邦画系
December 05, 2007
昭和名作を謎のリメイク?!/『椿三十郎』森田芳光監督

●椿三十郎
●制作総指揮;角川春樹
●原作;山本周五郎『日日平安』
●監督;森田芳光
●出演;織田裕二/豊川悦司/松山ケンイチ/中村玉緒/鈴木杏/佐々木蔵之介 他
久しぶりに高崎109で映画鑑賞。一番大きな6番シアターだったが、お客さんは初老男性2名にオバチャングループ数名…。平日だったが、10余人程度では採算はとれないだろうな〜(泣)。
●あらすじ
森の中の荒れ果てた神社。中には9人の若侍たちが藩の不正を暴くために密談をしていた。彼等は大目付けの到着を待っていたのだ。自らの正義感に酔い、高揚感に高まる彼等に、祭壇の奥から声がする。それはこの神社を宿かわりにしていた浪人のものだった。彼が言うには…。つづきは映画館でどうぞ!!
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本作『椿三十郎』の元作品は巨匠『黒沢明』。私は三船敏郎版をBSで視聴したことがある。印象に残っているのは三十郎がやたらポリポリ体を掻いているところ。本作の三十郎はコギレイで、着物もこざっぱりしており、不精ヒゲも生えてなく、お尻や頬、頭を掻いたりはしていない(笑)。監督が言うには「今の若者は、蚤、シラミのかゆさが判らないだろうし、それに汚いのは好きではないので」。だ、そうです。角川春樹氏はファンドで資金集めをし、『椿三十郎』と『用心棒』のリメイク権を取得したそうだ。シナリオは黒沢監督の書いたものをそのまま使用している。古い作品だからか?台詞を聞いていて微妙な違和感がある。古臭いとは違うのだが、国語の教科書的に分かりやすいのだ。それはラジオドラマ的でもあり、朗読劇のようでもある。
この分かりやすさは万人向けと言うことなのだろうか?映画が娯楽の中心だった昭和中期の特徴かもしれない。この違和感も含め、名作リメイクにどんな意味があったのか、若干の謎が残る。大物制作者角川春樹氏の心中は劇場パンフレットに書いてあるが、やはり???な気持ちになった。せめてシナリオを書き直してくれれば、もっと違う印象になったかもしれない。
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さて、本作の椿三十郎は織田裕二さんだ。昭和の三十郎が三船敏郎さんだったのに比べると、日本人とアメリカ人くらい(?)の違いがある。豊川悦司さんの役は仲代達也さん、松山ケンイチさんの役は加山雄三さん。こうに名前を書き出すと昭和版の方が、ず〜っと濃い!!人間としての重さ、風格がそれぞれに俳優に漂っている。しかし、今回も森田版『椿三十郎』は軽い!。軽さが悪いのではなく、監督の意図したのは重厚は黒沢明の名作を軽妙な味わいで作り直したかったのだと思ったりした。
本作、森田版『椿三十郎』は事前にモニター鑑賞をしていたそうで、小学生の笑いを重要にした旨のことがパンフレットに書いてあった。上述した違和感の原因は、この小学生にも判る笑いと言うことにあるのかもしれない。分かりやすい構図、超人的な達人主人公、主人公と互角の実力を持つ悪役、悪代官と越後屋のような陰謀家、未熟な若者、添え物のような美女連etc.、これらのまったく教科書どおりのような要素が分かりやすく展開していく。そこには意外性はなく、小学生が笑えるくすぐり画像(ドリフの全員集合的な=長さんが織田裕二、松山ケンイチが加藤茶)がそこかしこにある。そ〜なんですよ!!森田版『椿三十郎』はコメディなのです。
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教訓めいたことも主題にあるが、物語の構成やキャスティングに大きなほころびが見える、面白い作品なだけに残念だ。せっかくの森田監督のリメイクを十分に生かせなかった、角川総指揮に文句の1つも言ってみたくなった。
割り切ってみれば、楽しい年末の娯楽作。私ともう1人のオジサンだけが声を出して笑っていた。私ってきっと小学生レベル?エヘヘヘ(笑)。
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October 07, 2007
過剰と欠落と音楽の神…/『神童』

●神童 Sindo●
●監督;萩生田宏治
●原作;さそうあきら
●音楽;ハトリ・ミホ
●出演;成海璃子/松山ケンイチ/手塚理美/甲本雅裕/西島秀俊/貫地谷しほり/
三浦友理枝/吉田日出子/柄本明 他
●DATA;2006年 日本 120分 (C)「神童」製作委員会
秋晴れの土曜午後、山を3つ越えた(笑)榛名ハーモニー・ホールにて鑑賞。原作『神童』は手塚文化賞など、複数の受賞歴を持つ傑作コミック。音楽がテーマ、主人公は媚びない少女、正直ドツボにハマる映画。成海璃子さんと云う10年に1度出るか?出ないか?の美少女女優と旬の若手俳優松山ケンイチが共演!面白くないワケがない!!、てな、ワケで…、あらすじと微妙にネタばれな感想など。
●あらすじ
うたは、中学1年生13才。和音(わお)は音大浪人生。初夏の午後、二人は出会う。うたは将来を嘱望される天才少女だった。うたの父は著名なピアニストだったが、演奏旅行中に船から転落死してしまう。何不自由なく暮らしていたうただったが、屋敷は借金の差し押さえとなり、今は小さな木造アパートで母と暮らしている。うたの活躍だけが生きる糧の母は、うたにピアノだけの生活を強要する。体育の授業で球技の時は見学、いつも手袋をして指を保護しているうたはクラスメイトからは浮いた存在になっていた。うたはピアノを弾くことを強く望みながら、母の重圧に反発を覚えていた。
和音は商店街の小さな八百屋の1人息子。今年の受験で合格しなけらば八百屋を継ぐ約束をしていた。和音はピアノは好きだが、平凡な才能しかない。だが、和音のピアノには安らぎを感じる不思議な魅力があった。ピアノの指導を口実に、いつしかうたは和音の部屋に入り浸るようになる。
夜も働く母、1人で夕食を食べるうた。うたは音の残響が気になるようになる。それは…。>>>つづきは来月発売のDVDでどうぞ!!

