アジア映画系

May 13, 2008

朝鮮王朝末期の混乱を活写した名作!!/『酔画仙』5

酔画仙



●酔画仙●

●監督;イム・グォンテク
●出演;チェ・ミンシク/
    ソン・イェジン/
    アン・ソンギ
●DATA;2002年/韓国/119分


 19世紀に実在した画家“張承業/吾園(1843〜1897)”を描いた作品。張承業=スンオプを演じるのは、『オールド・ボーイ』のチェ・ミンスク。リアルさを追求した演技で、吾園の実像に迫っている。さて、どんな映画かと云うと…。

●あらすじ

 1882年の朝鮮、外国の侵略と腐敗政治、反乱などで国運は傾いていた。

 多くの士人画家・文人(両班階級)の衆目の中、当代きっての人気画家“吾園”が墨痕も鮮やかに、大胆に筆を動かす。煎茶を飲み、待つ間に、絵は見事に出来上がった。吾園の「完成しました」の声に、絵は披露され、人々は口々にその素晴らしさを漏らす。「神の絵だ」、「鬼神が舞うように神秘の趣きが漂っている」、「型破りのようで様式を備えている」そんな褒め言葉に吾園は「私の絵に様式を語るなかれ」と言い放つ。その不遜な態度に、「賤民出身の三文画家が様式を口にするな」「貧しい才能を信じたら人生帽に振るぞ」と鋭い声が飛ぶ。その場を去る吾園の背中は穏やかだった。

 その足で向かったのは、次ぎの酒席だった。料亭の座敷で待っていたのは日本人の新聞記者海浦。彼は吾園の絵を偶然知り、絵の注文をしたいと席を設けたのだ。海浦は記者らしい質問をする。「先生は、賎しい身分の出身と聞きましたが、いつ頃、絵の才能に気づかれたのですか?」。吾園は云う、「天才は若い時から、頭角を表すものだ」。破顔して豪快に笑う吾園だったが、心中は貧しく辛い少年時代を思い出していた。

 貧民窟のような下町で、みじめな姿の幼い少年が男の折檻と受けていた。少年の名はスンオプ、男は物乞いの親方だった。偶然、通りががかった身なりの良い士人が少年を助け、自分の屋敷に連れ帰る。士人の名はキム・ビョンムン、開化派に連なる儒学者だった。何日も経たないうちに、両班の家の生活になじめないスンオプは逃げ出してしまう。彼の画業はまだ始まっていない。>>>つづきはDVDでどうぞ!

●張承業の生きた時代
1863年 高宗即位(11歳の為大院君摂政に)【吾園18歳】
1866〜1872年 丙寅教獄(キリスト教徒八千人処刑)
1870年頃 開化派結成(親日派による独立運動)
1866年 丙寅洋擾(フランス軍と衝突)
1871年 辛未洋擾(アメリカ軍と衝突)
1873年 閔妃一派クーデター大院君追放
1876年 日朝修好条規(日本軍江華島侵入)
1882年 壬午軍乱(大院君クーデター失敗) 
1884年 甲申政変
1894年 甲午農民戦争(農民ほう起勃発)
1895年 乙未事変(王妃閔妃暗殺)
1897年 国号を大韓帝国改称【吾園死去】
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酔画仙
 本作『酔画仙』は、日本の幕末から明治中頃までの朝鮮半島が舞台だ。上記した年表で判るように、末期王朝は、高宗の父大院君と、高宗の妃閔妃一派による権力闘争が繰り返され。外交面でもトラブル続き、保守的な親清派と、改革を目指す親日派が衝突を繰り返していた。

 初見の時は、時代の暗さ、スンオプの人生の重さに、息苦しいものを感じた。前回、紹介した『ニキフォル』が世俗と無縁の画家だとしたら、“張承業”は対極にいる。俗世の荒波に揉まれた彼の人生は苦しみの連続だ。だが、二度、三度と見たくなった。

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 いつもどおり、映画の感想を書こうと思ったが、なんだか気楽に書けない気分だ。何度、書いてもしっくりしない。朝鮮半島は、お隣りの国のことなのに、知らないことが多すぎる!。

