June 2007
June 27, 2007
あり得る未来…、21世紀の黙示録!?/『トゥモロー・ワールド』

●トゥモロー・ワールド●
●原題;CHILDREN OF MEN
●原作; P・D・ジェイムズ
●監督;アルフォンソ・キュアロン
●出演;クライヴ・オーウェン/ジュリアン・ムーア/マイケル・ケイン/
キウェテル・イジョフォー/チャーリー・ハナムア 他
●DATE;2006年 アメリカ/イギリス 109分
先月、市内にTUTAYAが開店した。たいした人口もない田舎にレンタルビデオ店が3店鋪になってしまった。それも1キロぐらいの国道沿いにだ!?案の定と云うか、セールと称してレンタル価格が安くなっている。新作も200円以内で借りれることが多い。新作を50円で借りれる日もあり、ちょっとうれしい(爆)。で、本作は199円でレンタル。
●あらすじ
西暦2027年、荒れ果てた雰囲気の漂うロンドン。さえない顔の中年男がコーヒーショップでブラックを注文する。男はセオ、かつては社会活動家だったが、いまはしがない公務員だ。店のテレビでは、世界最年少の18才の少年がファンに殺害されたニュースが流れる。握手を求めたファンに悪態をつき刺殺された彼は、子供が生まれなくなった世界で一番若い人間だった。世界中で悲嘆にくれるファンの姿に、セオは嘆息をつき店を後にする。セオが店を離れた途端、店は何者かによって爆破され、多くの通行人が倒れた。あやうく難を逃れたセオが役所に着いても仕事をする気にならない。最年少の人類殺害のニュースを口実に仕事を早退する。
セオは鬱病の治療を受けていた。唯一の慰めは森の中に棲む老夫婦を訪ねることだけだった。彼はかつては高名なジャーナリストだったが、今はドラッグを販売しながら、心を閉ざした妻、愛犬と一緒に隠れて暮らしていた。変な味のドラッグを試し、たわいのないジョークで笑いながらも、二人は深い悲しみの中にいた。
世界は18年前から、子供が生まれていなかった。不可解な不妊が広がり、妊娠中の妊婦は流産し、新生児は誕生していない。子供の生まれないことの異常さから、世界は荒廃していった。社会機構は崩れ、辛うじてセオの暮らすイギリスだけが政府が維持されていた。そのイギリスに世界中からの難民が押し寄せ、難民は強制収容所に隔離されていた。
そんなある日、セオはフィッシュと呼ばれるテロリストたちに誘拐されてしまう。セオのかつての妻ジュリアンは今はフィッシュのリーダーだった。ひさしぶりに会った妻からセオは国内移動用の許可証の依頼される。目的は不法滞在の難民の女性を移動させるためだった。>>>つづきはDVDでどうぞ!!面白い!!デス。
■■■

本作『トゥモロー・ワールド』は、昨年、ヒットした『Vフォーヴァンデッタ』と似た構造の近未来SFだ。『Vフォーヴァンデッタ』ほど話題にならなかったが、『トゥモロー・ワールド』は『Vフォーヴァンデッタ』以上に強いインパクトがあった。
舞台は20年後のイギリス、世界はイギリス以外は崩壊しており、イギリス政府は特異な管理社会になっている。家族を失い失望の中で暮らす主人公、『V』では謎のウィルスでの大量死、『トゥモロー・ワールド』では世界規模での不妊…。2作とも極めて暗示的で、黙示録的でもある。黙示録的と云う場合、それは「神から与えられたヴィッジョン」と云う意味でだ。欧米の映画を見る時に、欧米の文化基盤になっているキリスト教の精神を感じざるを得ない。
『V』以上に、『トゥモロー・ワールド』は聖書的であり、リアルで衝撃的だ。どんどん進み小子化、その原因の1つは構造的な新貧困層の拡大、それに加えて環境ホルモンによる人類の不妊化も加わっている。健康ブームに隠れているが、環境汚染による人類の染色体の異常発生率、生殖能力の低下はどんどん加速している。政府は、メタボリックシンドローム予防などで、健康延命を奨励しているは、人類が長命を望むほど世界は調和が保たれているか?それははなはだ疑問!!!