映画とコミックはまったく別物だ。監督はコミック『神童』の主役に成海璃子と松山ケンイチを配した時に、天啓と天恵があったと思ったりする。成海璃子さんの深い漆黒を宿した瞳と美しい形をした耳、松山ケンイチくんの意志的な鼻梁と爪の長い細い手指、主人を無くした屋敷の佇まい、監督の美意識がそこかしこに有り、美しい映画に仕上がっている。
また“高崎フィルム・コミッション”が協力しているので、ロケ地は高崎市内(ほか、都内や千葉など)。私の高校時代のテリトリーが舞台になっていた。うたのピアノ教室は高崎音楽センターの裏口、和音の八百屋は高崎の旧オリオン座近く、アーケードの八百屋さん、うたが走る川沿の道は高校時代の通学路。他、高崎市内の中学校の体育館や図書室も撮影協力しており、視ていてドキドキしてしまった。不思議な既視感やら、リアルな錯覚が地元撮影にはある。
◆◆◆
『のだめカンタービレ』、『ピアノの森』、『神童』。この3作はそれぞれ天才的なピアニストを描いて映像化された人気コミックだ。その中で『神童』は2作に先行して完結した作品。『のだめカンタービレ』の野田恵嬢が因縁のライバルに云われる台詞がある。「天才も二十歳過ぎれば、ただの人ってね」。本作の主人公うたは悩める天才のだめちゃんとは違い正真正銘の天才=神童として描かれる。
うたが演奏すれば、人は誰もが足を止める。有名ピアニストはうたの演奏を耳にし、うたのピアノを聴きたいと熱望する。そして、うたは大部なコンチェルトの楽譜を短い時間で暗譜し、大観衆の前で演奏しきる。
心配する和音にうたが云う台詞は「大丈夫、私が音楽だから」!。この台詞を傲慢と受け取る人は誰もいないだろう。それは彼女が13才と云うこともあるが、神童だけが知る大きな欠落と不幸を彼女が自覚していることだ。
◆◆◆
TV番組に登場する天才=神童たち。優れた知能指数に、よく訓練された技術、マスコミは多くの英才に神童のレッテルを貼る。北朝鮮のTV番組に登場する幼い神童たちは神業のような指さばきで楽器を演奏し、硬い笑顔を崩さない。だが、本物の神童はほとんどいなく、大人になっても天才の呼称が似合う人は稀有。だから『神童』と云う言葉には未来に待つ『ただの人』と云うゴールが待ち受けているような悲劇的なイメージが内包している。
『のだめカンタービレ』の面白さはただの人になっちゃっていた元神童のだめの天才性に気づいた人たちが彼女に期待しつつ、彼女の奇矯さに振り回される面白さだが、『神童』のうたちゃんも相当にイっちゃってる(笑)。聡明な顔だちの成海璃子さんが演じているので嫌悪感はないが、ブサイク顔であの切れっぷりだったら、キラワレ者街道まっしぐらだ(汗)。
何が言いたいか?そ〜なんですよ、語弊があるのは重々承知なのですが、『神童』やら『天才』って奴は、扱いずらいトラブル・メーカーで、取り扱い注意な人々なのです。過剰が人格に大きな欠落を産んでしまう宿命…。本作の面白さは音楽の神を脳内の宿した幼気な少女が、自らに課せられた過酷な運命を受け入れるまでの物語であり、音楽の神を育む大変な作業を分け合ってくれるパートナーとの幸福な出会いの物語なのですヨ。
◆◆◆
ラスト・シーンでうたと和音は父の思い出のあるピアノで父の愛した曲を弾く。幼い恋心でうたを守った同級生は建物の外で幸せな眠りに落ち、和音は行き詰まっていたピアノに1つの答えを見い出す。それを映画と言う媒体で仮想体験出来る幸せに観客は深い溜め息をつく…。脚本は、うたと和音の物語を追うと言うより、劇中の使われるピアノ曲に身をゆだねる心地良さが優先されている。
監督の視覚的な美意識と音楽のこだわりを十二分に楽しむことが出来る佳品。続編希望!!
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July 07, 2007
恐怖を描きたかったのか?介護の道は別。/『明日の記憶』

●明日の記憶●
●原作;萩原浩
●監督; 堤幸彦
●脚本;砂本量 /三浦有為子
●音楽;大島ミチル
●出演;渡辺謙 /樋口可南子 /坂口憲二 /吹石一恵 /水川あさみ /
袴田吉彦 /及川光博 /渡辺えり子 /香川照之 /大滝秀治 他
●DATE;2005年 日本 122分
地上波放映で視聴。レンタル店で幾度か手に取ったが、その都度、棚に戻してしまった作品だ。非常に見るのが辛い映画だったのだが…。簡単なあらすじと感想など。
●あらすじ
大手広告代理店の部長を勤める佐伯は、今年50歳になる。彼は有能な広告マンとして、部下やクライアントの信望が厚い人物だった。家庭では恋愛結婚で結ばれた優しい妻と、結婚前に妊娠し、結婚の準備に忙しい娘がいた。佐伯の部署は大きなキャンペーンの仕事を抱え、忙しく緊張した毎日を過ごしていた。
ある日、佐伯は運転中に目眩を覚え、良く知っているはずの道を間違える。過労かと思っていたが、変調はそれだけではなかった。人の名前や、ものの名前がなかなか思い出せない。部下の名前さえも忘れるような有り様…。夫の様子が変なのを心配した妻は病院に彼を連れていく。
何ケ所かの検査の末、佐伯と妻は若い医師の問診を受ける。医師の質問はしごく簡単なものだった。「今日は何曜日ですか?」「ここはどこですか?」「これから言う3つの言葉を覚えてください。」「数字を逆に言ってください。」。医師の質問に苛立ちを覚える佐伯は、次回の受診を拒否する。
妻にうながされ、医師の診断を受けた佐伯に下された病名は『若年性アルツハイマー症』だった。冷静な医師の言葉に佐伯はショックを受け、病院の屋上から身投げしようとする。追ってきた医師は「この病気には有効な治療薬はありません。しかし、病気の進行を遅らせる治療はあります。進行も個人差があります。」と言う。死を思い留まったものの佐伯の落胆は大きなものだった。
ついには、クライアントの社屋への道が判らなくなりパニックに陥る佐伯。彼の選んだ道は…。>>>つづきはDVDでどうぞ!
◆◆◆
個人的なことなのだが、おバカな子供だった。6歳頃、母にお使いを頼まれる。2つ以上のものを覚えることが出来ず、お店まで、品物を名前を言いながら行ったりしていた。それでも3つ目を覚えることが辛くて、「お使いは嫌い!」と逃げたりしていた。その後、徐々に脳(?)の発育が人並みになり、不自由なくなったが、今でもあの思い出せない恐怖は覚えている。※のちに医師に言われたのだが、早産(2週間ほど)だったことが原因らしい。
主人公の佐伯は『若年性アルツハイマー症』と診断される。彼の心中を想像すると、身も凍るような恐怖に襲われる。思い出せない恐怖を知っているからなのだろうか?思い出せないってことは群集の中の孤独のように、自分だけが人間社会から隔絶されるような感覚なのだ。
◆◆◆
佐伯が当初感じた恐怖は、仕事の現場から脱落する恐怖だったと思う。人は幾度かリタイアしなければならない事がある。リタイアの次ぎに、目的や希望があれば、リタイアはリスタートに変わる。だが、佐伯のような脳の病気だったら…。ゆっくりとした死を過ごすような恐怖がある。本当に本作『明日の記憶』は怖い…。
記憶が失われていく過程で、佐伯は過去の過ちに苛まれる。一時はグレてしまった娘、家庭をなおざりにして仕事人間として過ごした結婚生活。妻との信頼関係も佐伯にはもろいように感じられる。映画では渡辺謙さんの演じる佐伯のカンの立ったような鋭い演技が哀れさよりも怖さをより強く感じてしまう。
仕事で遅くなった妻をなじり、我を忘れて灰皿で妻を殴ってしまう佐伯…。樋口可南子さん演じる妻の額から血が一筋流れる。佐伯が戻れない道を進んでいること夫婦が実感する悲しいシーンだ。
◆◆◆
