September 2006
September 30, 2006
フラのメロディの乗って♪東北の奇跡の実話/『フラガール』李 相日監督

●フラガール●
●監督;李 相日 ●脚本:李 相日,羽原 大介
●美術;種田 陽平 ●音楽;ジェイク・シマブクロ
●舞踊振付・フラダンス指導;カレイナニ早川
●企画・プロデュース:石原 仁美 ●製作;李 鳳宇
●出演;松雪 泰子/豊川 悦司/蒼井 優/山崎 静代/池津 祥子/
徳永 えり/岸部 一徳/富司 純子/寺島 進/高橋 克実
●協力;スパリゾートハワイアンズ/映画『 フラガール 』を応援する会/
いわきフィルム・コミッション協議会/
●後援;福島県/いわき市/ハワイ州観光局
先週の土曜9/23に、全国公開された『フラガール』。高崎109シネマズ、公開3日目、月曜(9/25)の初回上映で鑑賞。一番大きな6番スクリーンだったが、入場者は10人足らず…(高崎は田舎だ※嘆息)。夏に見た、ニコニコ笑いながらジャージ&セーターでフラダンスを踊るしずちゃんの予告では、内容は?判らなかったのだが、どうも松雪泰子さんが主役らしい。さてどんな映画かと云うと…。
●あらすじ
昭和40年、福島県常磐市(現いわき市)の炭鉱町。大きなボタ山、炭坑長家と呼ばれる従業員社宅が並ぶ。炭坑は、石炭から石油へのエネルギー変換で需要が激減、従業員の大量解雇を余儀無くされていた。そこでなんとか会社の生き残りをかけ、考え出した新事業が東北のひなびた炭坑町に、“夢の島ハワイを作る”観光事業だった。自社の従業員を出来るだけ使い、地元女性のダンサーを養成するために『フラダンサー養成所』が設立される。
早苗は中学を卒業し、炭坑で選炭婦として働いている。高校に通う親友の紀美子に「求む、ハワイアンダンサー 」のポスターを見せ、「ダンサーに一緒に応募しよう」と誘う。早苗は石炭で指を染めて、炭坑で働く過酷な毎日から抜け出たいと切望していた。高校に通う紀美子は、やはり選炭婦として炭坑で働く母には内緒で、早苗と一緒にの会社の説明会に行く。説明会では炭坑会社から新事業を任され、アロハシャツを着込んだ吉本が、ハワイアンダンスの8mmを見せながら、新しく作るハワイアンセンターの模型を披露。しかし、肌の露出の多いフラダンサーに、炭坑町の女性たちは大ブーイング!次々と帰ってしまった。結局、やる気まんまんの早苗と訳の判らない紀美子、子持ちで事務員をしている初子しか残らなかった。
吉本は『フラダンサー養成所』の講師として、東京のSKD(松竹歌劇団)の花形ダンサー平山まどかを招聘する。道中、まどかは昼からウィスキーを飲んでいる。車酔いではなく、飲み過ぎで車から飛び下りる始末…。まどかが橋の上から見た景色は無彩色の炭坑町だった。綺麗にセットされた髪、現色のストライプのコート、アメリカナイズされたお洒落なまどかは、とんでもなく浮いている。花形ダンサーのまどかが、こんな都落ちをしたのには、何か訳がありそうだ。
やる気のないまどか、二日酔いの頭痛を抱えて、養成所に行く。吉本が「優秀な人材を選抜した」と嘘を云うが、どう見てもは田舎の女の子と事務員さんでしかない。そこに大柄の小百合が、父に連れられて仲間入りする。父は「踊り好き」だと云う小百合だったが、茶摘み娘のような和服姿は勘違いしている雰囲気。「何か踊って」のまどかの指示に初子が踊ったのは、盆踊りだった…。前途多難!やる気のないまどか、一生懸命の早苗と初子、だが紀美子はまどかの態度に不満だった。紀美子は2日高校を休んでいることが、母にばれ…。。。
さて、早苗たちは、立派なフラガールになれるのだろうか?>>>>つづきは是非!!とも映画館に足をお運びください。