 映画の序盤、吾園を尊敬する日本人新聞記者が登場したり、日本軍が漢城(ソウル)市内を行進するシーンも好意的な台詞がかぶる。かつては反日感情も強かった韓国映画で、こんな風な日本人の扱いは珍しく感じた。時代背景を調べると、吾園の精神性の師匠だった儒学者キム・ビョンムンが開化派を名乗ったことで、合点がいった。“開化派”は、日本の文明開化を見習い、清からの独立と近代化を目指す両班グループの名称だった。

 日本は日清戦争の勝利を経て、結果的に大韓帝国を統治することになる。誇り高い朝鮮王朝や、教養豊かな両班、気骨ある庶民のいる朝鮮半島が何故、日本に占領されることになったのか?いつも不思議に思っていた。この映画『酔画仙』を見たあと、年表を見ると、今までの不思議が氷解した。王宮の混乱、内乱、弾圧、大量処刑、一つの国が滅んでいく様子が、画家の生涯を通して、鮮やかに浮かび上がってくる。画業の精進と一緒に描かれるのは、美しい朝鮮の山河、草木、風月だ。歴史がどんなに過酷であっても、山河は雄大であり、花々は限り無く美しい。

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 印象的だったのは、もう一人の主役とも言える学者キム・ビョンムンだ。アン・ソンギの落ち着いた演技は、物語に柔和な品格を与えていた。模写で腕を磨くスンオプに「目で見える筆先よりも、大切なものがある」と「筆より先に志を立てねばならない」と教えている。この言葉は、表現者としてのスンオプを大きく成長させる。絵を描く人には、きっと身につまされる台詞かもしれない。

 リアルに性的なシーンもあり、万人向けとは言えないかもしれない。画家の人生や、細かいエピソードの感想はあえて書かない。これは、見て感じるしかない。※のちほど加筆修正します。

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April 10, 2008

残忍さと美意識の映像叙事詩!?/『武士ーMUSA』4

武士/03




































●武士ーMUSA
●監督;キム・ソンス
●出演;チャン・ツィイー/チョン・ウソン /チュ・ジンモ/
    アン・ソンギ/ユー・ロングァン/パク・チョンハク
●DATA;韓国/2001年作品/133 分

 市内3店で繰り広げていたDVDレンタル・セール終了間近…。1店は閉店(50円レンタル)することで、この競合店の価格競争は終止符を打つことになった。1年足らずだったが、底値(旧作50円〜/新作199円〜)でレンタル出来たので、3つのお店には感謝している。

 本作は映画館で未見。タイトル『武士』に食指が動かず、いままで未見だった。見終わって、アマゾンでDVDを注文してしまった(汗)。タイトルだけで中味に偏見を持ってはいけないと痛感!。さて、どんな映画かと云うと…。

●あらすじ

 灼熱の沙漠、流刑地に送られる虜囚が果てしなくつづく砂の中で、次々と生き倒れていく。時代は元滅亡、明の始め頃、1375年。高麗は元と友好関係にあったが、新しく中国の覇者となった明とは、明使節の殺害事件があり、強い緊張状態にあった。南京に入城した彼等を待っていたのは、歓待ではなく、兵士の弓矢だった。使節団を守る龍虎軍将軍チェ・ジョンは戦おうとするが使節に押しとどめられる。彼等は沙漠の果ての流刑地に送られることになったのだ。流刑地近く、一行を元の騎兵団が襲いかかる。明の護送兵は皆殺しにされるが、元の将校は「高麗人の生死には関与しない」と使節団を沙漠に置き去りにしていく。食料も水も乏しい一行は、故郷を目指し、沙漠の中を北に向かうこととなる。

 帰路の沙漠の中で、使節団の老いた高官が生き絶える。彼には忠実な奴婢の若者が寄り添っていた。死の真際、高官は「彼はもう奴婢ではない。人間として扱ってくれ」と言い残す。龍虎軍将軍チェ・ジョンは主人の遺体を故郷まで運ぼうとする若者を残し、出発してしまう。高麗使節団の一行は、沙漠の終わり、隊商の天幕に到着する。そこには高麗に帰還する修行僧がいた。僧の金で食事の出来た一行。また、明の姫君芙蓉を護送する元の軍隊が現れ、主人の遺体を運ぶ若者も到着する。