映画のような現実に直面した時、私は映画の妻のように、一人で頑張るのは間違っていると思う。娘も協力すべきだし、介護保険もあるはずだ。50歳を過ぎており、『若年性アルツハイマー症』と診断されたのなら、介護認定は受けられる。佐伯のような病人を一人で留守番させておくのは本当におかしなことだ。彼はショートステイや、通所などのサービスを受けることが出来る。毎日ではなくても良い、食事の用意もホーム・ヘルパーを利用することも出来るはずだ。
現在、『アルツハイマー症』の有効な治療薬はないが、アメリカ カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チーム(下記参照)ではカレーに含まれるターメリック=ウコンが予防や治療に有効らしいことを発表している。アメリカは日本よりも『アルツハイマー症』の発症が多い。また逆にインドは日本の1/4程度(2004の記事から)しか発症していないと言う。※インドは平均寿命が短いので、単純比較は難しいかもしれないが。
◆◆◆
いつか人間は生からリタイアしなければならない。それまでの日々、良き生、生き甲斐のある生活を維持するのは脳の健康が必須。医学の進歩が、一日も早く、この病気『若年性アルツハイマー症』に治療を可能にしてくれることを願って止まない。
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続きを読むJuly 01, 2007
コメディ時代劇?実はアイドル系最後のサムライ!?/『憑神』妻夫木聡主演

●憑神●
●監督;降旗康男
●原作;浅田次郎
●脚本;降旗康男/小久保利己/土屋保文
●出演;妻夫木聡/夏木マリ/佐々木蔵之介/佐藤隆太/赤井英和
鈴木ヒロミツ/石橋蓮司/西田敏行/香川照之/江口洋介 他
●DATE;2007年6/23公開
公開日から5日後の水曜日(6/23)に、高崎109シナマズで鑑賞。主役は、妻夫木聡さん。日本映画ではすっかり主役を独占している感のある彼だが、本作も監督の降旗さんが「妻夫木くんで何か撮ろう」と言うことで企画されたそうだ。異色のアイドル映画って点では、ウェンツ瑛士くんが演じた『ゲゲゲの鬼太郎』と同じ?!。さて、どんな映画だったかと言うと…。
●あらすじ
時代は幕末、ペリー来航以来、世の中は「尊皇攘夷」「公武合体」と騒然としていた。そんな世の中から取り残された男、別所彦四郎は実家に出戻った居候の身だ。彦四郎の家は三河以来の直参だが、石高の少ない下級武士=御徒士組だった。「大阪夏の陣では、家康公の影武者を務めた由緒ある家柄」、それが母の誇りだった。家督は、相撲好きで、呑気ものの兄が継いでいる。
真面目な彦四郎は、学問所では英才と謳われ、大身の旗本に婿入りをした。だが、その家は彦四郎の不調法で追い出されてしまった。毎日、肩身の狭い中、彦四郎のささやかな楽しみは蕎麦屋の亭主との世間話だった。蕎麦屋で酒を飲んでいると、昌平坂学問所で一緒だった榎本武揚が、勝海舟らと通りがかる。武揚は軍艦奉行として時の人だった。無為無職の我が身と比べると、彼の様子は輝いて見える。
なんとも我が身が情けない彦四郎に、蕎麦屋の甚平が耳打ちする。「榎本様が今の御出世を得たのは、向島の三囲(みめぐり)稲荷に願を掛けたおかげだと、皆噂しておりやす。旦那もミメグリ様に願掛けなさっては如何ですか?」。「神仏に願掛けなど…」と、一笑にした彦四郎。だが、酔った勢いで草むらの中に埋もれた三巡(みめぐり)稲荷の祠に手を合わせる。
翌日、二日酔いの彦四郎の眼の前に、紫の着物に西洋傘を持った福々しい商家の旦那が現れる。伊勢屋と名乗った男を福の神だと思う彦四郎。彦四郎が願掛けした稲荷は、同じミメグリはミメグリだったが…。>>>つづきは映画館でどうぞ!
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サイトの感想レビューを読むと、なかなか手厳しい批評が多かった。映画の入場料に1800円出すと、1800円分楽しめないと腹が立つものだ。私は正規金額を出して映画を見たことがほとんどない。本作もサービスデー1000円で鑑賞。1000円以上楽しめたし、実に面白かった(笑)。
テーマは平たく言えば、「触らぬ神に祟りなし」。
彦四郎は酔っぱらった勢いで、さびれたお稲荷さまに虫の良い頼み事をする。訪れたのは、幸運ではなく、とんだ祟り神たち。福々しい貧乏神に、元気溌溂の厄病神、子供の姿をした死に神が、次々と彦四郎を苦しめる。この見た目は、意外なようで、実に的を得ていると思ったりする。週刊誌を騒がしたあのヒト、甘いマスク、優しそうな口ぶりにどれだけの人がビンボウクジを引いてことやら…。自己破産する人だっって、直前まで凄い外車、豪華なマンションに住んでたりする。とかく、世の中そんなもの。『巧言令色鮮なし仁 (こうげんれいしょくすくなしじん) 』って、中国の人は巧いことを言っている。
彦四郎は、威勢の良い厄病神の理不尽さにほとほと困り果てる。ここらへんの描写は、蕎麦屋の親父とのやりとりも含め、古典落語のような趣きだ。古典落語には死に神を騙す話などあり、バカと頓智の妙が魅力。だが彦四郎はバカにも頓智にもなれない。真っ正直に疫病神たちと付き合ってしまう。そこらへんを面白いと感じるか?否か?で、映画の印象が違うものとなるだろう。
◆◆◆
私が納得出来なかったのは、彦四郎の最後の選択。時代と殉死することが、男としての最後の誇りなのか?なんともいたたまれないものを感じる。男の美意識、「武士道とは死ぬことなりと見つけたり」って、古くないですかね〜〜〜、ネ〜ヤッパリ。
途中までは、「わはは」と見ていたのに、最後は泣かせるとは、まったくルール違反(?)。コメディなら、最後はハッピー・エンドが良い。明治・大正・昭和を生き抜き、100歳超のお爺さんになった彦四郎。臨終の枕元には、沢山の子や孫、ひ孫、彦四郎の手を少女の死に神が取る。そんなラストでも良かったんじゃないでしょうか?ネ〜?監督。
コメディ時代劇と見せて、実はアイドル系時代劇。二兎を得るのは難しい!?
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June 22, 2007
爆走する妄想(笑)、!ハイテンション祭!?/『舞妓Haaaan!!!』

●舞妓Haaaan!!!●
●監督;水田伸生
●脚本:宮藤官九郎
●出演;阿部サダヲ/堤真一/柴咲コウ/小出早織/京野ことみ/
酒井若菜/生瀬勝久/吉行和子/伊東四朗 他
●製作年度 2007年 上映時間 120分
●(c)2007 「舞妓Haaaan!!!」製作委員会
最近、すっかりブログ書きを放置してしまった(汗)。相変わらず映画のDVDはほぼ毎晩観ているが、劇場は久しぶり!私も舞妓さん好きの日本人(?)なので、話題の新作『舞妓Haaaan!!!』を高崎109シネマズにて鑑賞。レディスデーの水曜日、客席は比較的若い女性客でいっぱい!だった。
●あらすじ
食品会社勤務の鬼塚公彦は修学旅行で出会った舞妓さんのとりこ。京都の街で舞妓さんのおっかけカメラ小僧をしながら、舞妓さんのHPを運営している。公彦のHP掲示板に公彦のHPをあざ笑う書き込みをするナイキと云う男が現れる。お座敷に上がったことのない公彦、ナイキに挑発され心はお座敷でする野球拳のことばかり…。
京都には会社の支社があり、公彦は転勤希望を出す。本社には公彦の恋人富士子がいたが、「遠距離恋愛は無理!」と公彦は富士子を別れ、心はお座敷のことでいっぱいだ。京都に赴任した公彦は念願のお茶屋さんに勢い込んで行くのだが、おかみさんに「一見さんはお断り!」と門前払いされてしまう。公彦はなんとかお茶屋に上がりたくて、社長に懇願する。社長の「儲けさせてくれたら、連れていっても良い」との一言に公彦の奮闘が始まる。>>>つづきは劇場でどうぞ!