◆◆◆
母の箪笥には、白黒の水着が入っている。以前、『スパリゾートハワイアンズ』に行くために、私が頼まれて購入したものだ。結局、母は『スパリゾートハワイアンズ』では、レンタルのハイビスカス花柄の青と赤の可愛い水着を着た。私の用意した水着は着られなかったが、母のような年配者が、水着を購入し、うきうき出かけられる『ハワイアンセンター』って、「素晴らしい!」と思った。普段なら、絶対に水着など着たいと思わないのだから。
この映画『フラガール』は『スパリゾートハワイアンズ』の前身『常磐ハワイアンセンター』の創世の物語だ。私は残念ながら、行ったことがないのだが、両親は「数度も行った」と云っていた。群馬、仙台市、新潟市、東京などから300キロ以内。関東、東北圏なら、一泊で楽しめる観光地だ。今年は創設から、のべ5000万人!の入場者をカウントした。現在は、リニューアルして、年間入場者数150万人(4110人/1日あたり)を誇る、人気観光施設だ。福島県の炭坑町にこんな観光施設を建てようと思った炭坑会社はどんな気持ちだったのだろうか?
◆◆◆
映画の冒頭、ハワイのダイアモンドヘッド似のボタ山が映る。勿論、実際の風景ではない。炭坑町のシーンは彩度を抑えたローキィーな画面づくりになっている。セーラー服の下にブラウスを着込んだ田舎の女子高生紀美子は白い三つ折れソックスとお下げ髪、炭坑で働いている早苗はカーディガンにモンペ姿だ。カメラが俯瞰する炭坑長家の光景は、質素な生活を想像させる。「昭和40年って、こんなだったのか!?」と、炭坑の不況と過酷な労働実体が、最初のシーンで納得させられる。
国際的にも評価の高い美術の種田 陽平さんは、ご自身も体験していない炭坑の町を見事に視覚化した。炭坑長家の家の中、早苗の家は母が亡くして、幼い兄弟がいるためにとくに貧しいのだが、寒さをしのぐために家の中の壁に新聞紙が幾重にも貼られていた。先日『ALWAYS 三丁目の夕日』の映画評を書いたが、あの昭和レトロ感とは無縁の、リアルな生活感と構造的な不況に喘ぐ昭和40年が活写されていた。
早苗たち、モノトーンの炭坑町の風景と、対照的なのは、SKDで“ファイブスター”だったと云うまどか先生だ。バービー人形のようなスタイル、まどか先生の着ている服はどれもお洒落!髪型も毎度素敵にセットされている。この温度差を埋める作業が、『フラガール』養成になっていくのだが、『フラガール』や『ハワイアンセンター』へ対する炭坑町の視線は冷たく、まどか先生と紀美子や、紀美子と母、早苗と父、小百合と家族etc.と何度も、諍いが起る。炭坑採掘に関わる人たちの山の仕事に命がけ。彼等は誇りを持って働いていたのだ。
その諍いは新しい価値観を獲得するたけの、避けて通れない通過儀礼のように思えた。死に往く町を再生するための、真剣な取り組み!映画『フラガール』は、多少の誇張や脚色もあるだろうが、映画の持つ物語性と実際の歴史が幸運な出会いをした作品と言える。