その意味で『トゥモロー・ワールド』は実にリアルだ。
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映画の見どころはクライマックス、6分を超える長回し。セオは人類の希望を託す女性セオを守るために市街戦の中を逃げ回る。途中、カメラに血しぶきが付き、レンズが爆風の粉塵で汚れていく。観客はいつしかカメラマンの目になって、その場にいるような臨場感に酩酊するような錯覚に陥るのだ。圧倒的な迫力に、映画の力を実感するとともに、セオが誰に傷つけないことにこの映画の深いテーマを思い知ることになる。深い霧の中、船を待つセオとキー…、動かないセオは死んでいるのか、生きているのか、我々は知ることが出来ない。ただ1つ言えることは、セオは充実感、達成感を感じているだろうと云うこと。
人は何のために生きるのか?
そのことを感じざるを得ない。『トゥモロー・ワールド』は、決して空想だけの世界ではなく、今、現在と地続きの可能性を含んだ物語だ。子供のいない世界で、多くの人が犬を飼っているのが印象的だった。
お向かいの家で赤ちゃんが生まれた。やっぱり赤ちゃんって可愛いよね。。。
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June 22, 2007
爆走する妄想(笑)、!ハイテンション祭!?/『舞妓Haaaan!!!』

●舞妓Haaaan!!!●
●監督;水田伸生
●脚本:宮藤官九郎
●出演;阿部サダヲ/堤真一/柴咲コウ/小出早織/京野ことみ/
酒井若菜/生瀬勝久/吉行和子/伊東四朗 他
●製作年度 2007年 上映時間 120分
●(c)2007 「舞妓Haaaan!!!」製作委員会
最近、すっかりブログ書きを放置してしまった(汗)。相変わらず映画のDVDはほぼ毎晩観ているが、劇場は久しぶり!私も舞妓さん好きの日本人(?)なので、話題の新作『舞妓Haaaan!!!』を高崎109シネマズにて鑑賞。レディスデーの水曜日、客席は比較的若い女性客でいっぱい!だった。
●あらすじ
食品会社勤務の鬼塚公彦は修学旅行で出会った舞妓さんのとりこ。京都の街で舞妓さんのおっかけカメラ小僧をしながら、舞妓さんのHPを運営している。公彦のHP掲示板に公彦のHPをあざ笑う書き込みをするナイキと云う男が現れる。お座敷に上がったことのない公彦、ナイキに挑発され心はお座敷でする野球拳のことばかり…。
京都には会社の支社があり、公彦は転勤希望を出す。本社には公彦の恋人富士子がいたが、「遠距離恋愛は無理!」と公彦は富士子を別れ、心はお座敷のことでいっぱいだ。京都に赴任した公彦は念願のお茶屋さんに勢い込んで行くのだが、おかみさんに「一見さんはお断り!」と門前払いされてしまう。公彦はなんとかお茶屋に上がりたくて、社長に懇願する。社長の「儲けさせてくれたら、連れていっても良い」との一言に公彦の奮闘が始まる。>>>つづきは劇場でどうぞ!
