April 2008
April 22, 2008
偉大なるもの、人と動物がともに生きること。/『ドリームキーパー』

●ドリームキーパー●
●監督;スティーブ・バロン
●出演;エディ・スピアーズ
●DVD発売日: 2004/6/4 時間: 120 分
『夢』は不思議だ。寝ている時、奇妙にリアルな世界を旅することがある。神話的で、寓意的で、知らない人しか登場しない美しい街…。私はそこを勝手に“ソウルタウン”と呼んでいる。
自律神経が乱れていると入眠時にイヤな夢を見るようだ。癖で眠る直前の時間と、夢が終わった時間を時計で確認する。10分と経過していないのに、夢の時間は数日にもなっていることがある。寝ているのに、疲れる(笑)。“悪夢”は眠りの始まりに、“ソウルタウン”の夢は、睡眠の終わりに見ることが多い。結局、脳内のことだが、人間の脳は不思議だ。本作も、そんな不思議な夢の世界を大切にしているネィティブ・アメリカンの物語。
●あらすじ
ショーンはネィティブ・アメリカンの部族の生まれ、ネィティブ居住地に暮らしている。おじいちゃんは神話の語り手“ドリームキーパー”として、観光客や子供達にお話を聞かせるのを日課としている。ショーンは町にチンピラといざこざを起こしていた。
ある日、おじいちゃんが「“フェィテバル”に馬を連れて行きたい」と云う。会場は家から1000キロ以上離れている。87歳、高齢のおじいちゃんを「一人では行かせられない」と、母はショーンも一緒に行くように云う。おじいちゃんは「お駄賃に古いトラックV6000をやる」と云う。トラック欲しさにショーンは承諾。おじいちゃんとショーンと馬は、ポンコツV6000はニューメキシコで行われる“フェィテバル”を目指し出発する。何もないアメリカ中西部、その道中、おじいちゃんは、ショーンにさまざまな物語を話してくれるのだった。>>>つづきはDVDでどうぞ!
**********************
ありがちはファンタジー映画かと思ったら、ネィティブ・アメリカンの神話を丹念に描いた作品だった。アメリカの先住民の神話・伝承を知る機会は少ない。しかし、彼等とアイヌ民族の神話観は驚くほど似ている。シベリア、アラスカのイヌイットからネィティブ・アメリカンは渡りガラス文化圏とも呼ばれ、カラスを神聖な霊鳥として祭る。カラスは人の寿命を知る鳥だ(日本でもそうでしょ?)。神話の共有は、同じ祖先を持つ民族が偉大な歳月をかけて移住していったと考えられるのだ。

最初に語られる神話は、
【若者ホークボーイは真理を知るために山に籠る。丸く描いた結界の中、神聖なタバコを吸いながら夢を待つ。飲まず喰わずで真理を教える夢を待つが、しかし夢は訪れない。さまざまな精霊が若者が真理を知るのに「相応しい者か?」、試練を与える。あまりに喉の乾いた若者は泉に行くが、真理の夢を待つものは水さえ飲んではいけなかった。泉には巨大な蛇が住んでいた。そこで…。】
この神話を含め6つほどの神話(雷の嫁/北斗七星/賢い馬/白人のインディアン/鮭の住む川)が語られるが、どれも素晴らしいVFXで見ごたえがある。人も動物も天界でさえ、対等な存在とする世界観は、日本の昔話や神話と似ており、どこか懐かしい。しかし、過酷な大陸で育まれた神話だ。登場する熊も、バッファロー、ヘビ、ウマetc.、皆、巨大だ。そして、彼等は賢い知恵を持った存在として描かれる。
■■■
以前、オーストラリア映画で『ドリーム・ウォッチャー』と云う作品を観た。この作品はアポリジニの神話伝承が基になっており、「正しい夢によって世界が保たれる」と言った内容だったように思う。古い作品で記憶が曖昧なのだが、印象的な作品だった。※主演はリチャード・チェンバレン?か、似た人(笑)。
アフリカ、オーストラリア、南北アメリカ、イヌイットetc.、自然と共棲し、エネルギー消費の少ない暮らしをしている人たちがいる。彼等の神話体系は、同じイメージを共有している部分がある。また、原始的な暮らしを守っているにも関わらず、驚くような天文知識が神話に隠れていたりする。中南米のマヤ暦は近代天文学に近い数字で太陽系を把握している。彼等は、暦をもとに、未来を予知し、悪い未来を避ける警告をする。偉大な知恵を持つ彼等の神話を知ること、現代人には必要なことのように思う。自然をまったく破壊しない彼等の生き方こそ、人間と言う種がすべき理想的な姿なのかもしれない。
■■■
本作は劇場未公開作品。出演している俳優さんも皆ネィティブ・アメリカンの人たちなのだろう。有名な俳優さんは誰も出ていないが、男優さんは精悍で雄々しい顔だち、女優さんは意志的な瞳が魅力的だ。アメリカではネィティブ・アメリカンの人々は保護の美名の中、過酷な差別にさらされているのを御存じだろうか?。
北アメリカ大陸に住んでたネィティブ・アメリカンの人たちは、ヨーロッパからの移民に国を乗っ取られてしまったようなものだ。マンハッタン島は一箱のガラスビーズと交換された。それはオーストラリアも変わらない。優れた文明とは何なのだろう?
