July 18, 2007
天皇の時間、日本人には描けない昭和!?/『太陽』

●太陽●
●原題;SOLNTSE/LE
SOLEIL/THE SUN
●監督;アレクサンドル
・ソクーロフ
●脚本;ユーリー・アラボフ
●音楽;アンドレイ・シグレ
●出演;イッセー尾形/ロバート・ドーソン/佐野史郎 /桃井かおり/つじしんめい/
田村泰二郎 /ゲオルギイ・ピツケラウリ/守田比呂也/西沢利明/六平直政/ 他
●DATA;2005年 ロシア/イタリア/フランス/スイス 115分
レンタルDVDにて視聴。日本映画の最大のタブーは明治以降の天皇を描くことだ。第二次世界大戦を描いたもの、天皇の姿がシーンとして必須のものでさえ、シルエット、声だけが天皇を描く限界だった。本作『太陽』はそのタブーを木っ端みじんに粉砕している。ロシア人監督 アレクサンドル・ソクーロフ は見事に大平洋戦争末期まら終戦直後の天皇の日常を描いた。簡単なあらすじと感想など…。
●あらすじ
昭和20年冬、大平洋戦争の敗色濃い皇居。硫黄島の陥落以降、米軍の空襲は日本の主要都市を襲い、皇居の主要な部分は焼け落ちていた。暗い地下宮殿で毎日を過ごす昭和天皇の日々は、単調で鬱屈したものだった。唯一の楽しみは海洋生物の研究だけだった。今日はヘイケガニの標本観察をしていた。そんな短い愉しみは急襲する米軍の攻撃に寸断されていた。3月の東京大空襲、東京の中心部は焦土となった。8月、広島・長崎に新型爆弾が落とされる。ついに天皇は本土での玉砕を叫ぶ軍部の意向を押しきり、連合軍に対し無条件降伏をする。
敗戦国日本に、マッカーサー元帥が赴任してくる。天皇を招いた夕食の席、最初は横柄な態度のマッカーサーも、英会話、ものごし、卑屈にならない天皇の態度に畏敬の念を覚える。マッカーサーは天皇に「ヒットラーはあなたの友人でしょう?」と問う。天皇は「顔も見たこともありません。」と云いながら、「もしドイツが敗戦しなかったら、日本も負けることはなかったでしょう。」とも云う。
ある日、天皇の元にマッカーサーから大量の板チョコ(ハーシー)が送られてきた。丁度、進講のために招かれていた学者に、天皇はチョコレートを渡す。学者の顔色は悪く、長く続いた戦争のため痩せ衰えていた。そんなある日、占領軍の兵士たちが天皇との写真撮影のために皇居を訪れた。東京はまだ焦土のままだったが、天皇の居宅の廻りは草花が咲き、野鳥が遊ぶ穏やかさだった。口ひげにギコチない物腰の天皇を見て「チャップリンに似ている!?」と喜ぶ兵士たち。そんな兵士の無邪気で無礼な態度にも、天皇は自然体で接していた。敗戦からしばらく経ち、疎開していた皇后が帰京してくる。寄り添う二人、人間天皇の戦後が始まった。>>>詳しくはDVDでどうぞ!!