◆◆◆
主演の松雪泰子さんは、まっすぐな性格のまどかを好演し、冒頭のダンス練習のシーンや、早苗の父に怒って取っ組み合いになるシーンは圧巻!松雪さんの代表作になる作品になったと思う。また蒼井優さんは見事なダンスを見せ、他のフラガールも素晴らしかった。台詞のほとんどない出演者に至るまで、個性的な配役をされ、映画では語られない個人の物語が想像された。加えて、ハリウッド進出を狙う(笑)小百合役のしずちゃんは笑いと涙で本当に儲け役!!。※「私がしたかった」と口惜し涙にくれた女優さんが多数いただろう。
脇役も、紀美子の母・富司純子さん、兄・豊川悦司さんや、早苗の父・高橋克実さん、他岸辺一徳さんなど、実力派を配し、物語に深みを増していた。端役の借金取りのやくざ・寺島 進さんも良い味を出していた。手みやげの東京銘菓が“ひよこ”なのは笑えた(私は“ひよこ”より、もうない“ぽんぽこ”が好きだった)。映画の隅々、監督李相日さんは、本当に丁寧に作られている。
◆◆◆
細かいエピソードや、心の中の屈託を言葉にしながら、物語はクライマックスに進む。酒びたりだったまどか先生の人生は、再び輝きを取り戻し、紀美子たち『フラガール』は平凡な炭坑町の女の子から、大観客の前で見事なダンスを披露するまでに成長する。その間、たった半年足らず!!
人生の再生と、夢の実現の奇跡を、映画『フラガール』は見事、描いて見せた。今年の日本映画のNo,1は間違い無く『フラガール』だと確信した。大きな拍手を送りたい!
←クリックすると拡大します。※映画パンフレットはハードカバーの保存板。まどか先生のファッションや、映画のあれこれが詳述されており、¥800と若干高めだが、買って損はないと思います。これもお薦め!
Please on Click!September 29, 2006
ブログを放置。申し訳有りませんm(- -)m
先週の土曜から、ブログの更新もメンテナンスもまったくしておりませんでした。
コメントやトラックバックを頂いたお客さま!
申し訳ありませんでした。
これからも、ボチボチ更新していくつもりです。愛想を尽くさないで、これからもよろしくお願いいたします。m(- -)m
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September 28, 2006
霊能者と言う職業/『ジェネジャンSP』司会:堂本光一
●ジェネジャンSP●
●9月28日(木) 22:00〜23:24 日本TV系
●TV局の番組案内;
堂本光一司会のこのジェネジャンは、1つのテーマで腹を割って徹底的に話し合う番組です。過去、「いのち」「戦争」「いじめ」など、様々なテーマで討論を行ってきたジェネレーション・ジャグル!今回のテーマは、「スピリチュアル」。スタジオには、芸能人、スピリチュアルカウンセラー、霊能者が大集結!どのような熱いトークがくりひろげられるのか!?続きを読む
●9月28日(木) 22:00〜23:24 日本TV系
●TV局の番組案内;
堂本光一司会のこのジェネジャンは、1つのテーマで腹を割って徹底的に話し合う番組です。過去、「いのち」「戦争」「いじめ」など、様々なテーマで討論を行ってきたジェネレーション・ジャグル!今回のテーマは、「スピリチュアル」。スタジオには、芸能人、スピリチュアルカウンセラー、霊能者が大集結!どのような熱いトークがくりひろげられるのか!?続きを読む
September 27, 2006
美しい幻、英国の心象風景/ファエリーテール 1997年作品

●フェアリー・テイル●
原題:fairy tale a true story
監督: チャールズ・スターリッジ
出演: フローレンス・ホース/エリザベス・アール/ポール・マッギャン/ピーター・オトゥール/ハーヴェイ・カイテル
上映時間:98分
4/19に紹介した『コティングリー妖精事件』を映画化した作品。映画館ではなくレンタルDVDで鑑賞。制作年度の1997年は『残酷童話/妖精写真』と言う作品も発表されている。妖精ブームだったのかもしれない。英国の美しい風景と妖精が棲む世界が重なり、不思議な感覚に襲われる秀作。実際の妖精写真はエルシーが晩年になった時に、一枚を除き、4枚は妖精の絵を厚紙に描き、帽子のピンに貼りつけ撮影したことを告白している。しかし映画は妖精の実在を擁護した作品になっている。

●あらすじ
1917年、第一次大戦中のイギリス。
国土は疲弊し、戦禍が身近に迫っていた。フランシスの父親は、戦場で行方不明、身寄りを失ったフランシスは、たった一人で従姉妹のエルシーの住むヨークシャーへと向かう。列車の中は顔を失った兵士、戦傷者や疎開する人々に溢れていた。
ヨークシャーは美しい田園風景と豊かな自然に囲まれた場所だった。フランシスは、優しいエルシー一家に歓迎され、つつましいが明るく元気に毎日を過ごすのだった。
ある日エルシーはフランシスを秘密の遊び場へと案内する。そこはうっそうとした木立に木漏れ日にきらめき、清らかなせせらぎの流れる場所だった。そこで二人は小さなトンボのような不思議な生き物を見かける。たびたびその場所を訪れる二人の前に、さまざまな妖精が姿をあらわすようになる。妖精と遊ぶ二人、妖精のために小さな家を造るのだった。