あらゆる点で、魅力的な作品。各都市の図書館などで購入して欲しいデス。
◆ブログランキング参加中。
April 21, 2008
可愛いは強い!Go!GO!オリーブ!/『リトル・ミス・サンシャイン』

●リトル・ミス・サンシャイン●
●監督;ジョナサン・デイトン/
ヴァレリー・ファリス
●出演;アビゲイル・ブレスリン/
グレッグ・キニア/
ポール・ダノ/
アラン・アーキン/
トニ・コレット
●DATA;20世紀フォックス/2006年作品/101分
●受賞歴;サンダンス映画祭出品/
第19回東京国際映画祭=監督賞・女優賞・観客賞/
アカデミー脚本賞・アカデミー助演男優賞 他多数
DVD冒頭に新作案内は付属している。『リトル・ミス・サンシャイン』の予告を見て、ホノボノ系の映画かと思っていたら????。簡単なあらすじなど…。
●あらすじ
アリゾナに住む9歳のオリーブ。何ごとにも前向きのオリーブは、地区美少女コンテストで2位になった。ちょっとだけ得意で上機嫌のオリーブ。家族は、老人ホームを追い出されたヘロイン中毒の祖父、ニーチェと東洋哲学にハマり無言の修行中のストイックな兄、自己啓発本の出版に血道を上げている父、そして頑張り屋の母の5人家族だ。多忙でストレスフルな毎日を送る母は禁煙できないでいる。平和(?)な家族の団欒に、ゲイで、失恋し、自殺未遂し、仕事も辞めてしまった(!)叔父が加わる。
地区美少女コンテスト1位の少女が、全国大会の出場を棄権する。2位だったオリーブが全米美少女コンテストに出場することになった。決勝の会場はカリフォルニアのホテルまで約1000km。飛行機代が工面出来ず、ヘロイン中毒の祖父、自殺未遂の叔父らを、独りに出来ず、一家はオンボロのVWワゴンで遠くカリフォルニアまで行く羽目になる。
狭い車内では、お祖父ちゃんは毒舌全開!!黄色いワゴンは砂漠を疾走するが…。さて、オリーブ達一家はカリフォルニアに無事到着するのか?そして、コンテストの結果は???>>>>つづきはDVDでどうぞ!