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映画やドラマでは傍役でしか観たことのなかった阿部サダヲさんが主演。老けた高校生からお爺さんまで、とんでもないハイテンションで演じている。堤真一さん演じるナイキこと内藤貴一郎も公彦を変わらないハイテンションぶり!!なんとも騒々しい映画になっている。この騒々しさは小劇場系の演劇風でもあり、香港映画、とくに初期のチャウ・シンチーみたいだったりする。公彦の性格の悪さは美女をいたぶり笑うチャウ・シンチーとドコカ通じるものがある。
物語を時系列で追えば、三年ほどのことなのだが「アリエネ〜!」な出来事が雪崩のように重なり、怒濤のハイテンション合戦になる。この物語に綺麗な舞妓さんが出ていなかったら、ハイテンションに食傷してしまいそう!?柴咲コウさん、小出早織さん、京野ことみさんなどの演じる舞妓さんは、画面に出るだけに「日本って良いな〜〜〜!!」となんとなくシアワセな気分になってまうのだ(笑)。
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脚本の宮藤官九郎さんは、ガイドブックたよりに京都の花街のことを描いたそうだ。彼もまた『一見さんお断り』のルールの前では平等!?と、云うか…、お座敷遊びをするのはそれなりの修行が必要な風に感じるのだった。映画パンフレットに解説してあったのだが、舞妓さんの姿、形は、大きな商家のお嬢さん風のコスプレなんだそうだ(!?)。そう云えば、だらりの帯やおこぼ(ぽっくり)、割れしのぶ(桃割れ)の髪型は古い時代劇の商家のお嬢さんが着ていた。着物の肩上げの舞妓さんが子供だと云うことを表していたりする。今は児童保護法で舞妓さんと云えども18才以上になるのだろうは、昔はきっと14、5才の女の子が舞妓さんになっていたのだろう。きっと可愛い!!かっただろうと想像しちゃったりする。
映画では24才の富士子さんが舞妓修行をする。演じるは柴咲コウさん、最初のヤボったりネガネOLと舞妓姿の落差はナイアガラの滝(?)状態。モダンな雰囲気でとっても綺麗!!だ。もう一人、公彦に追っかけられる舞妓駒子を演じるのは『時効警察』で婦警さんを演じている小出早織さん。日本画の巨匠橋本明治画伯の描く舞妓さんそのままのオボコさはブラボ〜!!でした。
ハイテンションに耐えられる人には最高のギャグ!!舞妓さん好き必見デスネ〜!!
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June 05, 2007
オバサンの尊厳を守れ!って、勝ち目はある?/『昭和歌謡大全集』

●昭和歌謡大全集●
●原作;村上龍
●監督;篠原哲雄
●出演;松田龍平/岸本加世子/池内博之/斉藤陽一郎/鈴木砂羽 /
市川実和子/古田新太/村田充/近藤公園/原田芳雄/内田春菊/
細川ふみえ/森尾由美/安藤政信/樋口可南子
●DATE;2003年 日本 112分
割りと映画を観る方だと思うが、2000年から2003年は事情(服役=汗とかじゃなくテネ)があって、映画空白期間だ。本作は違う作品と混同し、ハートウォーミングな作品だと勘違いしていた。5月末にレンタルで鑑賞。原作の掲載誌は『週刊プレィボーイ』、青年誌らしいアナーキーさと、コミカルな描写が笑えるのだが、描いていることは原初的な暴力だったりする。さて、どんな物語かと云うと…。
●あらすじ
ひょんなことで一緒に遊ぶようになった6人の若者。ことの発端は隣のアパートの若い女だった。若者が覗いていることを知ってか、知らずか、毎日全裸で部屋を歩き廻る。もやもやした気持ちを発散するのは、昭和歌謡だった。彼等はそれをイベントと呼び、衣装を揃え撮影もする。
ある日、新入りのメンバーがナンパを断ったオバサンを殺す。自分で「イケテイル」と思っている彼は、欲求不満に決まっているオバサンに拒絶されたことが許せなかったのだ。路地沿いの水田に血まみれになって倒れているミドリを発見したのは、同じミドリだった。会社勤務のミドリは、その日年下の男子社員に「一発しませんか?」と云われ、腹を立てていた。
ミドリとミドリ。彼女たちは地元調布市のタウン誌の企画で知り合った『ミドリ会』の仲間だった。全員、バツイチのミドリさん。オバサン6人で、時々飲んだり、憂さを晴らすだけの仲間だ。ミドリの葬式の夜、前夫と息子は死体を残し、そそくさと帰ってしまった。通夜の席で、発見者のミドリは、ミドリが「侮辱されて殺された」と云い、皆で復讐を誓う。
昭和歌謡好きの若者と、昭和を生きたオバサン。接点のない2つのグループは血の抗争をエスカレートさせていく。>>>つづきはDVDでどうぞ!
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村上龍の真骨頂は『暴力とセックス』だと思う。本作『昭和歌謡大全集』は、彼の嗜好がギャグの砂糖衣で包まれているが、妄想的で悪質なアナーキー・ファンタジーになっている。目的のない無軌道な若者は、原作ではパソコンオタクと云うことになっている。リアルとバーチャルの区別の曖昧な彼等には、「オバサンは欲求不満で、性的に言いなりになる存在」「思い通りにならなければ、死んだ方が良い存在」と云うことになっている。
私のメールアドレスには、多い月には1000を超える出会い系迷惑メールは届く。そこに存在するバーチャルの女性は性的な存在でしかない。男性にとって必要なのは“母親/妻/それ以外は性的に云いなりになる若い女”と云う妄想がネットには潜んでいる。その意味では、本作『昭和歌謡大全集』はリアルな妄想の上に成立した物語と云うことになる。
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若者と敵対する『ミドリ会』を演じるのは岸本加世子/鈴木砂羽 /内田春菊/細川ふみえ/森尾由美/樋口可南子の女優陣だ。名前を見れば判るように40代30代のオバサンと呼ぶのは失礼な綺麗な女優さんばかり。鈴木砂羽さんや細川ふみえさんまで“オバサン”呼ばわりなのは、けっこうキツイ!?“オバサン”と呼ぶことで、彼女たちのキャリアも容姿も個性も皆記号化されてしまい、無個性な“オバサン”と云う人間以下の存在になってしまう。現都知事石原慎太郎氏も2001年の“ババア発言”に見られるように、年齢を重ねた女性は「地球にとって悪しき存在」とまで云っている。
本作『昭和歌謡大全集』は、荒唐無稽な物語のように見えて、物語の土台部分はリアルな悪意の上に成立しているのが判る。物語の後半は岸本加世子さんの迷彩服覆面姿と云うコントのような様相になるが、たった数人のグループであってもこれは若者VSオバサンの戦争なのだ。映像化されているそれは、個々の心の奥底に潜んだバーチャルな悪意だったり、殺意に他ならない。
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冒頭、“ピンキーとキラーズ”の『恋の季節』が歌われる。ピンキーのパートは松田龍平さん。♪赤いシャツ着てさ〜、海を見てたの〜♪、他の唄も、歌詞だけ読むとなんだか笑える。昭和の恋は『気分』、平成の恋は『妄想』なのだろうか?(ジョークデス)。
私が一番嫌いな価値観に「人間関係を役に立つ、立たないで区別する」ことがある。物語の若者には“オバサン”は「役に立たない存在」で、ミドリ会は「女性の尊厳を守るため」に戦っていく。同じ昭和歌謡の中、『黒の舟歌』の歌詞のように、♪男と女の間には、深くて暗い川がある♪なんだろ〜な〜!?!?。
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May 03, 2007
我らは油揚げが大好きじゃ!by 稲荷/『ゲゲゲの鬼太郎』ウエンツ瑛士

●ゲゲゲの鬼太郎●
●原作;水木しげる
●監督・脚本:本木克英
●出演:ウエンツ瑛士/井上真央/内田流果/大泉洋/田中麗奈/田の中勇(声)他
●(c)2007ゲゲゲの鬼太郎フィルムパータナーズ/日本/103分
世の中GW!GWってことで、109シネマズでは『コナン』に『しんちゃん』に『ドラえもん』、『鬼太郎』と、良い子向けの映画ばかり。TVCMでの大泉洋さんの“ビビビのねずみ男”がすごいインパクト!。で、『ゲゲゲの鬼太郎』、今月の1本目!