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映画やドラマでは傍役でしか観たことのなかった阿部サダヲさんが主演。老けた高校生からお爺さんまで、とんでもないハイテンションで演じている。堤真一さん演じるナイキこと内藤貴一郎も公彦を変わらないハイテンションぶり!!なんとも騒々しい映画になっている。この騒々しさは小劇場系の演劇風でもあり、香港映画、とくに初期のチャウ・シンチーみたいだったりする。公彦の性格の悪さは美女をいたぶり笑うチャウ・シンチーとドコカ通じるものがある。
物語を時系列で追えば、三年ほどのことなのだが「アリエネ〜!」な出来事が雪崩のように重なり、怒濤のハイテンション合戦になる。この物語に綺麗な舞妓さんが出ていなかったら、ハイテンションに食傷してしまいそう!?柴咲コウさん、小出早織さん、京野ことみさんなどの演じる舞妓さんは、画面に出るだけに「日本って良いな〜〜〜!!」となんとなくシアワセな気分になってまうのだ(笑)。
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脚本の宮藤官九郎さんは、ガイドブックたよりに京都の花街のことを描いたそうだ。彼もまた『一見さんお断り』のルールの前では平等!?と、云うか…、お座敷遊びをするのはそれなりの修行が必要な風に感じるのだった。映画パンフレットに解説してあったのだが、舞妓さんの姿、形は、大きな商家のお嬢さん風のコスプレなんだそうだ(!?)。そう云えば、だらりの帯やおこぼ(ぽっくり)、割れしのぶ(桃割れ)の髪型は古い時代劇の商家のお嬢さんが着ていた。着物の肩上げの舞妓さんが子供だと云うことを表していたりする。今は児童保護法で舞妓さんと云えども18才以上になるのだろうは、昔はきっと14、5才の女の子が舞妓さんになっていたのだろう。きっと可愛い!!かっただろうと想像しちゃったりする。
映画では24才の富士子さんが舞妓修行をする。演じるは柴咲コウさん、最初のヤボったりネガネOLと舞妓姿の落差はナイアガラの滝(?)状態。モダンな雰囲気でとっても綺麗!!だ。もう一人、公彦に追っかけられる舞妓駒子を演じるのは『時効警察』で婦警さんを演じている小出早織さん。日本画の巨匠橋本明治画伯の描く舞妓さんそのままのオボコさはブラボ〜!!でした。
ハイテンションに耐えられる人には最高のギャグ!!舞妓さん好き必見デスネ〜!!
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June 21, 2007
『舞妓Haaan!!』の世界を覗き見!/『2006 PLAYBOY/9月号』

●PLAYBOY●
ENTERTAINMENT FOR MEN
●Vol.379 no.9 September 2006
昨年の夏に発行された『PALYBOY』の祇園特集。クドカンもきっと読んだと思う。
『失楽園』などの大人の恋愛小説でお馴染みの渡辺淳一先生(先生はお医者さんでもある)が、一般ピープル(?)には、まったく無縁な祇園の街を案内してくれている。(以下、昨年に紹介したものを再掲)

●目次
男が最後にたどり着く花街
祇園の遊び方
・渡辺淳一と行くお座敷遊び
・お茶屋遊びの心得と礼儀作法
・正しいお茶屋バーの楽しみ方
・祇園甲部舞妓名鑑
・祇園芸妓行きつけの店
・伝統を受け継ぐ祇園の名店
・祇園MAP
***************************
“里子はやはり京都の花街のあり方のほうが風情があるような気がする。いろいろなしきたりがうるさく、上と下の差別が激しいとはいえ、情緒というのは、そうしたけじめのなかからしか生まれてこないのではないか。
つい少し前までは、京都の堅苦しい古さに辟易していたのが、今は早くも、その古さのよさに軍配を上げたい気持ちになっている”(渡辺淳一「化粧」より)
◆◆◆
祇園のお茶屋遊びは、どんなにお金を持っていても『一見さんお断り!』と言う鉄壁(?)のルールがある。紹介者なしでは、お茶屋さんでは遊べない。渡辺さんは最初は、編集者に連れられ、仕事として祇園に足を運んだ。その後は、芸妓さんのしているバーで、その芸妓さんの修錬所での同期生だったお茶屋さんのおかみを紹介され、自分でもお茶屋遊びを楽しむようになったと言う。
この『一見さんお断り!』のルールは、格式の高さからくるように思えるのだが、実はもっと現実的な部分から生まれたらしい。お茶屋さんは、「ホテルのコンシェルジェ」のようなもの。お茶屋さんは、座敷きを貸すのだが、芸妓さん、舞妓さんを呼び、料理は仕出し屋から届くように手配する。客の要望があれば、宿の予約や、タクシー・列車の切符まで手配してくれる。これらの料金は、最後にお座敷遊びの『花代』や料理代、その他もろもろのお茶屋さんの建て替え払い分が合計されて、お客さんに請求される。だから、逃げてしまうような(笑)信用のないお客さんだったら、お茶屋さんは怖くて、相手にできない!