***************************
まず、主役のオリーブが可愛い!!ホッペもお腹の子供らしくポッチャリしていて、アラレちゃん(古!)メガネも可愛い。でも!?、美少女コンテストってタイプには見えない天然系。最初から、なんだか怪しい雰囲気が漂う…。
オリーブと母以外は皆、ダメ男!男って存在はナイーブで複雑怪奇だ。ヘロイン中毒のジジイ、自己啓発マニアのオヤジ、無言を誓うアニ、ロマンチックなゲイ叔父…。日本のドラマでこの設定なら、最初からギャグ路線と見え見えだが、アメリカ映画ではシリアスな雰囲気が漂う。深刻の度合いが深くて、この男性陣はまったく笑えない。立派な家に住んでいるが、「きっとサブプライムローンで四苦八苦に違い無い」なんて一家の経済状況がお寒いのが見え隠れする。
■■■
類似作として、やはりアカデミー賞を受賞した『アメリカン・ビューティ』を思い出す。アメリカ人の幸せは、複雑怪奇!?ナンデモありは何もないのと変わらない。一家の住んでいるアリゾナは、自然景観に恵まれ、グランド・キャニオンやネィティブ・アメリカンの聖地セドナもあり、インディアン居留地も多い。砂漠が多く、お隣のカリフォルニアに比べ、辺鄙な州ってイメージだ。一家の家が“アリゾナ”ってのも、アメリカの観客には何か?感じるものがあるのかもしれない。
ネィティブ・アメリカンのスピリットは「物質文明から離れたところにこそ、安寧な約束の地がある」と言うもの。だが、オリーブの父は、「人生の勝ち組」にこだわっている。アメリカで始まった自己啓発セミナーの入会勧誘会に間違って行ってしまったことがあるが、そりゃ〜、もう大変なモンだった。幸福感を創造するのは、諸行無常なこの現世では難しい。オリーブの父は、勝利を信じる信念と、どうにもならない現実のギャップの中で、本当の幸せを再発見する。最初はイヤなオヤジに見える父だが、ラスト、クライマックスでは最高!
■■■
全米美少女コンテストのシーンは実際の優勝者のような、ハイ・スキルな少女たちが登場する。以前、美少女コンテストの常連だったジョンベネちゃん殺害事件で、実際の美少女コンテストの様子が報道されたことがある。映画のそれも、まったく似通ったものだった。作り笑いが貼り付いたような笑顔、横にニ〜ッと笑った時に見える歯並びの素晴らしさ!?、見事な特技(踊り、歌、アクロバットetc.)もプロフェッショナルな出来映えだ。これが微笑ましく見ることが出来るか?イタイタしいと感じるか?は、立場、心情の差で大きく別れるだろう。「おもろうって、やがて悲しき…」って、感じだった。
■■■
我れらのヒロイン、オリーブちゃん!!クライマックスでは、デストロイヤー級の破壊力で、物語を盛り上げる。幸せは身近にあるんだよね!!オリーブちゃん!!
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!
April 19, 2008
星空と焚き火と老人…/『ストレイト・ストーリー』

●ストレイト・ストーリー●
●原題;the Straight Story
●監督:デビッド・リンチ
●出演:リチャード・ファーンズワース/シシー・スペイセク/ハリー・ディーン・スタントン
●1999年 アメリカ 111分
●ニューヨーク批評家協会賞主演男優賞/撮影賞
●イメージ;(c)1999 the Straight Story ウォルト・ディズニー
日本TV系『月曜映画館』1/16未明に放映。冬の夜空にオリオン座が輝き、人が人でいることの不思議を思ったりする。人が人でいられることの有限と、宇宙の果てしない時間…、人の一生のなんと短く、そして愛おしいものなのだろうか?
●あらすじ
アメリカ・アイオワ州。73歳のアルヴィン・ストレイト、妻は10年ほど前に他界し、娘のローズ と2人暮らしだ。ある日、家で転倒し、足を悪くしてしまう。そんな秋の初め、アルヴィンの兄・ライルが 心臓発作で倒れたという電話が入る。些細なことで口論となり、兄とはもう10年会っていなかった。兄の住む町まで560km、車なら1日の距離だ。しかし、アルヴィンは目を悪くしており、車の免許はなかった。娘のローズを頼ることも出来ない。しかし、「今兄に会わなければ、もう兄と和解することなく人生が終わるかもしれない」、アルヴィンは、小さな芝刈り用のトラクターで、出かけることにする。野宿用のコンテナを牽き、出発するアルヴィン。街の仲間は、「隣町へも着かないだろう」と見送る。案の定、隣町に着かないうちに、トラクターは動かなくなってしまう。前途多難!しかしアルヴィンの決意は固かった。そして…。>>>つづきはDVDでどうぞ!