●あらすじ
健太は野球好きの小学生。健太の住む団地近く、稲荷の森に“あの世ランド”と言う変な名前のテーマパークが建築されることになる。ご神域の森は破壊され、隣接する健太の団地は立ち退きを迫られていた。多くの団地住民は“あの世ランド”の建築中止を求めていたが、建築反対派の部屋に妖怪が現れるようになる。困った健太は、森の奥にある妖怪ポストに鬼太郎宛の手紙を投函する。団地で人を脅す妖怪を撃退した鬼太郎は、健太に姉、実花を紹介される。実花と健太の母は数年前に死んでおり、父は工場をリストラされていた。
“あの世ランド”の建築の裏には、ねずみ男の影があった。人間界に妖怪を送り込んでいたのは、ねずみ男だったのだ。工事現場の近くの稲荷神社でお供えものの油揚げを盗み喰いしていたねずみ男は、偶然にも地下の奥社に秘蔵される綺麗な石を見つける。ねずみ男は石を盗み、町の骨董店に売り飛ばす。その石は「妖怪石」と呼ばれるパワーストーンだった。妖狐族の長“天狐”が石に秘められた邪悪なパワーを封じていたのだ。
ねずみ男が帰った後、偶然、健太の父、晴彦が妻の形見の指輪を売りに骨董店を訪れる。石の邪悪なパワーは晴彦を操り、石は晴彦の手に渡る。晴彦はその石を健太に隠すようにと言い、窃盗罪容疑で逮捕されてしまう。それは「妖怪石」の災いの始まりでしかなかった…。つづきは映画館でどうぞ!
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ほぼ満席、客席の大半は高校生ぐらいの女の子!彼女たちのお目当ては、勿論、鬼太郎を演じるウエンツ瑛士くん。映画を見終わった後、溜め息まじりで「良かった〜」と言う声がいくつも聞こえた。今回の実写版『ゲゲゲの鬼太郎』は完璧なアイドル映画になっている。ウエンツ瑛士と言う端正な顔だちの青年が“鬼太郎”を演じることで“ゲゲゲの鬼太郎”はまったく新しいヒーローに生まれ変わってしまった。
鬼太郎は万年小学生だとばかり思っていた。ところが、パンフレットによると大学生にもなっているし、ちゃんとした恋人がいたこともあったそうだ。だからウエンツくんの年齢は原作の鬼太郎の設定に近いことになる。私がTVアニメで見ていた鬼太郎は、第一期から第三期だと思う。TVアニメでの鬼太郎は本当に正義の味方で、その優等生ぶりが若干鼻についた時もあった。そのせいか?♪朝は寝床でグ〜グ〜グ〜♪、と言った鬼太郎ののんぴりムードが希薄になっていた。
今回、成長したウエンツ鬼太郎は、ニートでヒッキーな雰囲気が漂い(笑)、意外とはまっているのだ。鬼太郎>>>ウエンツ瑛士このキャスティングを考えた人!なんだか凄い!と思う。
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大平洋戦争で片腕を失い、南方から復員した水木しげる先生は、紙芝居制作者になる。そして貸し本、少年マンガ雑誌と、活躍の場は変わっても、ずっと書き続けた作品があった。それが『ゲゲゲの鬼太郎』だ。パンフレット掲載のインタビューで、水木先生は鬼太郎のことを「よく稼ぐ息子」と話されている。ドングリ眼、鼻孔しかない顔、で可愛いとは言いがたい“鬼太郎”だ。これほどまで長く日本人に愛されるとは、水木先生も想像できなかっただろう。
『ゲゲゲの鬼太郎』は、少年マガジンの連載された当初は『墓場の鬼太郎』と言うタイトルだった。とにかく無気味!幽霊の母、父はミイラ男のように包帯だらけの巨漢、腐敗して落ちた目に手足が生える。鬼太郎の誕生シーンは墓場の土の下から手だけ出し、むくむくはい出す登場シーンは可愛いなんて形容詞から遠く離れたものだった。
南方から復員した水木さんの初期作品は、ジャングルの香りが濃厚にして、鬼太郎もどこか異国の物語のようだった。『墓場の鬼太郎』は、いつしか原作者の手を離れ、アニメ化を繰り返しながら変容を遂げる。今回のウエンツ版鬼太郎は21世紀を生きる鬼太郎を印象づけた。
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ねずみ男の大泉洋さんは本当に良かった!ねずみ男の不潔さが彼の攻撃力でもあるのだが、口臭にオナラ(!)と、人気俳優さんなら避けたい技を見事に演じていた。爪の汚さ、足の汚さ、つけ歯は必見もの(笑)。他、間寛平さんの子泣きじじい、室井滋さんの砂かけババア、田中麗奈さんの猫娘、YOUさんのろくろ首、西田敏行さんの輪入道などなど、日本を代表するような大物俳優さんが脇を固めているのも見どころ!麗奈さん演じる猫娘のミニスカート、毛皮のパンツのナマめかしいもの必見かも(汗)。
映画パンフレットは¥700。荒俣宏先生も文を寄せられている。また鬼太郎の世界を楽しむミニ事典もあり、内容の濃い一冊になっている。オススメ!です。
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April 01, 2007
覇王の夢…、戦いは男のロマン!?/『蒼き狼〜地果て海尽きるまで』

●蒼き狼 地果て海尽きるまで●
●監督;澤井信一郎
●製作総指揮;角川春樹
●原作;森村誠一
●脚本;中島丈博/丸山昇一
●出演;反町隆史/菊川怜/若村麻由美/Ara/袴田吉彦/松山ケンイチ/野村祐人/
平山祐介 /池松壮亮 /保阪尚希 /榎木孝明 /津川雅彦/松方弘樹 他
●DATE;2006年 日本/モンゴル 136分
●(C) 2007 「蒼き狼 地果て海尽きるまで」製作委員会
3/8に鑑賞。封切り数日後の平日午後の上映、30人ほどの観客、年配のお客さんが多かった。この日に猫がいなくなり、感想のアップが遅れてしまった。どんな小さい命・存在でも情の通ったものは愛おしい。その視点で見ると…。
●あらすじ
800年前のアジア。中国は金が支配、西域へ繋がる大草原は遊牧の民、多くの部族が小競り合いを繰り返していた。モンゴル部族の長イェスゲイは敵対関係にある部族長の若い妻を奪う。美しい妻を奪うことはよくあることだったが、それは大きな出生の疑問を作ってしまった。妻ホエルンはほどなくして、男子を産む。イェスゲイは跡取りの誕生を心から喜ぶが、「父親が違う」と思う者もいた。
男の子はテムジンと名づけられ、武芸に秀でた少年に成長していく。テムジンの嫁探しの旅の帰り、父イェスゲイは他部族に毒殺されてしまう。遊牧の民を守る部族長の死は、モンゴル部族をバラバラにしてしまった。跡継ぎのテムジンはまだ若く、出生の謎も彼が部族を継ぐ障害となっていた。
孤立してしまったテムジン一家には母の違う兄弟や、血族だけが残り、細々と暮らしを立てるようになる。ある日、テムジンは母違いの弟に出生のことをなじられ、実弟と二人で射殺してしまう。母はテムジンを叱るが、彼はモンゴル部族の誇り“蒼き狼”の血を受け継ぐ者の誇りを傷つけられることは許せないことだった。
一家を守りながらテムジンは逞しい青年になる。小競り合いに勝利しながら、彼の廻りにはまただんだんと部族の者が戻ってきた。一人前の部族長として、妻を迎えに行くテムジンだったが…。>>>つづきは劇場で!
