記事になったことがある。

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『不老不死』は古来王侯貴族の夢だが、日本では、人魚の肉を食べて「不死」の呪いを受ける八百比久尼のように、死なないことはネガティブなイメージがある。「輪廻転生しながら、魂の修行をする」そんな観念が日本人の宗教観に根付いているのかもしれない。不老の果ての悲しみを感じるのは仏教的な感性なのかもしれない。

原作は不思議と温かい光が作品の中に満ちている。しかし、監督の小松隆志さんのイメージはどこか荒涼としている。出来たら、お盆の頃、晩夏の撮影だったら…、と、個人的な要望です。思い入れの強い漫画作品なので、もの足らない部分もあるが、自分が監督(笑)ではないので、映像化していただいたことに感謝したいと思います。

「みなで、ぱらいそさ〜、いくだ〜!」

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kidan表紙


August 23, 2006

昭和の巨星!偉大なレスラーの伝記/『力道山』主演ソル・ギョング5

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●力道山 ●
●監督;ソン・へソン
●美術監督;稲垣尚夫
●出演: ソル・ギョング/中谷美紀/藤竜也/萩原聖人/橋本真也/山本太郎
●韓国映画 2004年作品 

毎週火曜日は市内の“タイムクリップ”のレンタル料金が安い。ついつい何か借りたくなるのだが、夕方に行くと、人気のものはほとんど空き箱になっている。新作の『力道山』があったので、迷わずレジに!

●あらすじ
ビッグバンドの生演奏、大きなクラブで万雷の拍手で迎えられる紳士がいた。「このような場所にくると必ず私を殺してやると言う人がいます。私の本当の強さを知りたければプロレスの試合チケットを買ってください。」また大きな拍手…。

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戦前の日本、すでに軍事色の強い頃。相撲部屋で入門したばかりの青年がいじめられている。若き日の力道山の姿だった。力道山いじめは陰惨を極めたものだったが、どんないじめにあっても彼の心は負けていなかった。彼は故郷を捨て、日本での成功を誓っていたのだ。そんな中、力道山のはげしさを知り、菅野会長と呼ばれる相撲界のタチマチが彼の後援者になってくれる。戦後になり、順調に番付を上げていた力道山、美しい妻も迎え、順調に見えた。しかし、半島出身者では、横綱になれないことを知り、相撲協会に暴れ込む。そのことがきっかけとなり、髷を切り、相撲を辞めた力道山は、クラブで出逢ったアメリカ人レスラーの強さを知り、新しい目標を見つける。力道山は、菅野会長に資金援助を頼み、アメリカに武者修行に行く。

アメリカで、数々の戦績を残し、凱旋帰国した力道山は、菅野会長の力添えでプロレス協会を設立する。アメリカから人気レスラーを招き、柔道王だった井村(木村)と組んだタッグマッチは歴史に残る名勝負だった。街頭テレビの普及で、プロレス人気はウナギのぼり、毎日のように新聞の見出しとなり、映画出演、女優とのグラビア撮影etc.と、力道山は国民的な英雄となる。そんな彼を見て、妻は寂しい思いに沈んでいくのだった。

人気絶頂の中で、自分の夢を実現しようとする力道山に、後援者だった菅野の思惑が邪魔になっていく。あくまで八百長を嫌う力道山と興行的な面白さを優先にし、力道山に負けることを強要する菅野会長。しかし、自分の信念を貫く力道山は、引き分け試合に仕組まれた試合に勝ってしまう。しかし八百長の依頼はそれだけではなかった。だんだん孤立していく力道山。かつての自分の相撲部屋の横綱だった東浪がレスラーに転身することで、ますます菅野会長との関係が悪化していく。

プロレスの王者として、相撲出身の東浪の引き立て役をしなければならなかった力道山の心中は、苦渋に満ちたものだった。そんな中、無名の時から支えてくれていた妻が去ってしまう。満身創痍となって戦い続ける力道山…。
>>>つづきはDVDでどうぞ!

力道山表紙

◆◆◆

主演のソル・ギョングさんは、役づくりのために64kgの体重を30kg以上も増やしたそうだ!! プロティンを飲みながらのトレーニング、最後は本物のレスラーと長期合宿(3ヶ月)してのレスリング修行で、胸板の厚い!見事な力道山を作り上げた。劇中、大技フライング・ヘッド・シザースを決めた時には、彼が俳優だと言うことを忘れてしまう。物語の終盤、東浪と力道山がタッグを組む試合は、流血の反則試合なのだが、真剣な技の応酬は一種の荘厳ささえある。苦痛から口から泡が出ているが、監督はそのまま使用。ソルさんは「本当に苦しかった」と話している。東浪関役で、急死してしまった橋本真也さんを見ることが出来るのも、うれしいようで、彼の早い死が本当に悲しい…。