その頃、エルシーの父アーサーは村に工場を誘致しようと打ち合わせを進めていた。エルシーは父アーサーに写真機を貸して欲しいと頼む。二人が撮影したフィルムを現像するアーサー。そこには信じられないものが写ってた。その写真は評判になり、ロンドンに住む著名作家コナン・ドイルの耳にも届く。新聞記者や妖精と捕まえようとする者、静かな町は騒然とし、事態は二人の思わぬ方向に進んでいく。
つづきはレンタルDVDでどうぞ!
■■■
「現実と非現実という矛盾するものをどう組み合わせるかには苦心しましたが、パンドラの箱のように、中にたくさんのものがつまった複合的な作品にしたかった。私は妖精が本当にいるかいないかについて興味があるのではなく、信じる心について描きたかったのです」とスターリッジ監督は語っている。
原題である『FAIRY TALE』には「おとぎ話」と言う意味と「作り話、嘘」と言う意味がある。この映画のタイトルの下に、「a true story」と小さく書かれているのだが、それには2つの意味がある。実話であり、虚構である一種のパラドックスのような背景がこの事件にはあるのをタイトルは語っている。

この映画の時代背景は悲惨を極めた第一次世界大戦下のイギリス。人々は戦争の痛みからスピリチュアリズムに傾倒し、阿片や麻薬が蔓延していた。妖精写真事件に大きく関わるコナン・ドイルや、彼の親友でもあった脱出王ハリー・フーディーニの登場が、田舎に住む少女のいたずら心を大きな事件にしていく。ドイルは妖精肯定派、フーディーニは妖精否定派に別れ、論戦するのだが、否定派であっても少女たちには優しい眼差しを忘れない。コナン・ドイル役はピーター・オトゥール、コナン・ドイルの親友フーディーニにはハーヴェイ・カイテル。二人の重厚な演技がこの映画に深みを与えている。当時の脱出を再現したシーンはハラハラドキドキでなかなか怖い。ロケ地探しに苦労したと言う風景の美しさは「ここなら妖精もいるかも…」と納得してしまう。
英国好き&妖精好きにお薦めの映画です。

September 26, 2006
『妖精の繭』/映画『フェアリー・ティル』補遺

『コティングリー妖精事件』の発端は1917年7月、イギリスのヨークシャー州ブラッドフォードにあるコティングリー渓谷で、エルシー・ライト(当時16歳)と従姉妹のフランシス・グリフィス(当時11歳)が、エルシーの父に借りた写真機で妖精の写真を撮ったと話した時から始まる。
1917年〜1920年の間に5枚の写真が撮影され、最初に写真を現像した父親のアーサーは、二人のイタズラだろうと思っていた。1920年、アーサー・コナン・ドイルの元にこの写真が届けられる。妖精の存在を信じるドイルは写真の専門家に鑑定を依頼する。「写真は本物」との結果を得て、1920年12月に発行された『ストランドマガジン』という雑誌に、コティングリーの妖精写真は発表された。撮影者が可憐な少女であること、2重露光でないと云うこと、ドイルの名もあっては世論の耳目を集めない訳がない。雑誌を機に、『コティングリー妖精事件』はその真贋を巡って一大論争へと発展する。
■■■
ずっと愛するコティングリー渓谷に暮らしたエルシーは、自らの最晩年に妖精撮影のトリックを告白する。長い研究の結果、妖精部分が平面であることはもう周知の事実であったが、エルシーの告白は長い論争のピリオドを打つには充分だった。しかし、たった一枚だけ、トリックのない写真が存在する。

