September 26, 2006
『妖精の繭』/映画『フェアリー・ティル』補遺

『コティングリー妖精事件』の発端は1917年7月、イギリスのヨークシャー州ブラッドフォードにあるコティングリー渓谷で、エルシー・ライト(当時16歳)と従姉妹のフランシス・グリフィス(当時11歳)が、エルシーの父に借りた写真機で妖精の写真を撮ったと話した時から始まる。
1917年〜1920年の間に5枚の写真が撮影され、最初に写真を現像した父親のアーサーは、二人のイタズラだろうと思っていた。1920年、アーサー・コナン・ドイルの元にこの写真が届けられる。妖精の存在を信じるドイルは写真の専門家に鑑定を依頼する。「写真は本物」との結果を得て、1920年12月に発行された『ストランドマガジン』という雑誌に、コティングリーの妖精写真は発表された。撮影者が可憐な少女であること、2重露光でないと云うこと、ドイルの名もあっては世論の耳目を集めない訳がない。雑誌を機に、『コティングリー妖精事件』はその真贋を巡って一大論争へと発展する。
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ずっと愛するコティングリー渓谷に暮らしたエルシーは、自らの最晩年に妖精撮影のトリックを告白する。長い研究の結果、妖精部分が平面であることはもう周知の事実であったが、エルシーの告白は長い論争のピリオドを打つには充分だった。しかし、たった一枚だけ、トリックのない写真が存在する。

『妖精の繭』
と呼ばれる上の写真だ。
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●コティングリー妖精事件●
ジョー・クーパー著
井村君江翻訳
●内容(「MARC」データベースより)
1917年イギリス北部の小さな町コティングリーの小さな川のほとりで、少女たちは妖精の姿をカメラにおさめた-。映画「フェアリーテイル」の原案となった事件の謎に迫る。
●目次
始まり―1917年~30年(1917年のコティングリー村
フランシスと妖精
最初の写真
蝶ネクタイの男 ほか)
終結―1965年~88年(事件が再び注目の的に
眉をひそめるフォークロア学会
ヨークシャー・テレビの取材旅行
驚異のランディの攻撃 ほか)
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妖精学やケルト神話の第一人者井村君江さんが翻訳された映画の原作となった本。
フランシスは最後まで妖精を見たと証言している。あなたはどう思いますか?
※関連記事;4/22にあります。

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この記事へのコメント
1. Posted by とっとこハム
April 24, 2006 03:40
「オーラの泉」関連のブログを検索、ここへ辿り着きました。興味深い内容が多岐にわたってますね。わくわくしながらじっくり読ませていただいております。アコさんは博識ですね。。。辿り着いたばかりなので、これからちょくちょくいろんな分野をのぞかせてください◎^−^◎
2. Posted by
A・C・O
April 25, 2006 02:52
>とっとこハムさま!
いらっしゃいませ^^。ダ〜イスキなのはヒ〜マワリの種♪なACOの当ブログにようこそ!!
管理人がずぼら;;なので、お見苦しい点も多いと思いますが、よろしくお願いいたします。妖精写真の記事はあとで書き直しますので、また覗いてください^^。
いらっしゃいませ^^。ダ〜イスキなのはヒ〜マワリの種♪なACOの当ブログにようこそ!!
管理人がずぼら;;なので、お見苦しい点も多いと思いますが、よろしくお願いいたします。妖精写真の記事はあとで書き直しますので、また覗いてください^^。