◆◆◆

私はリアルで力道山の試合のことは知らない。

彼の偉大さは、没後のニュース映像や、格闘技漫画やプロレス漫画の中での登場人物として知るだけだ。今は深夜のプロレス中継をよく見ているが、子供の頃は興味がなかった。たまたま訪れた親戚の家のTVに映る、タイガー・ジェットシンやアブドラ・ザ・ブッチャーの異様な姿は、スポーツ競技とはかけ離れたもの。このスポーツが八百長があって当然の、興行的な世界だと思っていた。

子供心に「あんな怪物みたいな人間に、本気で殴られたら、人間は死んでしまう」と考えた。だから「お互いに殺さない程度に、手加減している」と思っていたものだ。しかし、この映画の中の力道山は、“ガチンコ勝負”にこだわり、“強さ”にこだわる。その根底には、深い差別に傷付いた民族の誇りがあるように思った。「外国人力士は横綱になれない」当時の相撲界の慣例から、相撲界を飛び出した時の深い憤り、日本の誇り、柔道界のヒーロー『木村政彦7段』との対立は、日本の伝統を深く愛しながら、拒絶される彼の深い“悲しみ”と“怒り”がある。

「私が何かしようと思うたびに、扉が閉ざされる」劇中の台詞だ。

◆◆◆
力道山本人
年表(下記参照)を見て、新ためて感じることは、力道山の偉大な戦績と、ビジネスセンスの先進性だ。アメリカでの武者修行が、単にプロレスだけではなく、居住空間や、アミューズメント施設などにも向いていたことを感じさせる。

この映画は、日本映画ではない。

ほぼ全編90%日本語で話す韓国製作の映画だ。ソル・ギョングは猛特訓をして、始めての日本語をものにしている。父に聞いたら、力道山には韓国語なまりはまったくなかったと言う。当時、ほとんどの日本人は力道山を半島出身者だと意識していなかった。それは、暗黙の了解、いわずもがなのタブーになっていた。この映画が韓国映画だと言うことで、日本人には描けない力道山の民族性を真正面に描ききり、力道山の真実に肉迫している。日本人の差別意識の醜さ、強さに熱狂する単純さ、しかしその日本人を愛して止まない力道山の気持ちの複雑さは、さまざまな問題提起をしている。この視点は、力道山と同じ民族でなければ描けなかったと感じた。

◆◆◆

あのアイドルや、あの演歌歌手、あの霊能者etc.、現役も含め、芸能史に残る偉大な芸能人やスポーツマンに、半島出身の家系を持つ人が多い。そのことを公表している人もいるし、絶対に秘密にしている人もいる。まだ秘密にしなければならない人がいることが、日本人の根強い差別を表しているようで、とても悲しい。

この映画は、日本人が昭和に置いてきた1人の英雄の物語だ。戦争に負けて、日本人は失意のどん底にいた。血色が良く、体格が良く、豊かな暮らしをしている欧米人へ、憧れとともに、劣等感があったはずだ。その劣等感を払拭してくれたのが、最後は空手チョップで勝利する力道山だった。日本人の名前を持ちながら、深く故国を愛し、時々故郷の歌“アリラン”を唄っていたと言う力道山。彼の生涯を知ることは、昭和と言う時代の生んだスターと、日本人の暗い過去を知ることなのだろう。志半ばにしての、唐突な死は本当に惜しまれる。合掌。

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●力道山年表● 続きを読む

August 22, 2006

リアルな皮肉!B級映画の極み!/『ゼイリブ』J・カーペンター監督5

ゼイリブ/1

●セイリブ●
●出演: ロディ・パイパー, キース・デヴィッド, その他
●監督: ジョン・カーペンター
●1988年度作品

またまた大好きな旧作のご紹介です。

この作品は大昔、ジョン・カーペンターフリークだった頃、封切り館で映画好きな友達と一緒に鑑賞。TVで繰り返し放映されたようだが、TVでは未見。この作品の良さは映画館の大画面とポップコーンの香りとともに見ないと分からないように思う。お茶の間で見る時は、お部屋を暗くして、ポップコーンを用意して見てください。飲み物はコカコーラやファンタグレープが良いでしょう(笑)。

●あらすじ

失業中のネイダ(ロディ・パイパー)は線路を歩いている。荷物は大きな袋1つ。体格の良い彼は肉体労働者だと言うことがわかる。ネイダは仕事を求めてロスアンジェルスに向かっていた。街の中心部は高層ビルが立ち、裕福で傲慢な婦人たち、ビジネスエリートの棲む世界と、彼等に奉仕する単純労働者に分かれた階層社会だった。職を探すのだが、ネイダには肉体労働しかなかった。家のない彼を迎えたくれたのは、ホームレスの人たちだった。街からスポイルされた大勢の人たち、彼等は街はずれのバラックで、貧しい生活をしていた。