**********************
“人生は旅である”言い古された言葉だ。だが、ふと振り返った時、この言葉は心に沁みる。映画の中で、ロードバイク・レースの若者と、アルヴィンは遭遇する。若者がアルヴィンに質問する。「年をとって良いことは何か?」アルヴィンは答える。「実か、殻か見極めることができるようになることだ」。違う若者が皮肉まじりで質問した。「年をとって、最悪のことは何か?」、アルヴィンは「若い時のことを覚えていることだ」。この台詞で、アルヴィンは悔いの多い、困難な旅路を歩いて来たことを観客は知ることになる。
物語は実話であり、新聞に載った小さな囲み記事が発端だ。アメリカの田舎に住むお爺さんが、東京兵庫間ほどの距離をひとすらトラクターで行くだけの話。この単調な実話を、奇才デビット・リンチ監督が、思慮深いのロード・ムービーに仕上げている。彼もすでに老境を迎えていることも、この映画の味わいをより深いものとしている。1999年公開当時、話題になり、主演のリチャード・ファーンズワースはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされている。娘役は、『キャリー』で怖い超能力者を演じたシシー・スペイク、余り出演シーンは長くないが、温かい情愛を感じさせてくれた。彼女は軽い知的障害があると言う設定、不思議なユーモアで、家庭の持つ大切な何かを教えてくれたように思う。
◆◆◆
アメリカの田舎道は、ひとすらまっすぐ!ストレートな訳だ。ほとんど人家もなく、果てしない原野と、農地が広がっている。このオハイオからミシシッピまでの道程は、ほとんど起伏もなく、アメリカの穀倉地帯、本当に見渡す限り、何もない。何もない原野の暗闇で、アルヴィンの灯す焚き火がほんのりと明るい。
デビット・リンチ監督の代表作の一つ、『ツィンピークス』、この中で炎が印象的に描かれていた。この『ストレート・ストーリー』でも炎は生きる証をして、効果的に描かれる。明かりを見て、家出娘が現れ、人が集う。アルヴィンは星空を眺め、兄と一緒に見た短い夏の日の星空を思い出す。星空と原野の炎、人は悠久の時を、こんな風に過ごしていたのかもしれない。1993年にアルヴィンは他界され、主演のリチャード・ファーンズワース氏もすでに他界された。しかし、映画の中で彼等は永遠の時間を刻み続ける。
、この『ストレイト・ストーリー』も、そんな有限の一コマと切り取り、旅の幸せをかいま見せてくれた。
Please on Click!◆クリックありがとうございます。
April 18, 2008
夏の日、永遠が終わる2日間/『スタンド・バイ・ミー』1986年作品

●スタンド・バイ・ミー●
●監督;ロブ・ライナー
●製作・脚本;ブルース・A・エバンス、レイノルド・ギデオン
●原作;スティーブン・キング(原題/ボディ 死体)
●音楽;ジャック・ニッチェ
●出演;ウィル・ウィートン/リバー・フェニックス/コーリー・フェルドマン/
ジェリー・オコネル/キーファー・サザーランド
●アメリカ/1986年作品/88分
●日本での劇場公開日/1987年4月18日
この日々に終わりがあることを信じたくなかった。永遠の夏…。
時々、“スタンド・バイ・ミー”の曲を聴く。この曲を耳にすると、必ず思い出す映画がある。もう公開から20年の歳月が経過してしまった。この映画を見た時の自分と今の自分…。夢が実現出来た部分と、失望と欠落の部分がないまぜになり、“スタンド・バイ・ミー”を聴くと、深い感慨が沸き上がる。大人も半ば過ぎると、誰もがこの映画の主人公になれる…。

●あらすじ
ゴーディ・ラチャンスは、多忙な日を送る人気作家。ある日、ゴーディは新聞記事に目が停まる。“弁護士クリス・チャンバース刺殺さる”。その名前は、少年の頃の大切な仲間の名前だった…。そしてゴーディは少年の日、夏の終わりの2日間を思い出す。
オレゴン州キャッスルロックに住む少年ゴーディは、内向的だが、空想力溢れる感受性豊かな少年だった。彼には、何でもできるスポーツ万能、成績優秀の兄がいる。しかし、その兄は不慮の事故で他界してしまった。ゴーディの両親は深い悲しみから抜けることが出来ず、まだ自分の才能に気づいていないゴーディは兄と自分を比べ、いたたまれない日々を送っていた。
夏休みも終わりに近い晩夏の午後。ゴーディと3人の遊び仲間、クリス、テディ、バーンは、いつも通り、裏庭にある秘密基地に集まっていた。わるふざけとたわいないおしゃべり、いつもそこで大人には秘密の計画が繰り広げられるのだが、それが実行されることはなかった。しかし、その日は少し違った。バーンが耳にした噂は「ブルーベリー摘みに出かけて行方不明になっていた少年が、列車に轢かれて、その死体が放置されている」と言うものだった。
町で鼻つまみの不良グループが、車を盗みドライブ中に死体を見つけたと言う。しかもまだ「警察に届けていない」。こんなに面白い話はない!ゴーディたちは、「死体の発見者になれば、町の英雄になれる!!」と、親たちには内緒で“死体”を探す旅に出る計画をたてるのだった。
“死体”があるのは、20マイル(約32キロ)先。道のない深い森林を歩いていかなければならない。4人の少年たちの、夏休み最後の冒険が始まった。そして…。
>>>つづきはDVDでどうぞ!!