『妖精の繭』
と呼ばれる上の写真だ。
*******************
●コティングリー妖精事件●
ジョー・クーパー著
井村君江翻訳
●内容(「MARC」データベースより)
1917年イギリス北部の小さな町コティングリーの小さな川のほとりで、少女たちは妖精の姿をカメラにおさめた-。映画「フェアリーテイル」の原案となった事件の謎に迫る。
●目次
始まり―1917年~30年(1917年のコティングリー村
フランシスと妖精
最初の写真
蝶ネクタイの男 ほか)
終結―1965年~88年(事件が再び注目の的に
眉をひそめるフォークロア学会
ヨークシャー・テレビの取材旅行
驚異のランディの攻撃 ほか)
■■■
妖精学やケルト神話の第一人者井村君江さんが翻訳された映画の原作となった本。
フランシスは最後まで妖精を見たと証言している。あなたはどう思いますか?
※関連記事;4/22にあります。

September 24, 2006
最近のマイ・ブーム/市松人形あれこれ

最近のマイ・ブーム
●市松人形●
お人形全般が好きで、ヤフオク人形カテゴリーは、時々覗いているのだが、最近のマイ・ブームは『市松人形』。ヤフー・オークションで『市松人形』の良いものがたくさん出品されているのだ。一昨年は、ほとんどめぼしいものがなかったのだが、昨年ぐらいから、作家ものの高価なお人形も出品されるようになっている。
『市松人形』の名の由来は、8代吉宗の頃に実在した中村座の歌舞伎役者『佐野川市松』の名前らしい。チェス盤柄=市松模様の語源もこの『佐野川市松』さんが好んだ着物の柄から。すごい人気女形だったに違いない。江戸時代の市松や、手彫りの三つ折人形は、すごく高価で、家が建ったりする値段!現在のスーパードルフィー(?)のように、大店の若旦那が、着せ替えを楽しんだりしたらしい。この高価な市松人形の系譜に繋がるのが、大正期や昭和初期の作家ものだと思う。可愛いと云うよりリアルな顔つきで、高価な正絹の着物や金襴の帯を正式に結んだお人形は子供が抱いて遊ぶにはあまりに繊細だ。戦前は花嫁道具としても市松人形は購入されたらしい。

◆◆◆
最近、一番高かったのは大正時代の大きな市松さんで『高島屋謹製』だったか?大きなデパートの銘紙が貼ってあるもので、11万円以上で落札されたと思う。どっどんとした下膨れのリアルな顔付き、彫金細工の帯止めをした由緒ありそうなお人形だった。
作家もので少し汚れた感のあるもので3万以上、良い着物を着た破損の少ないものは6万以上が落札額になる。無銘でも昭和初期のものなら確実に2万〜。オークションでは、百戦百敗(笑)だったのだが、最近、2体落札した。無銘の大きなお人形と、完全に壊れたもの。このお人形を教材に、出来たら自分で作ってみたいと思っている。
◆◆◆
自分で作るとしたら土台は石塑粘土になってしまうが、表面だけは胡粉で仕上げたい。伝統的な市松人形の肌は、薄い胡粉が何度も塗り重ねられている。土台は江戸時代は、木彫、明治時代になると、和紙張子、大正・昭和は今と同じ、桐の粉を麩糊で練ったものとなる。着め込み人形の土台もお雛さまの土台も同じものだ。明治時代のものは、目に使うガラスが白目がなく、特徴的で、和紙張子なので、表面がぼこぼこした感じが若干あり、個人的にはあまり好きなタイプがない。昭和初期に良い人形作家が集中しているのは、昭和2年のアメリカ親善『答礼人形』が関連しているかもしれない。大規模なコンクールの実施で、作家の発掘育成がされ、その後の伝統継承になったように思う。