一見排除で作られるお客さんとお茶屋さんとの信頼関係の中で、祇園と言う街は成り立っているのだ。だから、お客さんは安心して遊ぶことが出来、お茶屋さんも心づくしができることになる。未成年の舞妓さんが、お客さんの相手をする世界だ。しっかりしたマナー&ルールがなければ、大切な少女をお座敷になど、派遣できない。まして大抵は、百万円を超える高価な衣装を身につけた女性達だ。和服は洗えない!悪酔いするような、不粋で無礼な客は論外な世界なのだ。右の写真は雑誌に掲載された古い時代の舞妓さんのポートレート。10kgを越す衣装をまとった舞妓さんは、動く工芸品です。
◆◆◆
日本には昔は各地に花街があった。その頂点にあったのが祇園だろう。東京には神楽坂、新橋、柳橋などに芸者置き屋があり、格式のある料亭のお座敷で芸を披露し、芸を競った。新潟、金沢などの豪農や富豪のいる地方にも、舞や三味線をしっかり身につけた芸者さんがいた。しかし、そんなものは大正時代の頃が最後なのかもしれない。戦後の日本は、日本文化のアメリカ化によって経済成長していった。映画『SAYURI』の最後近く、米軍の将校の饗応にサユリが呼ばれる。芸者は『芸は売っても体は売らない』。布団で泣くサユリは、日本の崩壊を象徴した印象的なシーンだった。芸者の身持ちの堅さも芸のうち、正式な婚姻ではなくとも、芸者さんの旦那さんを持ち、旦那さんとの間に子供も儲ける。その子供は大切なお嬢さんとして、大切に育てられるのだ。昔、大きな資産家に守られた芸の世界が存在した。しかし、その伝統の残り火は『祇園』にしか残っていない…。
◆◆◆
日本は風俗に鷹揚な部分がある。キャバクラ嬢が朝のテレビに素顔で出演しても、なんらTV局は違和感がないらしい。ホストやホステスの世界が、ドラマになりドキュメンタリーが人気になる。この深層意識には、かつて日本には「花街と言う伝統文化があった」と言うことにあるように思う。大正時代や昭和初期、格式のある芸者さんは尊敬される職業婦人だったのだ。今も祇園はその伝統の中にある。舞や音曲などの芸事の世界が基本になる。「綺麗なお姉さんにお酒の相手をしてもらう」と言う部分では同じかもしれない。しかし祇園の舞妓さんは絶対に口説けない!芸妓さんも、それ相当の資産がなければ、お金で仲良くしてくれることはほとんでないだろう。渡辺先生は、『男のやせ我慢の遊び』と表現している。若い舞妓さんの花代も年輩の芸妓さんの花代も変わらない。舞妓さんだけを呼ぶような不粋な客は、大事にされないものだ。
祇園でのマナー、現在の人気舞妓さんなど、本誌に詳しいので興味のある方は是非読んでください。日頃、マスコミに顔を出すことのない舞妓さんを見ることが出来ます。
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←クリックすると拡大します。June 07, 2007
魂魄の留まり、それは心の行方…。/『ヴィリ』山岸涼子
●ヴィリ 第6回●
●作者;山岸涼子
●掲載誌 ダ・ヴィンチ/2007 7月
先月は恐怖のラストシーン!?。今月も発売日に本屋に急行!
●先月号からのあらすじ
公演を間近に控えた礼奈は、ホールの下見に行く。前日の高遠と舞のことが頭から離れず、踊りに集中できない。舞台に立つと袖に誰かいる。それは自分のために主役を踊ることの出来ない三船のようにも見えた。思わず、歩みよる礼奈…、そこには奈落が口を開けていた。
奈落に落ちた礼奈…。気がつくとレッスン場にいた。アルブレヒト役のジャンが来日し、レッスンに参加するところだった。ジゼル役として紹介されるのは…、バレエ団に帰国後復帰したばかりの真実だった。自分の状況が理解できない礼奈は「死んでほうがまし!」と小道具のアルブレヒトの剣で喉を突く。
そして、公演の日になった。>>>つづきは本誌でどうぞ!!