************************************

『スタンド・バイ・ミー』はある年齢の女性には、永遠のアイドル映画かもしれない。少年の日のリバー・フェニックスが、ゴーディの親友クリスの役で出演している。また今も『24H』で活躍中の人気俳優キーファー・サザーランドが、クリスの兄、不良グループのリーダー役で出演。私の友人の何人かは、当時リバー・フェニックスに恋をしていたし、中にはキーファー・サザーランドの大ファンになった友人もいた。映画の舞台“キャッスルロック”は、憧れのクリスの住む町、アメリカ留学をした知人もいた。
◆◆◆
青春映画の代名詞のように言われる『スタンド・バイ・ミー』だが、少年たちは12才、青春の言葉は似合わない。子供を捨てる日は何時なのだろうか?大人の事情を理解しなければならない、否だけれど、捨てなければならない子供時代…。少年の日との決別を描いた映画だと思う。
9月に映画紹介した『ネバーランド』は少年の日々を捨てなければならなかった少年が描かれていた。日本では、子供達はなんとなく大人びてくる。とくにこの日から…という節目は学校の入学式だったりする。ここでも同様に、彼等は秋から中学校に進学する。しかし、少年たちはもっと意志的に、子供との決別を自覚しているように感じた。“子供時代”との決別を描く『スタンド・バイ・ミー』は、誰の心にもあった思い出の琴線を深く揺さぶり、記憶に残る名作となっているのだと思う。
◆◆◆
ゴーディと3人の仲間
◆クリス;評判の悪い父親、不良の兄がいるので、町では白い目で見られている。
強い正義感のあるしっかりした少年。あることで大人に不信感を持っている。
>>>苦学して弁護士になる。
◆テディ;フランス系移民らしく、少し他の子供と違う雰囲気がある。少しあぶない。
父は軍人だったが、今はグータラで息子に暴力をふるう。
>>>目が悪いので軍人になれず、刑務所暮らしを経験。
◆バーン;ポッチャリ系。単髪なのにクシをいつも持ってるお洒落なところもある。
兄はクリスの兄の仲間。死体の話を持ってきた張本人。
>>>高校卒業後、製材所に勤務。早く結婚する。
内向的なゴーディは原作者のスティーブン・キングの分身とも言える存在。彼も含め、4人の少年はどこかで出会ったことのあるような子供達だ。そして、私たち自身も彼等と同じ子供時代を経過して大人になっている。だからこそ、この物語が“永遠の青春映画”と言われる由縁かもしれない。
◆◆◆
←クリックすると拡大します。映画で語られるように、4人が秘密基地で遊ぶのは、あの夏が最後だった。作者は、「レストランの客が入れかわるように友人が替わった」と回想する。この言葉は、本当に痛い…。
何度見ても、佳い名作です。
未見の中高生の皆さん!オススメ!