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かつて角川春樹がメディア界の帝王だった。『野生の証明』『人間の証明』『戦国自衛隊』『天と地と』などの大作映画をプロデュース。今では当たり前の映画、TV、書店のメディア・ミックス戦略を展開した。頂点に立ちながら、春樹氏は違法薬物輸入で逮捕されてしまう。春樹氏の退陣で、老舗角川書店は弟の歴彦氏が社長となる。また角川書店で活躍していた城徹氏は腕利きの編集者5人を引き連れ、幻冬舎を創立。幻冬舎は話題作をどんどん出版し、ベストセラーを量産する。そして、帝王だった春樹氏は出資元はパチスロメーカー/フィールズの援助を受け、角川春樹事務所を設立。現在、映画制作や出版などを手掛けている。
そのかつての出版界の寵児角川春樹氏が、盟友森村誠一氏の原作で作った映画が本作『蒼き狼 地果て海尽きるまで』だ。モンゴル側はモンゴルの人にも愛読されている「井上靖氏の『蒼き狼』を原作に」と要望したらしいが、角川春樹事務所出版の森村版を採用している。
角川春樹さんはすごく変わったオジサンだった。今もそうなのか?判らないが、逮捕前はオカルトに魅入られ?甲冑や刀剣を収集、不動妙王を崇拝し、軽井沢に個人神社を作り、瞑想に耽っていた。仏像の前で、日本刀を構えた写真を雑誌で見たことがある。彼に降りたご神託は「角川春樹はチンギス・ハーンの生まれ変わり」と言ったものだったらしい。彼が本作に普通ではない情熱を注いだことは容易に想像できる。
◆◆◆
モンゴルはソビエト連邦に支配されていた時期、チンギス・ハーンの子孫の多くは虐殺されてしまったと言う。現在、生存している直系の子孫は女性で、彼女は長く身元を隠していた。モンゴルにとって、世界帝国を作ろうとアジアの半分、遠くヨーロッパまで侵攻したチンギス・ハーンは民族の誇り、大英雄だ。広大な大地から生まれた英雄の人生を島国日本人が描くのは、土台無理がある。脚本はNHK大河ドラマの常連脚本家中島丈博氏、どうも台詞がイケナイ。昭和の時代劇ではないのだ、奇妙に丁寧な日本語、生きた言葉として成立していない。だから役者の感情が言葉に乗らない。
圧巻はモンゴル全土から召集したモンゴル馬とエキストラの人たち。数万の騎馬兵が一斉に動く様は壮観だ。角川春樹氏はそれだけを描きたかったのだろう。かつてプロデュースした大作も人海戦術、合戦好きは日本の企業人の持病でもある。
◆◆◆
映画の出来は、好みの部分もあり、壮大な大地を叙事詩のように疾走するチンギス・ハーンの大軍を鑑賞し、美しい妻たちの悲劇、若き王子の死に泣ければ、映画館に足を運んだ甲斐はある。見事なモンゴルの馬を見るだけでも楽しい!
だが、描いているのは戦いの気分だけだ。最大の違和感はチンギス・ハーンの旗、あの科学染料系の青はいったい何なのだろう?モンゴル軍は白い旗を使っていた。旗に描かれたのは日本の義経が使った笹リンドウを逆さにした意匠。歴史家は一笑に伏すが、源義経とチンギス・ハーンには様々は伝説がある。その根拠の1つが白い旗なのだ。
さて、旗はどうに作る?木綿なら綿花を栽培し、一年かがりで紡ぎ、織り、1枚の布となる。その布を旗竿に縫い付け、装飾する。刀はどうに作る?鍛冶屋があり、鉄がなければならない。布、鉄、そしてさまざまは衣服、軍装には多くの職人の手が関わっている。職人の背景には町があり、町を支えるには広大な農地が必要だ。小麦や雑穀、物々交換されただろう南の米や野菜、果物がモンゴル兵を養っていたに違いない。
本作『蒼き狼 地果て海尽きるまで』には、生活がない。遊牧民の夏の住処パオがほとんど話の中心となっている。零下40度にもなる極姦の冬、彼等の家畜は雪の中に放置されたのだろうか?南下し冬に定住の町があったはずだ。作中、兵士はほとんど食事をとっていない。もちろんトイレのシーンもないわけで、兵士はロボットのように、馬に乗り、戦う。同時期に公開された『墨攻』では煮炊きのシーンがあり、兵の暮らしを少しだが見ることが出来た。ゆえに本作は純化した軍であり、壮大な叙事詩、様式的な歴史ロマンなのだろう。
◆◆◆
もしこの映画が角川春樹氏制作でなければ、俳優はすべてモンゴルの人や中国の人だろう。朝青龍や安馬、白鵬みたいな、一重で、涼しい顔だちのチンギス・ハーンが見られたはずだ。もっと画面からさまざまな臭いがする映画になったかもしれない。死ねば、人は死んだ仲間を葬るだろう。兵には妻も子もいるだろうし、妻や子は食べるために羊や馬を飼っているだろう。どこかに畑もあるかもしれない。塩がどこから来る?機織りは何処にいる?映画からは何も判らない…。
この欠落がこの映画の最大の特徴であり、意外と長所なのかもしれない。
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March 31, 2007
リアル!失われた日本の原風景と蟲/『蟲師』オダギリ・ジョー主演

●蟲師●
●原作;漆原友紀
●監督・脚本;大友克洋
●出演;オダギリ・ジョー/大森南朋/蒼井優/李麗仙/江角マキコ/稲田英幸/
リリィ/守山玲愛/クノ真季子/他
今年公開予定の日本映画の中で、一番楽しみにしていた作品。深夜、フジTV系で放映していたアニメ版はすごく面白くて、実写版も期待度大!早速、観に行った。大学生ぐらいの男の子二人連れがほとんど(!)の観客席。平日、午後2;20の回だったが、客席の半分は埋まっていた。
●あらすじ
ヨキと母は旅の行商を生業としていた。この親子に、定まった家はない。その日は雨、山深い峠道を歩いていた。ヨキは生来、蟲の姿を見ることが出来た。蟲を眺めて、母との間に少し距離が開いた時、雨で弛んだ山肌が突如崩れ、母は土砂に飲み込まれてしまう。必死に母を助けようとするが、母はすでに動かなかった。怪我をしたヨキを助けたのは銀髪の女蟲師ぬいだった。
ぬいの家は森の底のような場所だった。家の前の沼には、不思議な隻眼の魚が棲んでおり、沼は夜な夜な不思議な光りを放った。ぬいはヨキがその光りを見るのを嫌った。自分のように銀髪になってしまうと言うのだ。沼にはトコヤミと言う蟲が棲んでいた。そして沼にはぬいしか知らない秘密があった…。ぬいはヨキが蟲の侵されるのを案じ、ヨキを人里に返そうとした。しかしヨキは戻ってしまう。その夜…。
成長したヨキは、ギンコと呼ばれる蟲師になっていた。あの夜の出来事から、名前と過去を失ってしまったヨキはギンコと自らを呼ぶようになっていたのだ。山村の在所で開かれる市(いち)で商売をするために、ギンコは雪深い山道を歩いていた。雪が降り止まず、日も暮れ、ギンコは大きな一軒家に一夜の宿を願う。その家には、やはり雪で難儀した先客がいた。ギンコの口上を聞いた女主人は、「雇い人の病気を治して欲しい」とギンコに頼む。ギンコの腕前を見た女主人は「孫の病気を見て欲しい」と奥座敷にギンコを招いた。そこには幼い少女がいた。少女の額には…。>>>つづきは映画館でどうぞ!