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昭和が終わってもう19年になる。荒復宏さんの『帝都物語』では、昭和天皇は“永遠に死なない存在”のように描かれていた。『帝都物語』が出版されていた頃、昭和後期、バブルまっただ中だった。亡国のような敗戦から立ち直り、戦後の繁栄を見守っていた昭和天皇。昭和64年、あの時、多くの日本人は「永遠に死なない存在であって欲しい」と願っていたかもしれない。
私はご高齢になってからの昭和天皇しか知らない。私にとって昭和天皇のイメージは、質素な暮らしをしている学者さんのようにも見えた。また、彼がミッキーマウスの腕時計を愛したことや、野球や相撲などのスポーツ観戦を好んだことなど、果てしなく遠い人ながら、敬愛と親しみを持って眺めていた。
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本作『太陽』は、アレクサンドル・ソクーロフ監督が、ヒトラーやレーニンを描いてきた3部作「20世紀の権力者」のひとつとして、日本映画のタブー“昭和天皇”を描いた作品。皇居地下の宮殿、小さな研究所内部、マッカーサーの接収していたホテルの一室、映画は舞台劇のように閉ざされた空間だけで描かれる。唯一、外気を感じたのは占領軍の兵士たちが写真撮影に来たシーンだけだ。
その閉ざされた空間が、日本の天皇制を強く象徴している。雅子妃殿下のストレスも、過度に管理された宮内庁のシステムが原因なのは、誰でも知っていることだ。世界中探しても、こんなに不自由な暮らしをしている王族は稀有だろう。それには訳がある。日本の天皇は、外国の王家が“神と契約し王になった”のとは違って、肉体を持った神だったからだ。
神たる天皇を生身の役者が演じるのは難しい。その難しさをコメディアンのイッセー尾形が果敢に挑戦していた。形態模写の独り芝居では他の追従を許さないイッセー尾形だ。彼の観察眼は、冷徹に昭和天皇の形を写していた。過激に写すことで、彼の中に『昭和』と云う時代の霊が宿ったようだった。モゴモゴと口元を動かし、何か考える様子、タイミングの微妙にずれた受け答え、ふとした仕種にあらわれる人間的な温かさ。もう忘れてしまいかけた昭和天皇の姿が画面にあった。
◆◆◆
日本の天皇制は不思議なシステムだ。奈良時代を除けば、天皇の意向が政治を左右することは少なかった。ほとんど政治的な象徴として天皇システムは機能していた。天皇が政治の表舞台に引き出されたのは幕末以降だが、それも薩摩・長州などの討幕運動のお神輿だった。また近代、軍部の暴走を止めるだけの権力は昭和天皇にはなかっただろう。だから、敗戦を決めた玉音放送(実際録音は秘密裏に行われた)は奇跡のような出来事だっただろう。
こんな事を書くとご意見の違う方も多いと思う。だが昭和って時代までは、象徴天皇の意味することは、“天皇=日本霊”だったと云うか、日本と云う国土にもし神霊がいるならば、天皇だけがその神霊を“体に宿した存在”だったと云うことだ。日本がどんどんアメリカ化し、日本霊の存在が希薄になっていくのは、真の意味での天皇制は昭和で終わったからかもしれない。余談だが、GHQは多くの旧宮家を廃絶した。それは将来、天皇家の跡継ぎがなくなり、天皇家が絶えることを予想した謀略と云われている。
◆◆◆
劇中、ほの暗い部屋で、天皇がアルバムを見るシーンがある。皇太子の写真を愛おしく見つめるシーンは印象的だ。ラスト近く、良子皇后との会話も不思議なリアルさで迫ってくる。
昭和を考える時、日本って国のアイデンティティを感じざるを得ない。大東亜共栄圏の野望と失敗、アメリカを受け入れることで得た繁栄、その底辺にはアジア軽視があり、日本人の奢りがある。将来、どんな日本になるのか?日本にするのか?本作『太陽』はそれを考えるきっかけを与えてくれる映画だ。
最近、GHQで撮影され、未公開だった昭和天皇の写真が大量に発表された。笑顔で破顔している昭和天皇の姿は、新鮮で驚きがあった。まだまだ昭和は秘密が多い。
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1. mini review 07044「太陽」★★★★★★★☆☆☆ [ サーカスな日々 ] July 23, 2007 20:57
カテゴリ
: ドラマ
製作年
: 2005年
製作国
: イタリア スイス フランス ロシア
時間
: 110分
公開日
: 2006-08-05〜
監督
: アレクサンドル・ソクーロフ
出演
: イッセー尾形 佐野史郎 桃井かおり 田村泰次郎 六平直政
1945年8月。その時、...