顔つきは江戸のものも可愛いが、やはり大正以降の作家ものが可愛い。人気のある『桜園』は伏し目がちで、今大人気の『恋月姫』さんのビスクとどこか似通った雰囲気がある。人間国宝の平田郷陽さんの作品は、どっしりして、どこか男顔で、品があって、お人形とは思えない存在感がある。人間国宝のものは、オークションで見ないが、オークションで人気のあるのは光龍斉さんのもの。一目でわかる可愛い顔で、制作点数も多いらしい。いつか昭和初期に作家ものを入手したい(!?)と、2万以上は入札できない貧乏性の私は、妄想を巡らせているのだった(笑)。
そんな高価なお人形は写真集で楽しむのに限る。この写真集はやはり『恋月姫』さんの写真集を出されている佐吉さんのもの。
◆◆◆
人形を修理したら、着物を作らないといけない。
着物の材料は、やはりオークションで古着を購入してある。で、斉藤美奈子さんの『市松人形着物教室ひとえ』の本を購入。しかし、ツギハギやテディベアぐらいしか、針を持たない私には、和裁の世界はアンタチャブル・ゾーン!!頁を開き、難解@@で、目が点になってしまった(泣)。死んだおばあちゃんは、当たり前のように和裁が出来た。明治生まれはやっぱりすごい!!存命の時に、習わなかっら不覚を、反省するのだった。
基本的に手作り妄想系なので(爆)、ど〜なることやら…。
Please on Click!!September 23, 2006
壊れた人形を治す◆其の一/届いた様子
先週、ヤフオクで落札した“市松人形”の話。
◆◆◆

画像は、オークションに掲載されていたもの。
色白で、そこそこ程度が良いように思えた。
ところが、実際に届いたものは、もっと赤味が強く、一番の問題は、顔と手足が違う人形ももののようで、サイズが合わない。顔に比べ、胴体が小さく、手足が大きすぎるのだ。
手足の上部は欠損しており、針金が露出、足の上部は厚紙で補修されていた。
さて…、どうな風に治そうか?
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◆◆◆

画像は、オークションに掲載されていたもの。
色白で、そこそこ程度が良いように思えた。
ところが、実際に届いたものは、もっと赤味が強く、一番の問題は、顔と手足が違う人形ももののようで、サイズが合わない。顔に比べ、胴体が小さく、手足が大きすぎるのだ。
手足の上部は欠損しており、針金が露出、足の上部は厚紙で補修されていた。
さて…、どうな風に治そうか?
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September 22, 2006
伊藤若冲画集、欲しいけど…/『THE PRICE COLLECTION』

『花鳥風月』を愛でて飄々を生きる。
こういうのは大店(おおだな)の若隠居のすること。絵を描く人の理想のように思うのだが、なかなかそういう幸せ者っていない。それが居たのが、とりのなんこさんの表紙にも登場した『鶏』を描いた伊藤若冲先生。
2000年に開催された『ブライス・コレクション』の展覧会から、伊藤若冲 ブーム!。エプソン提供のTV東京系『美の巨人』でも取り上げられ、今年も東京で『ブライス・コレクション』の展覧会と皇室コレクションの公開が連続して開催された。『ブライス・コレクション』は、東京を会期が終了し、今週末から京都で開催される。
以前、開催された『ブライス・コレクション』の図録が大型美術本になって発売されたが、いくらDVD付きでも7万円+税の値段は痛い。こう云う本がポンと買える人になってみたいものだ〜ぁ。
◆◆◆

●THE PRICE COLLECTION (ザ・プライスコレクション)●
●著者;ジョー・D・プライス
● 版型;B4判/664頁(DVDt付き)
●発売日: 2006/8/10 小学館
著者のジョー・D・プライスさんは、ロサンジェルス在住。ニューヨークで美術商をしていた1953年に、偶然伊藤若冲の作品に出会い、今では数少ない伊藤若冲の作品を50余点に所有しているとんでもない人なのだ。なかでも中心に白い象がいる「鳥獣花木図屏風」はどんな経緯で 国外に出たのか?ホントに残念だ。
戦後の混乱期に、日本の貴重な美術品は二束三文で、海外に流出している。ジョー・D・プライスさんは、琳派から肉筆浮世絵まで 600点以上に及ぶ膨大なコレクションを所有しているのだから、他のお金持ちのところにも、知られざる名作が秘匿されているのは、想像に堅くない。伊藤若冲他、なんでも鑑定団でほとんど本物が出たことのない円山応挙や、長沢蘆雪/酒井抱一/鈴木其一、妖怪画で有名な河鍋暁斎などもブライスさんに収集されている。
「あ〜〜〜、、、トンでもないナ〜。。。」
◆◆◆
↓クリックすると拡大します。