ゼイリブ/2

ホームレスの居住地のそばに、彼等の心によりどころの教会があった。ネイダは偶然、ここで秘密のサングラスを手に入れる。このサングラスかけると、真実を知ることができるのだった。街は、拝金主義で、消費優先の価値観に人々を洗脳するサブリミナル・メッセージに溢れていた。広告掲示板や店の看板や雑誌の表紙にはすべて「服従せよ」、「消費せよ」、「自由な思考は持つな」紙幣には「これこそお前の神だ」と書いてあるのだ。一番、驚いたことは、世界を支配しているエリートたちは人間ではないらしい。サングラスで見る彼等の姿は恐ろしくおぞましいものだった。それが美しい女性だろうが、紳士だろうが、本当に姿は死神のようなのだ。

ネイダはこのサングラスは、エイリアンの秘密を暴き、世界を人間のものに取り戻そうとする地下組織が作ったものであることを知り、彼等の活動に参加する。教会はレジスタンスの集会所だったのだ。仲間とともに、人間とエイリアンがすり変わる彼等の本拠地に乗り込んだネイダは驚くべき事実を目にするのだった!?

つづきはDVDでどうぞ!

ゼイリブ/3

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ジョン・カーペンター監督はベタな『B級映画の王様』『B級映画の人間国宝(笑)』との、評価がある。確かにこの印象は間違っていない。CG全盛のハリウッド映画の中にあって、彼の旧作は古臭く、どこにでもあるB級SFアクション映画に見えてしまうかもしれない。しかし!しかしですね〜!!この『ゼイリブ』は必見B級の傑作!B級好き&プロレス好き&SF好きなら、絶対に見て欲しい一本なのだ。



『ゼイリブ』は18年も前の映画だが、最近の日本とリアルに重なる部分がある。この映画の公開当時、ホームレスはそんなに多くなかった。しかし一昨年の、東京都の強制撤去前の上野公園には、この映画の風景に極めて近い光景が広がっていた。上野は動物園や美術館、博物館があるので、頻繁に訪れる場所だ。ここは東京の顔でありながら、隠そうとしても垣間見える日本の暗部が潜んでいる。長引く不況で、脆弱化した政府は、弱者切り捨てで、数字の見た目だけ健全な政府、社会と作ろうとする。完全失業率が回復しようと、雇用に実体は使い捨て人材の浪費でしかない。一部の富裕層と、スーパーのちらしで特売を探す庶民層、そして住居さえ持てない社会からスポイルされた人たち…。日本には生活保護があるので、物乞いは存在しないそうだ。しかし実際は、ごみやアルミ缶集めで現金を得て、公園で棲んでいる人たちがいる。住所不定には福祉は素通りしていく。まして何か巧くコミュニケーションがとれない障害があれば、福祉は門前払いになってしまうだろう。

ゼイリブ/4

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大槻ケンジが唄う『くるくる眼鏡』♪ミエナイモノガミエル♪

コマーシャル手法にサブリミナル・メーッセージがある。映画のコマの中に肉眼では認識できないくらいの秒数(0,0?)でコカ・コーラの映像を挟む。そうするとその映画館の、コカ・コーラの販売数が飛躍的に伸びるそうだ。この手法は無意識下に暗示を植え付けるものなので、もちろん禁止されている。しかし、このようなベタ(汗;な方法ではなく、もっと巧妙にサブリミナルCMは使われている。綺麗なお姉さん、裕福そうな紳士、心地良いものが善であると、人は無意識に思い込んでいる。しかし、『くるくる眼鏡』をかけると、綺麗なお姉さんがどんでもなくいじわるな人物かもしれないし、裕福そうな紳士は違法な取り引きで大金を得ている悪人かもしれない。経済的なバンパイアは夜の東京の繁華街、高級なイタメシ屋、ランチが20000円を超える銀座の寿司屋でおしゃれな会話を楽しんでいる。

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カーペンター作品の作品構造は、表と裏、光と闇、2つの対立する世界観を暴くことにある。勧善懲悪のように見えて、実は、闇の世界に潜む秘教的世界観を明確にしてくれているのだ。この世は勧善懲悪では割り切れない。人は幻想の中で、その一生を終える。幻想の中身が正しいか?搾取されているだけか?主体的な人生を歩いているか?真実を見抜く目を持っているか?カオス的社会、幻想に満ちた人生を賢く生きる知恵が彼の作品には潜んでいる(オオゲサかな?)

彼の名前ジョンは荒野の預言者洗礼のヨハネ、イエスを看取る最愛の弟子ヨハネ、黙示録のヨハネたちと同じだ。そしてカーペンターはイエスの職業、大工と同じなのだ。彼は映画界のヨハネとして、現代の預言者として、メディアの真実を伝えてくれる。

やっぱりジョン・カーペンター は『B級映画の人間国宝』!?
CG以前、古いものの方が面白いかもしれません(爆)。

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ゼイリブ/5