***********************************
先月の最後はホラーの香りが漂っていたが、今月はホラーになっていた。幻視者の山岸涼子先生が描く“霊”は本当に怖い。随分と昔のことになるが、山岸先生は創刊間も無い“ASUKA(角川)”でホラーばかり描いていたことがある。山岸ホラーの傑作が多く描かれたものこの頃だ。この世にいないはずの人の視点で描く作風は今市子さんの作品などに影響を感じることがある。本作はそんな油の乗った頃の山岸作品の雰囲気がある。台詞だけ、まったく人物の描かれない3頁は、観る者の心の奥の闇を呼び出すようで、本当に怖い…。
■■■
Kバレエカンパニーの本公演で“海賊”を踊るはずだった熊川哲也さんが靱帯損傷で舞台を降番してしまった。日本の代表的なプリマ草刈民代さんもやはり故障を理由に“白鳥の湖”の全幕通しを「もう踊らない」と宣言された。お二人の舞台は拝見しているが、神業のようなテクニックと優美さで生の舞台の素晴らしさに圧倒されたことがある。一度だけかぶりつきのようなファン倶楽部席でKバレエカンパニーの公演を観たことがあった。近いから感じる飛び散る汗やはげしい息づかい、トゥシューズと床が擦れる音etc.、バレエと云う芸術の激しさを感じることが出来た。
バレエと云う踊りには魔物が棲んでいる…。それは悪魔かもしれないし、天使かもしれない。そんなことを今回の『ヴィリ』で考えてしまった。
次号はおそらく最終回!!奈落の前に立つ礼奈は何を思うのだろう。
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●作者;山岸涼子
●掲載誌 ダ・ヴィンチ/2007 7月
先月は恐怖のラストシーン!?。今月も発売日に本屋に急行!
●先月号からのあらすじ
公演を間近に控えた礼奈は、ホールの下見に行く。前日の高遠と舞のことが頭から離れず、踊りに集中できない。舞台に立つと袖に誰かいる。それは自分のために主役を踊ることの出来ない三船のようにも見えた。思わず、歩みよる礼奈…、そこには奈落が口を開けていた。
奈落に落ちた礼奈…。気がつくとレッスン場にいた。アルブレヒト役のジャンが来日し、レッスンに参加するところだった。ジゼル役として紹介されるのは…、バレエ団に帰国後復帰したばかりの真実だった。自分の状況が理解できない礼奈は「死んでほうがまし!」と小道具のアルブレヒトの剣で喉を突く。
そして、公演の日になった。>>>つづきは本誌でどうぞ!!
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先月の最後はホラーの香りが漂っていたが、今月はホラーになっていた。幻視者の山岸涼子先生が描く“霊”は本当に怖い。随分と昔のことになるが、山岸先生は創刊間も無い“ASUKA(角川)”でホラーばかり描いていたことがある。山岸ホラーの傑作が多く描かれたものこの頃だ。この世にいないはずの人の視点で描く作風は今市子さんの作品などに影響を感じることがある。本作はそんな油の乗った頃の山岸作品の雰囲気がある。台詞だけ、まったく人物の描かれない3頁は、観る者の心の奥の闇を呼び出すようで、本当に怖い…。
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Kバレエカンパニーの本公演で“海賊”を踊るはずだった熊川哲也さんが靱帯損傷で舞台を降番してしまった。日本の代表的なプリマ草刈民代さんもやはり故障を理由に“白鳥の湖”の全幕通しを「もう踊らない」と宣言された。お二人の舞台は拝見しているが、神業のようなテクニックと優美さで生の舞台の素晴らしさに圧倒されたことがある。一度だけかぶりつきのようなファン倶楽部席でKバレエカンパニーの公演を観たことがあった。近いから感じる飛び散る汗やはげしい息づかい、トゥシューズと床が擦れる音etc.、バレエと云う芸術の激しさを感じることが出来た。
バレエと云う踊りには魔物が棲んでいる…。それは悪魔かもしれないし、天使かもしれない。そんなことを今回の『ヴィリ』で考えてしまった。