Please on Click!◆クリックありがとうございます。

April 14, 2008
男の美学は、「ヒ、デ、ブッ」と聞こえる!?『300』

●300/スリーハンドレッド●
●原作;フランク・ミラー
●監督;ザック・スナイダー
●出演;ジェラルド・バトラー/レナ・ヘディー /デイビッド・ウェナム/
ドミニク・ウェスト/ビンセント・リーガン
映画館で予告を見た時、独特のダル系の色彩とコントラストの強い画質に違和感があった。原作がコミック(グラフィック・ノベル)と云うことで納得!アメリカのコミックは全頁カラーのものが多いが、日本のコミックのカラー頁とはまったく違う彩色がされている。で、どんな物語かと云うと…。
●あらすじ
スパルタの王レオニダスは、他のスパルタの若者がそうであるように、過酷な試練と鍛練の中で成長した。今は最愛の王妃とともに国王として君臨しているが、議会や神官たちは、王に服従していなかった。
ある日、近隣の国を征服し、強大な帝国となったペルシャから異様な風体の使者が来る。使者は「ペルシャへの隷属」を要求していた。誇り高い王レオニダスは、即座に使者を殺してしまう。使者殺害の報は、すぐにペルシャの覇王クセルクセスに届けられ、自ら大軍を率いギリシャに向かった。
間近に迫るペルシャ軍200万人!レオニダスは聖なる山に神託を授かる為に昇山する。異形の神官と美貌の巫女が棲む神殿、巫女の神託は「出兵は神の意志ではない」とのことだった。その神託で、スパルタの議会は王の出兵を認めなかった。
レオニダスは精鋭の重装歩兵300人だけを連れ、ペルシャ軍の上陸地点近くのテルモピュライに向かった。テルモピュライは自然の要塞のような狭い地形の場所だった。300人のスパルタ軍は200万人のペルシャ遠征軍と、歴史に残る戦いを繰り広げることになる。勇猛なスパルタ軍と王の運命は…。
****************************
最初に!私はこの映画、すっごく好きです。好きなんだけど、あれこれ感想など。
まず、画面は最初から最後まで陰鬱で、重苦しい。CGの背景に実写の俳優たちを合成したと云う映像は、殺戮の鮮血を曖昧にし、また、それゆえに、残忍極まりない描写を可能にしている。首が飛び、手足がすっ飛び、人間の躰を槍や矢が貫く。300人しかいない自軍は、最初から死ぬことを覚悟している。「戦場で死ぬことが何よりの名誉」として育ったスパルタの精鋭!!日本の武士道『武士道とは死ぬことと見つけたり=葉隠から』と似たスパルタの掟は、惨いけれど、一種、普遍的な“男の美学”だろう。
■■■
スパルタ軍の装備は兜、盾、槍、マントなど、美術デッサンの使う石膏像“マルス”のようで、シンプルで美しい。対するペルシャ軍は黒一色の軍服、ターバン、覆面姿で、個人はそこになく、蟻のように無個性に描かれる。蟻のような一般歩兵以外に、本当にバケモノのような戦闘員が混ざっているのだが、そりゃ〜もう〜、本当にコミックの世界的描写なのだ。シンプルでリアルなスパルタの描写と、ペルシャのゴージャスで奇形な描写の対比は、極端で、見ようによっては差別的だ。善と悪の対比と云うより、ヨーロッパ文明VS異文明の深層心理の投影のように感じる。
■■■
この『300』に対し、イラン政府は「イラン人の先祖であるペルシア人を激しく冒涜している」として非難声明を出している。冒涜と感じる部分もあるだろうが、私はペルシャ軍の多様性とペルシャ王の美しさは、自らの王すら見捨てた狭量なスパルタ議会、美女を弄ぶ醜い神官などに比べれば、文明としての強さと美しさを感じてしまった。
ペルシャ王は移動玉座に座り、あらゆる宝飾品で身を飾っている。かたやスパルタの王は黒いパンツとマント、サンダル姿!?。虫に刺されたり、草や枝で「行軍だけでも。怪我をすることもあるだろうに…」と思ってする(=スパルタ兵はそんな軟弱なことを感じる訳ないけど)。小物、衣装、乗り物、CGのサイや象など、ペルシャ軍は見ているだけで、楽しい!!見ていて、『北斗の拳』を思い出した。ペルシャ王はラオウ、馬鹿でかいペルシャ戦士は、「ヒデブ」とか言って死ぬ巨漢の悪役に激似!?
■■■
一種のCGアニメ・ムービー。この闘いを転機に、ギリシャの小国家制は滅んでいく。そう思うと、どこかもの悲しい…。
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!