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少し昔のこと、UKに二週間いた。帰国した日のこと、飛行機を乗り継ぎ、午後、ローカル線に乗っていた。夏至に近い初夏だった。車窓から眺める田園風景が、見事なほどに色鮮やかで、無数の光りを放っていた。UKには妖精を見に(汗)行ったのだが、結局何も不思議を見ることが出来ず、気せずしてに日本に帰国した日に不思議を見たことになる。私が見たものは、『蟲師』の中に描かれる“光酒”のようなものだったように思う。この映画『蟲師』は、既視感に満ちている。日本の原風景、深い森、山、川、そこには見えない霊物(蟲とも妖怪とも神々とも)が潜んでいる。
先日、「古い大きい家は怖い」と書いたが、怖いと思う由縁はやはり『蟲』にある。本作に登場する雪の中の大きな家は、私が見学した家と間取りも家内の様子も実によく似ていた。入り口を入ると土間、縁側のような板張りがあり、藁を貯蔵する2階へ上がる階段がある。板戸を開けると囲炉裏のある板張りの居間、その奥は家の主人が暮らす畳の部屋が田の字になってある。長年の煤で燻された床も柱も板戸も黒々と光り、その闇の中に何かが潜んでいるように感じる。宮崎駿監督の『となりのトトロ』では“マックロクロスケ(煤走り)”として描かれた何か、『もののけ姫』では木霊として描かれた何か、本作『蟲師』では“蟲”と描かれる何か。日本には何かがいるのだ。大友監督はその“何か(蟲)”を見事にリアルな存在にしている。
◆◆◆
物語の中で虹郎が探す“虹蛇”と言う蟲がいる。その魅力に取りつかれたものは廃人になるとあるが、私は“虹蛇”を見たことがある(ように思う=山に四本の虹が並んで立っていた)。“トコヤミ”を見れば、「ものを忘れる」と言い、“虹蛇”を魅了されれば「廃人になる」と言う。この通りなら、私の生産性の低さは“蟲”が原因と言うことになる(笑)。
経済的な勤勉さが、多くの場合自然破壊への積極的な関与になってしまう。だから、蟲と言う存在を、人間以前から地球に棲んでいる生命体と考えれば、彼等の性質、働きは実に利にかなっているように思ったりする。この映画の舞台は100年前の日本、まだ多くの自然が日本には残っており、サンカ、マタギ、キジシ、修験者など、定住しない人たちが山の文化を守っていた。だが、日本の軍国化による戸籍管理の徹底で、そんな山神の一族とも言える人々の暮らしは失われてしまった。『蟲師』の存在は、失われた日本文化の象徴のように思う。
◆◆◆
映画『蟲師』の中で、もう1つの大きな魅力は、登場人物の着ている衣装。淡幽の着物の品の良い色合わせと柄、漂泊の人々の見事なボロ着、ヨキ親子の登場シーンで、背負った荷を大きな油紙で包んでいる箇所を見たら、「この映画は凄い!」と思ってしまった。今までたくさんの、明治期を舞台にした映画を見ているが、この『蟲師』が一番時代の雰囲気を感じさせる。不評も目立つ『蟲師』だが、映画的な起承転結を求めるより、失われつつある日本の原風景に浸り、蟲の意志に身を委ねるのが良いかもしれない。
雪深い家の座敷に市松があった。少し時代が新しい(笑)。
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March 29, 2007
侵してはならない“神の領域”?/『予言』三上博史主演
●予言●
●監督;鶴田法男
●原作;つのだじろう
●脚本;高木登/鶴田法男
●音楽;川井憲次
●出演;三上博史/酒井法子/堀北真希/小野真弓/鶴水瑠衣/藤真美穂/
井上花菜/伴大介/山路和弘/山本圭/吉行和子 他
●DATE;2004年 日本 95分
3/26、TBS系深夜枠で放映。翌日は優香さん主演『輪廻』だった。
春の夜は、ホラー特集らしい。夜中の桜って怖いヨネ〜。
●あらすじ

大学助教授の里見英樹、妻・綾香と5歳の娘奈々の三人家族。夏休み、田舎の実家から自動車で帰京する日のこと。英樹は大学に提出するレポートが間に合わず、やっと仕上げたレポートを田舎道の電話ボックスから送ることにした。車に妻と奈々を残し、電話ボックスに籠る英樹、そこに奇妙な新聞記事があった。記事には「一家の車が事故に遭い、一人娘の奈々が犠牲になる」ことが書かれていた。愕然として動けない英樹の目前で、暴走したトラックが車に激突、奈々の乗った乗用車は爆発炎上してしまった。
それから3年の歳月が過ぎていく。英樹と綾香は離婚。原因は、綾香が英樹の新聞の話が信じられなかったのだ。しかし、出版社勤務の綾香は、『月刊サイ』と言う超常現象雑誌の編集者として、超能力実験に関わっていた。その真意は、未来を予言する新聞の実在を証明するためだった。一方、英樹は大学の職を辞し、高校の国語教師としておざなりの日々を送っていた。可愛く笑う娘の写真を眺めては事故を回避できなかった自分を責める毎日だった。
念写実験の被験者に綾香は新聞のことを尋ねた。霊能者は何か知っているようだったが、答えてくれない。数日後、霊能者は自宅で不審死を遂げる。発見した綾香は霊能者の手に握られた新聞の念写ポラロイドと、部屋から新聞の念写と実際に起きた事故の記事を切り抜いた大量のスクラップ・ブックを見つける。
その頃、英樹の教え子が答案用紙に事故予言を書く。そして、英樹の部屋に奇妙な新聞記事が届くようになるのだった。それは…。>>>つづきはDVDでどうぞ!