次号はおそらく最終回!!奈落の前に立つ礼奈は何を思うのだろう。
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June 06, 2007
そんなに悪魔が好きなんかい?(笑)/『オーメン666』

●オーメン666/THE OMEN●
●監督;ジョン・ムーア
●出演者;リーヴ・シュレイバー/ジュリア・スタイルズ/ミア・ファロー
●公開 2006年6月6日 110分 アメリカ映画
●DVD発売日;2006/11/3
6月6日デスヨ!1月鑑賞から、チト移動。
“ダミアン”は、『笑う大天使(ミカエル)』にも登場する大人気反キリスト。昨年のハリウッドはリバイバルブームで、『スーパーマン』、『ポセイドン』など70年代のヒット作を次々リメイクしていた。30年もたてば、若い人は旧作は未見?本作もその中の一本だが…。
●あらすじ
世界は、黙示録の予言が次々と現実のものとなっていた。黙示録の悪魔“666の獣”がこの世に生まれ出ようとしている。それはキリストの千年王国を実現するために避けて通れない人類の試練なのか?バチカンの奥深く陰謀が始まっていた。
ロバート・ソーン、大統領を縁戚に持つ若き外交官。赴任先のローマで、彼の新妻が出産を迎えていた。妻ケイトの出産を待っているソーンに、神父は「赤ちゃんは死産、二度と出産できない体になってしまった」と告げる。あまりのショックに茫然とするソーンに、神父はある提案をする。同じ時刻に生まれた「新生児の母が急死した」と神父は言った。神父に勧められるままに、身元不明の男の子を実子として受け取ることにするソーン…。ケイトはその事実を知らされず、自分の子供ではない赤ちゃんに頬ずりをして喜ぶのだった。
赤ちゃんはダミアンと名付けられ、夫妻の庇護下、すくすくと育っていた。ダミアンが4才になった頃、ソーンはイギリスへの赴任が決まる。ところが、駐英大使が着任直前に、不慮の事故で急死、ソーンは異例の抜擢で駐英大使となる。夫の出世を喜んだケイトは、ソーンが驚くような大きな邸宅を借りることにするのだった。
その豪邸の庭で、ダミアン5才の誕生パーティが盛大に開かれる。多くの招待客で賑わうガーデン・パーティの会場、庭を見下ろす屋上にダミアンの乳母が立っていた。首に縄を巻き付けた彼女は、大きな声でダミアンを呼び、そして…。つづきは>>>DVDでどうぞ!。
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1976年版の『オーメン』は幾度となくTV放映され、30才以上の日本人は一度は目にしている大ヒット作だ。シリーズ作品 『オーメン2/ダミアン(DAMIEN: OMEN II、1978年)』 『オーメン/最後の闘争(THE FINAL CONFLICT、1981年)』も、深夜枠のTV放映で幾度も見た。
最初の『オーメン』から30年も経過している方が、個人的には恐怖(笑)だ!?この頃のアメリカ映画は、悪魔主義に取りつかれたように良質(?)なオカルト映画が目白押し。『ローズマリーの赤ちゃんRosemary's Baby(1968・米)』『エクソシスト』『オーメン』は悪魔系映画不朽の名作だと思う。
◆◆◆
ちょっと脱線するのだが、
ロマン・ポランスキー監督(『ローズマリーの赤ちゃん』の監督の妻、臨月間近のシャロン・テートは、カルト集団の教祖チャールズ・マンソンに惨殺される。それは1969年8月8日だった。マンソンを凶行に走らせたきっかけの1つに、ビートルズの『ヘルタースケルター』という曲がある。白人と黒人の“最終戦争”をマンソンは『ヘルタースケルター』と呼び、狂信化&武装化していった。この事件は後日談があり、『ローズマリーの赤ちゃん』の撮影で使われたアパートが“ダコダハウス”。1980年にジョン・レノンが射殺された時に住んでいたあのアパートだ。