April 12, 2008
寂しい〜!孤独と犬の物語(?)/『アイ・アム・レジェンド』

●アイ・アム・レジェンド●
●原作;リチャード・マシスン
●監督: フランシス・ローレンス
●出演: ウィル・スミス,/アリーシー・ブラガ
●DATA;2007年作品 アメリカ 100分
本当の“孤軍奮闘”な映画。
●あらすじ
ニューヨーク、マンハッタン島。ネビルは愛犬サムと一緒に車を走らせていた。鹿を狩るためだ。荒廃した街並、置き去りにされた乗用車、人の姿はなく、街は静寂に包まれていた。鹿を追っていたネビルの前に、ライオンが現れる。狩りを断念したネビルはいつもの日課で日没まで過ごすことにする。ゴルフ、畑仕事、食料品探し、CDショップでのレンタル…。日のある間だけが、ネビルとサムの時間だった。
ほんの3年前、サムは妻と可愛い娘と3人家族だった。子犬のサムも家族の仲間入りし、家族は幸せだった。そんな日々の中、ニュースで「遺伝子組み換えのはしかウィルスでガンが治癒できた」と医師が話していた。それは、夢の万能薬の発明のはずだった。ところが…。>>>つづきはDVDでどうぞ!
****************************

冒頭、荒廃したマンハッタン島の風景に圧倒される。何故、ネビルとサムだけが生き残ることが出来たのか?他の生存者はいないのか?説明不足な描写が続く。現在と過去が錯綜しながら物語が進行する。彼の身分、家族のこと、なんとなく判る。ディテールをもっと知りたいと思う。
この作品は、6時間ぐらいで、じっくり時系列に沿って描かれた方が、ずっと面白い作品ではなかったのか?後半になるほど、そんな気分にさせされる。後半部分は短時間で刺激的な描写の畳み掛けるように続いていく。前半の説明不足が功を奏し(?)、闇の中に棲む生物が何か判らないまま、恐怖感がどんどん増して行く。犬が可愛いので、犬の何か危険が迫っていると思うだけで、ハラハラドキドキ!!!犬バカの私は途中、号泣…、愛犬サムの名前は本当はサマンサだと判明するシーンは本当に泣ける。
荒れた都市、闇に潜む人間を襲う動物、これは一昨年の映画『サウンド・オブ・サンダー』にもあった。本作と共通しているのは、科学の暴走。『サウンド・オブ・サンダー』では、荒唐無稽なタイムマシンによるバタフライ・エフェクトを描いたものだったが、本作は先端医療の失敗と云う、現実味のある悲劇が描かれている。医療は常に人類の幸せのために研究進歩してきた。その究極が不老不死だとしたら、経済社会は一旦破綻するしかないだろう。あるいは、極端な身分制度、長命種の高位人類は、短命種の階人類に二分類された世界が今後、出来上がってくるかもしれない。本作はそんな仮定の中で、起きるかもしれない、あるかもしれない未来を描いている。
■■■
北海道などで回収された白鳥の死骸から毒性の高い鳥インフルエンザ・ウィルスが確認された。政府は、警察や行政などの政府関係者、医療従事者に先行してワクチンを投与する計画を発表した。もし、鳥インフルエンザが人間にも広く感染するようになった時、人口の何%が犠牲になるのか?政府は、最悪のシナリオを想定している。空気感染による大量死!!!、本作の世界は、あながちSFとばかり云っていられない。
そう云った怖さを半減させ、フィックションの世界に引き戻す存在が“闇の住人=ナイト・シーカー”だ。紫外線に弱く、日光の中では暮らせない彼等はバンパイアの変種らしい。この設定が突飛で、リアルな前半部分と遊離した感もあり、物語の終わり近く旅の女性と子供が登場するのも唐突だった。劇場版エンディングを観ただけなので、ネット公開されたエンディング収録されたDVDをレンタルして、そちらのラストも観て観たい。物語としては別バージョンの方が、辻褄が合っているとのこと。※観てから、加筆します。
■■■
ウィルスによる人類絶滅を描いた作品。日本では、小松左京原作『復活の日』が類似作品として先行している。本作は、長い物語を100分に押し込んだ感があり、言葉足らずな部分もあるが、たった一人の孤独な夜を犬と一緒に眠るシーンは心に残る。
個人的には名作コミック平野仁さん作『少年の町ゼフ』を思い出してしまった。少人数の生き残り、希望のない戦い、人類治癒の可能性を持つ異星人の少女etc。リチャード・マシスンさんの原作を日本のアニメ界の才能が叙情性とか加えてアニメ化してくれたら、すご〜〜〜く面白いものになりそうな作品だった。
特典映像でコミック版数編が付いている。そこそこ楽しい。
◆ブログランキング参加中。乞う!クリック!