**************************
本作は、以前レビューを書いたJホラー『感染』と2本立てで上映された『予言』。『感染』は病院内に蔓延する謎のウィルスを題材にしたもの。本作『予言』はホラー漫画の名作『恐怖新聞』をアレンジにしたものだった。気色の悪さで言えば『感染』の方が数段上だ。本質的な怖さの点では『予言』の方が怖い!?かもしれない。
題名の『予言』は、同時上映の『感染』と語呂合わせ的な部分がある。漢字2文字にこだわるなら『新聞』の方が良かったかもしれない。人は「未来を垣間見ることが出来たなら…」と思うことがある。当り馬券を事前に知っていたら、テストの問題、ナンバーズの数字etc.。そんなものなら良いが、回避出来ない事故や事件を事前に知ったところで、何も良いことはない。良いことはないどころか、知っていて何も出来ない自分の非力さを責め、発狂してしまうかもしれない。この映画は、その回避できない不運、運命に抗えない恐怖を描いている。
◆◆◆
原作の『恐怖新聞』は大昔『少年チャンピオン』に連載されたもの。近所の内科医の待ち合い室に古い『少年チャンピオン』が大量にあった。風邪を引きたびに、怖い思いをしたものだ(笑)。このヒットで、つのだじろうさんは心霊の専門家として活躍されるようになる。同時期、『少年マガシン』に『うしろの百太郎(守護霊漫画)』を連載し、日本中(?)にオカルトブームを巻き起こす。『恐怖新聞』も『後ろの百太郎』も実在の人物をエピソードに取り入れたり、念写実験の写真などを紹介し、それまでのホラー漫画と一線を画したものだった。
主人公英樹を演じるのは三上博史さん。彼は神経症的な役を演じると本当に巧い!うっかりするとコミカルにもなる大袈裟な恐怖表現に「大丈夫???」と思ったりするが、彼が演じると、妙に納得してしまう。奥さんの綾香はノリピーこと酒井法子さん。お母さん役としたらクールだ。ノリピーは、三上さんとは対照的に剛胆な女性を好演。普通、誰かが死んでるかもしれない部屋に一人では行かない(笑)。また、謎の死を遂げる霊能者と研究者を吉行和子さん/山本圭さんが演じ、ベテランらしい重厚な演技を見せている。
◆◆◆
人には侵してはならない“神の領域”言うものがあるかもしれない。それは遺伝子操作かもしれないし、プルトニウムなどの原子力かもしれない。『恐怖新聞』は“神のルール”を侵す存在、いったい誰がそれを送ってくるのか、誰も判らない。『デス・ノート』の死神なら知っているかも…、と、とにかく非情な存在だ。
これがまったくのフィクションかと言えば、そうとも言えない。有名なところでは“遠くの火山爆発を夢で予知した新聞記者”や“タイタニック号沈没と酷似した小説”など。時々、未来の断片が現在に介入してくる。大きな海難事故や航空機事故があると、たまたま乗らなかった人がいる。その中のいくつかは不思議な予知が働いていることがあるのだ。これらは『回避出来た災難』はラッキーだが、多くの乗客は予知どおり死んでしまった訳で、これは怖い!!。
“予知”“予言”を考える時、時間軸が異なる多次元宇宙のことや、宇宙のどこかにある“アカシック・レコーダー”など思い出す。人は未来を予測しても、うっかり『予知』されては、実存自体が危うくなる。日本語では「預言」と「予言」と「予知」の区別が曖昧だが、「預言」は“神から預かった言葉”でまったく別物。「予知」は単発の出来事、「予言」は能力者がビッジョンをまとめ多発表するイメージがある。
すべて予定された時間を過ごすのが『人生』であっては、まったく面白くないヨネ、とほほ。。。
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●監督;鶴田法男
●原作;つのだじろう
●脚本;高木登/鶴田法男
●音楽;川井憲次
●出演;三上博史/酒井法子/堀北真希/小野真弓/鶴水瑠衣/藤真美穂/
井上花菜/伴大介/山路和弘/山本圭/吉行和子 他
●DATE;2004年 日本 95分
3/26、TBS系深夜枠で放映。翌日は優香さん主演『輪廻』だった。
春の夜は、ホラー特集らしい。夜中の桜って怖いヨネ〜。
●あらすじ

大学助教授の里見英樹、妻・綾香と5歳の娘奈々の三人家族。夏休み、田舎の実家から自動車で帰京する日のこと。英樹は大学に提出するレポートが間に合わず、やっと仕上げたレポートを田舎道の電話ボックスから送ることにした。車に妻と奈々を残し、電話ボックスに籠る英樹、そこに奇妙な新聞記事があった。記事には「一家の車が事故に遭い、一人娘の奈々が犠牲になる」ことが書かれていた。愕然として動けない英樹の目前で、暴走したトラックが車に激突、奈々の乗った乗用車は爆発炎上してしまった。
それから3年の歳月が過ぎていく。英樹と綾香は離婚。原因は、綾香が英樹の新聞の話が信じられなかったのだ。しかし、出版社勤務の綾香は、『月刊サイ』と言う超常現象雑誌の編集者として、超能力実験に関わっていた。その真意は、未来を予言する新聞の実在を証明するためだった。一方、英樹は大学の職を辞し、高校の国語教師としておざなりの日々を送っていた。可愛く笑う娘の写真を眺めては事故を回避できなかった自分を責める毎日だった。
念写実験の被験者に綾香は新聞のことを尋ねた。霊能者は何か知っているようだったが、答えてくれない。数日後、霊能者は自宅で不審死を遂げる。発見した綾香は霊能者の手に握られた新聞の念写ポラロイドと、部屋から新聞の念写と実際に起きた事故の記事を切り抜いた大量のスクラップ・ブックを見つける。
その頃、英樹の教え子が答案用紙に事故予言を書く。そして、英樹の部屋に奇妙な新聞記事が届くようになるのだった。それは…。>>>つづきはDVDでどうぞ!
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本作は、以前レビューを書いたJホラー『感染』と2本立てで上映された『予言』。『感染』は病院内に蔓延する謎のウィルスを題材にしたもの。本作『予言』はホラー漫画の名作『恐怖新聞』をアレンジにしたものだった。気色の悪さで言えば『感染』の方が数段上だ。本質的な怖さの点では『予言』の方が怖い!?かもしれない。
題名の『予言』は、同時上映の『感染』と語呂合わせ的な部分がある。漢字2文字にこだわるなら『新聞』の方が良かったかもしれない。人は「未来を垣間見ることが出来たなら…」と思うことがある。当り馬券を事前に知っていたら、テストの問題、ナンバーズの数字etc.。そんなものなら良いが、回避出来ない事故や事件を事前に知ったところで、何も良いことはない。良いことはないどころか、知っていて何も出来ない自分の非力さを責め、発狂してしまうかもしれない。この映画は、その回避できない不運、運命に抗えない恐怖を描いている。
◆◆◆
原作の『恐怖新聞』は大昔『少年チャンピオン』に連載されたもの。近所の内科医の待ち合い室に古い『少年チャンピオン』が大量にあった。風邪を引きたびに、怖い思いをしたものだ(笑)。このヒットで、つのだじろうさんは心霊の専門家として活躍されるようになる。同時期、『少年マガシン』に『うしろの百太郎(守護霊漫画)』を連載し、日本中(?)にオカルトブームを巻き起こす。『恐怖新聞』も『後ろの百太郎』も実在の人物をエピソードに取り入れたり、念写実験の写真などを紹介し、それまでのホラー漫画と一線を画したものだった。
主人公英樹を演じるのは三上博史さん。彼は神経症的な役を演じると本当に巧い!うっかりするとコミカルにもなる大袈裟な恐怖表現に「大丈夫???」と思ったりするが、彼が演じると、妙に納得してしまう。奥さんの綾香はノリピーこと酒井法子さん。お母さん役としたらクールだ。ノリピーは、三上さんとは対照的に剛胆な女性を好演。普通、誰かが死んでるかもしれない部屋に一人では行かない(笑)。また、謎の死を遂げる霊能者と研究者を吉行和子さん/山本圭さんが演じ、ベテランらしい重厚な演技を見せている。
◆◆◆
人には侵してはならない“神の領域”言うものがあるかもしれない。それは遺伝子操作かもしれないし、プルトニウムなどの原子力かもしれない。『恐怖新聞』は“神のルール”を侵す存在、いったい誰がそれを送ってくるのか、誰も判らない。『デス・ノート』の死神なら知っているかも…、と、とにかく非情な存在だ。
これがまったくのフィクションかと言えば、そうとも言えない。有名なところでは“遠くの火山爆発を夢で予知した新聞記者”や“タイタニック号沈没と酷似した小説”など。時々、未来の断片が現在に介入してくる。大きな海難事故や航空機事故があると、たまたま乗らなかった人がいる。その中のいくつかは不思議な予知が働いていることがあるのだ。これらは『回避出来た災難』はラッキーだが、多くの乗客は予知どおり死んでしまった訳で、これは怖い!!。
“予知”“予言”を考える時、時間軸が異なる多次元宇宙のことや、宇宙のどこかにある“アカシック・レコーダー”など思い出す。人は未来を予測しても、うっかり『予知』されては、実存自体が危うくなる。日本語では「預言」と「予言」と「予知」の区別が曖昧だが、「預言」は“神から預かった言葉”でまったく別物。「予知」は単発の出来事、「予言」は能力者がビッジョンをまとめ多発表するイメージがある。
すべて予定された時間を過ごすのが『人生』であっては、まったく面白くないヨネ、とほほ。。。
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