“悪魔主義映画”の社会的背景を深読みすれば、ベトナム戦争だろう。悲惨な長期戦争は、アメリカ人の心を疲弊させる。その反動から“ラブ&ピース”のフラワー・ムーブメント(ヒッピー)が起きる。その中の一部の反社会的な若者は、フリーセックスとドラッグに走った。マンソンもその流れの中の一人だ。
そしてベトナム帰還兵の一部にも麻薬が蔓延する。麻薬中毒者が社会問題化し、当時のアメリカは、国中がバット・トリップしていたのかもしれない。この麻薬中毒のロックミュージシャンとヒッピー・ムーヴメント、フワワーチルドレンのイメージは、前回紹介した『ローズ イン タイドランド』を鑑賞して欲しい。理想の末期が寂しい…。
またグランドミレニアム直前のキリスト教圏は、黙示録の預言を恐れていた。チェルノブイリ原発の事故は、黙示録にある“ニガヨモギ=チェルノブイリ”と地名の偶然の一致を見る。「獣の復活の前に吹かれる、天使のラッパだ。“ハルマゲドン”のカウント・ダウンは始まった」…。と、根拠の薄い推測はさておき、『オーメン』のリメイクの感想に戻る。
◆◆◆
本作『オーメン666』だが、やはり、グランドミレニアムが経過してしまった『オーメン』は、心理的プレッシャーが弱い。このグランドミレニアムを簡単に説明すると、西欧では2000年で動く春分点を一つの周期と考え、魚座に春分点があったキリスト生誕後の2000年をキリストの時代と考えていた。仏教にもあるように、末法の時代が2000年までだったのだ。これは『ノストラダムスの予言』にも重なり、社会不安を増大させていった。
占星術師たちは反キリストの誕生を占い、1963年の6月生まれとしていた。生まれた場所は中東のどこか。この人物をされる写真を雑誌で見たことがあるが、反米の指導者として暗躍しているらしい(出典;ムー)。だから最初のダミアンの誕生は、実在の反キリストの誕生日に近いのだ。ブッシュ政権は、現在、イスラム圏と理不尽な戦争を泥沼化させている。彼の深層心理に、どこか『オーメン』の影響があるのではないかと?うがった考えを持ってしまう。
◆◆◆

作品の中で、悪魔をイメージする画像がフラッシュ・バックされる。このイメージは極めてプリミティブで、アフリカや南大平洋の仮面のようだったりする。マンソンが妄想したように、白色人種と有色人種の間の戦いが“最終戦争”の正体だとしたら、本当に怖い。
日本人はアメリカに対して極めて服従的であり、バナナ(見た目は黄色いが中身は白い)と悪口を言われている。アメリカがキリストの教え『隣人を愛せよ』『左の頬を打たれたら、右の頬を出せ』を守っているのか?と言えば、はなはだ疑問だ。以前も書いたが、悪魔とされる偶像は、旧世界の大母神だったり、自然神だったりする。※仏教の明王像はどうみたって悪魔だ(汗)。
ダミアンのことで言えば、生物学的にジャッカルが人間の子供を産むわけがない(笑)。
ジャッカルや犬は、欧米規範に不服従のダイナミックな自然のパワーを象徴しているのかもしれない。(正統派ではない)キリスト教カルトは、どこか“ハルマゲドン=最終戦争”を待ち望んでいる。
そんなものはない。
それより環境問題で人類は滅亡する可能性がどんどん高くなっている。その時、空から天使が舞い降りるとは、とても考えられないのだった。
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June 05, 2007
オバサンの尊厳を守れ!って、勝ち目はある?/『昭和歌謡大全集』

●昭和歌謡大全集●
●原作;村上龍
●監督;篠原哲雄
●出演;松田龍平/岸本加世子/池内博之/斉藤陽一郎/鈴木砂羽 /
市川実和子/古田新太/村田充/近藤公園/原田芳雄/内田春菊/
細川ふみえ/森尾由美/安藤政信/樋口可南子
●DATE;2003年 日本 112分
割りと映画を観る方だと思うが、2000年から2003年は事情(服役=汗とかじゃなくテネ)があって、映画空白期間だ。本作は違う作品と混同し、ハートウォーミングな作品だと勘違いしていた。5月末にレンタルで鑑賞。原作の掲載誌は『週刊プレィボーイ』、青年誌らしいアナーキーさと、コミカルな描写が笑えるのだが、描いていることは原初的な暴力だったりする。さて、どんな物語かと云うと…。
