March 24, 2008
少女の夢と異界への誘い/『ピクニック at ハンギング ロック』

●ピクニック at ハンギング ロック
●監督;ピーター・ウィアー
●脚本:クリフ・グリーン
●出演; レイチェル・ロバーツ/アン・ランバード/ドミニク・ガード
少女映画の名作!1975年度作品『ピクニック at ハンギング ロック』。
以前、『澁澤龍彦愛好会』なんて不埒(笑)な同好会を友人三人と作っており、便箋や封筒、目録など作ったことがある。その時の友人の一人がこの映画の大ファンだった。公開直後ではなく、レンタルビデオで鑑賞。もう、記憶が薄れるほど昔のこと…。
●超簡単な内容紹介
1900年、オーストラリアで実際に起きた事件の映画化。全寮制の女学校の生徒たちが、ピクニックに出かける。その中に三人の女生徒と教師が岩山の中で行方不明になってしまう。
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制作年度1975年。「刑事ジョン・ブック」、「トゥルーマン・ショー」、「マスター・アンド・コマンドー」などのピーター・ウィアー監督作品だ。どの映画も興趣深いものだったが、この一番古いオーストラリア時代の本作は、格別素晴らしい雰囲気が漂う。19世紀の最後の年、1900年の2/14(聖バレンタインの日)に厳格な寄宿制の女学校の生徒たちが、タイトルになっている岩山にピクニックに行く。このシーンが美しく、そして怖い。パンフルートの音は、なんであのように不思議な気持ちにさせるのだろうか…。
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実際に起きた行方不明事件を題材としている。なぜ、消えたか?どこに行ったのか?まったく分からない。前半は、思春期の少女たちの乙女チックでミステリアスな雰囲気が濃厚に漂い、萩尾望都さんのコミックの世界のような耽美な映像が続く。ビクトリアン期と言う大英帝国最後の繁栄を描く時、なんでこんなに少女たちが美しいのか?スローモーションや引きのカメラワークが丹念に時代の空気感を描いて行く。教師が「ボッティチェリのエンジェル」とつぶやいたミランダの中性的な美しさは必見!失踪事件後の少女達の動揺、目撃者の青年の言動、校長先生の苦悩なども、物語が実際に起きたものであることを実感させ、じわじわした恐怖心を感じる。
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現場の『ハンギングロック』は映画の後、観光客で賑わっていたそうだ。観光写真で見たが、実際に行った人の印象は、同じ様な岩が重なる不気味な場所だと言うこと。映画ではミランダが岩に中に消えていくような場面があったが、そんなことが起っても不思議ではない場所とか…。
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日本ではこのような現象を『神隠し』と言う。欧米では妖精の踊りの輪に入ると、妖精の世界に引き込まれると言われている。きのこが丸く自生した場所は、妖精の踊り場とされ、不吉なので近寄らないらしい。アイスランドの伝承、ヒドゥンピープルは隠れ里に棲む人のことだが、そこに行って帰らないこともあると言う。実際の神隠しは、何かの犯罪に巻き込まれたり、獣に襲われたり、事故にあったりetc. そんなことが原因だと思う。しかし、この事件の現場、『ハンギングロック』には事件になるような要素がほとんど見当たらない。オーストラリアには、大型の肉食獣は棲んでいない。また現地のアポリジニの人たちは善良で暴力的なところのない人たちだ。足を滑らせたなら、4人もいなくなるのは不思議だ。
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この映画は、不思議な感覚に捕われる。謎ときは出来なくとも、「こんなことがあるかもしれない…」と思わせるオーストラリアの雄大な自然、そしてオーストラリアには不似合いな西洋文化な少女達の違和感。神隠しにあったとしても少しも不思議でないように思える。アポリジニの人たちは、自然に霊=神が宿ると、岩を信仰の対象にしている。有名なエアーズロックも彼等には大切な聖地なのだ。
アポリジニの人は『夢』を現実と同じように大事にしている。私たちは現実の世界を生きていると同時に『夢』の世界でも生きている。映画の冒頭『見えるものも、私たちの姿も、ただの夢、夢の中の夢』とナレーションが語る。この世は神の見ている午睡の夢、インド神話ではそう言う。この『ピクニック at ハンギング ロック』は、現実に下に、確実にある異界の存在をリアルに感じさせてくれる。何故少女たちが消えたのか?それは少女の時が、一瞬の夢でしかないから…、そんなことを感じてしまった。
未見のビクトリアン好き&ムー好きの人!この映画を見ないで死んではいけない!(笑)。DVDが発売されているので、大きなレンタルショップにはあるかもしれない。名作です!!
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