November 25, 2008
真実は歴史の闇の中!?/『川島芳子処刑「替え玉説」再燃』

家あれども帰り得ず
涙あれども語り得ず
法あれども正しきを得ず
冤あれども誰にか訴えん
(川島芳子の愛唱詩)
●タイトル:処刑「替え玉」説再燃
●掲載紙;朝日新聞(2008/11/20)
●文責;瀋陽=古谷浩一
●人物DATA;川島芳子(1907〜1948)
愛新覚羅顕し(※し=王編+子)、清朝王族“粛親王”第4側妃の長女(第14王女)。日本人川島浪速の養女となり、日本名“川島芳子”を名乗る。中国名は“金璧輝”。日中戦争の中、関東軍に利用され、2年間ほど諜報活動をする。芳子自身は清朝復興のために尽力したつもりだったが、日本の敗戦後、国民党政権に逮捕され、国家反逆罪で銃殺刑となる。
●証言者;愛新覚羅徳崇さん
(記事一部抜粋)1955年末か56年初め。10歳だった愛新覚羅徳崇さん(63)は、瀋陽の自宅で本を読んでいて、父の載●(●=漢字不明)さん(故人)に呼ばれた。
中年の女性が客間にいた。濃紺のコートにマフラー。「さあさあ。璧輝」。父が女性に中国語で声をかけた。
皇帝一族だった愛新覚羅家の一員として厳格なしつけを受けていた徳崇さんは頭を下げて女性のあいさつをした。白い肌が印象的だった。
子供たちが客間に出ると、背後で父と女性が満州語と日本語で話をしているのが聞こえた。「久しぶりだね」「よく来たね」といった言葉が交わされていたのが分った。
7歳年上の姉、溥賢さん(故人)がつぶやいた。「あの人はすごいのよ。金璧輝といって、文武にたけているだけでなく、代わりに死んでくれる人までいるのよ」(中略)※下段に記事転載。
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川島芳子さんは、『男装の麗人』あるいは『東洋のマタハリ』として、多くの歴史ドラマに登場する実在の人物。軍服に身を包んだ中性的な肖像はどこか寂しそうだ。また男装をする以前に撮影された写真の中の乙女は、儚く悲しい眼差しをしている。新聞の掲載頁は『世界発2008』という海外の話題を読み物風にしたもの。だから、新聞報道といっても噂話の域を出ない。だが、歴史ドラマ好きの私としては、読み飛ばすことが出来ない!!、注目記事だった。(※テレ朝系番組宣伝用疑惑有り=笑)
●記事によると
川島芳子さんは処刑寸前に逃れ、大連で元関東軍将校(日本人)と結ばれ、娘を産んだと云う。その後の消息は不明だが1978年に亡くなるまで、中国の東北地方で生活していたらしい。他の資料の記述だが「身替わりになったのは癌で余命わずかな女性。親族には金塊が支払われた」とあるが、これが本当なら惨い話だ。
記事からの推測だが、川島芳子さんの生存は愛新覚羅一族には公然の秘密だったらしい。妹の愛新覚羅顕き(き=王編+奇)さんは著書『清朝の王女に生まれて』の中で、「処刑されたのは(芳子に)間違いありません」と断言しているが、断言することこそ、疑わしく思うのだが…。
■■■

テレ朝系で『男装の麗人/川島芳子伝(主演;黒木メイサ)』12/6放映予定。
もし、結末が本記事どおりだったら、ドラマの内容はすごく!!刺激的だ。今まで描かれていた“川島芳子像”は、「関東軍に利用され、捨てられた悲劇の王女…」、と云った悲しいお話。人物についても芳子の奔放な異性関係や、見栄っ張りで虚言癖、アヘン中毒になる不幸な晩年など、ネガティブな部分が多く描かれていた。だが、本記事に基づいた結末なら、そんな“川島芳子像”が一変する。家庭を持ち娘さんを抱く喜びも経験し、近所の子供達に日本の歌や踊りを教えたりする気さくさ!、幸せな老後も味わったと云うことになる。加えて、蒙古族将軍の子息と離婚した後、関東軍軍人との交際、日本人相場師と生活した経緯なども謎?。芳子の本当の母親は「日本人」だった?、と、トンデモ歴史も囁かれている。
日中戦争を記録する時、金璧輝は日本政府や関東軍に利用され捨てられた女性、“芳子=悲劇のヒロイン”が歴史的には都合が良いかもしれない。しかし、私は長生きした彼女に一票!!入れたい。そう云えば、ジャンヌ・ダルクも生存説があり、古くは源義経、豊臣秀頼、明智光秀etc.。だから“川島芳子替え玉説”もそんな伝説の1つの過ぎない。だが、あれこれ関係者の証言を読むと、“処刑替え玉説”は信憑性が高いように思う。
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さて、本記事の背景を深読みすれば、それだけ「中国の民主化が進んできた」のだと思ったりする。映画好きなら名作“さらば、わが愛/覇王別姫”などで描かれていたように、“文化大革命”の悲惨さを覚えているだろう。江青らによって扇動された“文化大革命(1966年〜1977年頃まで)”は、多くの教養人・文化人たちを、ブルジョワ的=反共産的という名目で弾圧。一般市民を含め、大量虐殺(1000万人以上?)されている。
この暗黒時代を“川島芳子=金璧輝”は生き延びた。これは奇跡のような出来事だ。川島芳子の本当のドラマ=人生は、1948年から始まったのかもしれない。
歴史の真実は、記録者の作為で左右される。何が真実か?、我々は何を知っているのか?。そんなことを考えさせられる新聞記事だった。
「真実は活字にはない。あるのは人の意志」。
歴史の真実は早く掘り起こさないと統べて時間の闇の中で風化してしまう。
稀代のトリックスター“川島芳子”の真実は?
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この記事へのコメント
1. Posted by shinobu November 23, 2008 21:13
川島芳子さんの話は、ドラマチックで深くて、ひかれてました。
彼女の、更なる歴史があるのかないのか、
もし、幸せな結末があるんだったら、すごく素敵ですね。
彼女の、更なる歴史があるのかないのか、
もし、幸せな結末があるんだったら、すごく素敵ですね。
2. Posted by A・C・O November 25, 2008 07:38
>shinobuさま
おはようございます^^!
川島芳子さんの物語は、なんだかいつも気になってました。shinobuさんも同じみたい(!)で、嬉しい限りです。映画やドラマで見る川島芳子さんの結末は、見るたびに可哀想で可哀想で…。今回の記事は、目新しいものではないようですが、メジャー新聞の記事だったので、本当っぽく読みました。歴史の真実って、謎ですね〜!!
おはようございます^^!
川島芳子さんの物語は、なんだかいつも気になってました。shinobuさんも同じみたい(!)で、嬉しい限りです。映画やドラマで見る川島芳子さんの結末は、見るたびに可哀想で可哀想で…。今回の記事は、目新しいものではないようですが、メジャー新聞の記事だったので、本当っぽく読みました。歴史の真実って、謎ですね〜!!