●あらすじ
ひょんなことで一緒に遊ぶようになった6人の若者。ことの発端は隣のアパートの若い女だった。若者が覗いていることを知ってか、知らずか、毎日全裸で部屋を歩き廻る。もやもやした気持ちを発散するのは、昭和歌謡だった。彼等はそれをイベントと呼び、衣装を揃え撮影もする。
ある日、新入りのメンバーがナンパを断ったオバサンを殺す。自分で「イケテイル」と思っている彼は、欲求不満に決まっているオバサンに拒絶されたことが許せなかったのだ。路地沿いの水田に血まみれになって倒れているミドリを発見したのは、同じミドリだった。会社勤務のミドリは、その日年下の男子社員に「一発しませんか?」と云われ、腹を立てていた。
ミドリとミドリ。彼女たちは地元調布市のタウン誌の企画で知り合った『ミドリ会』の仲間だった。全員、バツイチのミドリさん。オバサン6人で、時々飲んだり、憂さを晴らすだけの仲間だ。ミドリの葬式の夜、前夫と息子は死体を残し、そそくさと帰ってしまった。通夜の席で、発見者のミドリは、ミドリが「侮辱されて殺された」と云い、皆で復讐を誓う。
昭和歌謡好きの若者と、昭和を生きたオバサン。接点のない2つのグループは血の抗争をエスカレートさせていく。>>>つづきはDVDでどうぞ!
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村上龍の真骨頂は『暴力とセックス』だと思う。本作『昭和歌謡大全集』は、彼の嗜好がギャグの砂糖衣で包まれているが、妄想的で悪質なアナーキー・ファンタジーになっている。目的のない無軌道な若者は、原作ではパソコンオタクと云うことになっている。リアルとバーチャルの区別の曖昧な彼等には、「オバサンは欲求不満で、性的に言いなりになる存在」「思い通りにならなければ、死んだ方が良い存在」と云うことになっている。
私のメールアドレスには、多い月には1000を超える出会い系迷惑メールは届く。そこに存在するバーチャルの女性は性的な存在でしかない。男性にとって必要なのは“母親/妻/それ以外は性的に云いなりになる若い女”と云う妄想がネットには潜んでいる。その意味では、本作『昭和歌謡大全集』はリアルな妄想の上に成立した物語と云うことになる。
■■■
若者と敵対する『ミドリ会』を演じるのは岸本加世子/鈴木砂羽 /内田春菊/細川ふみえ/森尾由美/樋口可南子の女優陣だ。名前を見れば判るように40代30代のオバサンと呼ぶのは失礼な綺麗な女優さんばかり。鈴木砂羽さんや細川ふみえさんまで“オバサン”呼ばわりなのは、けっこうキツイ!?“オバサン”と呼ぶことで、彼女たちのキャリアも容姿も個性も皆記号化されてしまい、無個性な“オバサン”と云う人間以下の存在になってしまう。現都知事石原慎太郎氏も2001年の“ババア発言”に見られるように、年齢を重ねた女性は「地球にとって悪しき存在」とまで云っている。
本作『昭和歌謡大全集』は、荒唐無稽な物語のように見えて、物語の土台部分はリアルな悪意の上に成立しているのが判る。物語の後半は岸本加世子さんの迷彩服覆面姿と云うコントのような様相になるが、たった数人のグループであってもこれは若者VSオバサンの戦争なのだ。映像化されているそれは、個々の心の奥底に潜んだバーチャルな悪意だったり、殺意に他ならない。
■■■
冒頭、“ピンキーとキラーズ”の『恋の季節』が歌われる。ピンキーのパートは松田龍平さん。♪赤いシャツ着てさ〜、海を見てたの〜♪、他の唄も、歌詞だけ読むとなんだか笑える。昭和の恋は『気分』、平成の恋は『妄想』なのだろうか?(ジョークデス)。
私が一番嫌いな価値観に「人間関係を役に立つ、立たないで区別する」ことがある。物語の若者には“オバサン”は「役に立たない存在」で、ミドリ会は「女性の尊厳を守るため」に戦っていく。同じ昭和歌謡の中、『黒の舟歌』の歌詞のように、♪男と女の間には、深くて暗い川がある♪なんだろ〜な〜!?!?。
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