伊藤若冲は江戸時代(1716〜1800)に存命した京都の絵描きさん。
今も京都の錦小路はたくさんの食料品店で賑わっているが、伊藤若冲先生の実家がここで八百屋さんの問屋を営んでいた。23歳から40歳まで、青物問屋「枡源」の経営者として、生家の稼業に就いたが、絵を描くことだけが幸せで、あまり熱心な経営者ではなかったらしい。若冲さんは、40歳の節目に、弟に家督を譲る。僧籍に入り、自分は絵に没頭。若冲さんは、84歳で生涯を閉じるまで、絵を描き続けた人だ。奥さんも貰わず、お酒の飲まず、肉も食べず、俗人の楽しみとは懸け離れた生活ぶりは、北斎が自らを画狂人と号したは、若冲さんも、絵にある意味、狂うほど没頭した人生だったのだろう。
若冲さんは京都の友禅染めの下絵なども手掛けているので、作風は華麗にして装飾的!また生き物に対して、マニアックな観察眼と愛情に溢れた作風は、実に近代的だ。ある種の図鑑的な雰囲気もある。現在、皇室所有の『動植綵絵』は、もともと京都、相国寺に若冲さん自身が寄進したもの。このシリーズはとくに図鑑的。
◆◆◆
平成18年9月23日(土)〜11月5日(日)京都国立近代美術館にて
●プライスコレクション若冲と江戸絵画展●
関西方面の方は、この機会に是非、里帰りした若冲さんの作品をご鑑賞ください。
Please on Click!September 21, 2006
なんこ仙人表紙『モーニング』&いよいよ新刊『とりぱん 2』

●モーニング●
No.43 2006 10/6 号
TORI-PAN TORINO-NANKO
今週のモーニングの表紙は完全保存板!
『とりぱん 2』の発売を記念して、とりのなんこさんが表紙イラストを描いている。伊藤若冲さまにリスペクトした『新・群鳥蟷螂浪人寿図』。なんでカマキリ?なのかは、『とりぱん 2』を読めば判る仕組みになっている(笑)。
最近、家中がアンタチャブル・ゾーンになっているので、マンガ雑誌系は購入しないで立ち読み(泣)で済まそうと企んでいるのだが、モーニングにはなんこ先生が連載されているので、購入を辞められない。リスペクトしている作家さんが連載している雑誌を買うのはファンのたしなみ(笑)なのだ!?。ましてや、単行本が出たら、たとえ暗記するほど読んでいても、即効本屋に買いに行くのも、ファンの掟(爆)。
明日、発売なので、なんこ先生ファンの方!お忘れなく。

◆◆◆
古い知人にマンガ家さんがいる。
マーガレット系で学園ギャク漫画を長く連載されていたのだが、今は子育て休業中。その彼女に聞いたのだが、古本屋さんが多くなってから、単行本の売り上げがどんどん落ちて、中堅クラスの漫画家さんでも「生活するのが大変だ」とのこと(大泣)。彼女もデザインの仕事を連載の傍ら続けていた。
また編集者が変わると、自分の作風とは違う要求をされ、それが自分より10才近く年下だったり…。なんて話も他のマンガ家さんの愚痴で聞いたことがある。別の古い友人なのだが、少年ジャンプでデビューが決まっていたのだが、編集者と喧嘩してしまって、連載が中止になったことがあった。
幸い、とりのさんはモーニングでのびのびお仕事されているようで、読んでいて安心していられる。
◆◆◆
←クリックすると拡大します。今週のモーニングは、なんこ先生は頑張って(!)カラー4頁&白黒4頁&付録シール付きの出血サービス中!次々号では、芥川賞作家との対談も予定されている。誰と対談か?は本誌でお確かめください。
『とりぱん』ファンのあなた!くれぐれ、お買い忘れなく!
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