 龍虎軍将軍は、芙蓉姫から血で書いた「救」の字のハンカチを渡される。高麗に帰りたい者、姫を助け使節団の職務を全うしたい龍虎軍将軍、解放された奴婢の若者、姫を護送する元軍の将軍、さまざまな思惑と宿命が交錯していく。姫を奪った高麗の一行、追う元の騎兵隊…、彼等の運命は?姫は南京城に帰れるのだろうか?>>>つづきはDVッでどうぞ!

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武士/2
 日々、レンタルDVDを見ても、自分で購入しようと思う作品は少ない。だが、本作は「手元に残して置きたい」と思った。正直、チョン・ウソンの演じる若い奴婢の長髪に惑わされて、思わず(?)注文してしまったのだ。誰が主人公が判らないほど、作中に魅力的なキャラが複数いた。日本人俳優はどこか美男系でも、親しみやすさが勝ってしまうように思う。しかし、韓国系美男俳優は、親しみやすさを排除した、マッチョでクールな魅力が全面に出ている。そこが本作の最大の魅力だ。加えて、軍馬の躍動感、迫力ある戦闘シーン、殺傷シーンのリアルなディテール、血生臭いと思うシーンが本当と活き活きと、映像化され、そこも本作の魅力。

 韓国の時代劇には2種類あるように思う。恋愛色のあるものと、まったくないもの。本作『武士ーMUSA』は後者に属する。恋愛なら、男女の主人公にフォーカスするので、お話が判りやすい。本作は、軸となるストーリーが希薄、群像劇になっている。

 中国系人気女優チャン・ツィイーが芙蓉姫として主演しているが、彼女は誰に恋をする訳でも、誰かに愛される訳ではない。なんとなく“綺麗なお姉さん”程度の扱いなのだ。
 龍虎軍将軍チェ・ジョンと彼の武官、弓名人の隊正、高官と彼の奴婢、通訳官見習の若者、元軍の将軍、芙蓉姫、僧侶etc、彼等には、勿論のこと、それぞれの人生がある。さまざまは伏線が語られることのない部分に隠されている。、複数の主人公になりうる個性がそれぞれ物語に関わっていくのだが、残念ながら2時間程度では断片的にしか判らない。『武士ーMUSA』は連続TVドラマとして、もっと長尺で制作された方が良い作品だと思う。

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 また、何故、姫が誘拐されているのに、明軍が出兵していないのか?また、沙漠を餌や水のない状態で、馬で越えられるのか?あれこれ謎だが、ま〜、そんなことは余り、本作の魅力とは関係ないのかもしれない。タイトルの“武士”って概念が大陸にあったのか?微妙な感じなのだが、『武士ーMUSA』は、時代劇系ファンタジーとして見るのが、正解なのかもしれない。

 人の生き死にの描写が軽いのは韓国作品の特徴の1つ。人気韓国ドラマ『朱蒙』でも『蔗童謡(ソドンヨ)』でも兵士の死亡シーンが頻繁に出るが、日本時代劇のそれ(桃太郎侍的な)のように、血糊も、肉片もまったくない。だが、本作は人が死ぬ時の凄惨さが、十分に描かれているように感じた。このリアルさが、本作への好悪を分けるかもしれない。本作『武士ーMUSA』で一番感じることは、歴史の無惨であり、人命の犠牲の中で、歴史は刻まれていると云うことだ。

 日本の歴史はあまり大陸の盛衰と関わりを持たないが、朝鮮半島のそれは、「大国中国の干渉の中で、絶えずに苦労を重ねて来たのだ。」、そんな感慨に溜め息が出てしまった。

 美男子好きな人にはお薦め!でもちょっと後味悪いかも…。

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March 20, 2008

2008/March前半『少女怪談特集』4

 少女と怪談は似合う。続きを読む

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March 19, 2008

でっかい目でウルウル、美少女怪談系!?/『人形霊』3

人形霊








●人形霊●

●英題;The Dall Master
●監督;チョン・ヨンギ
●出演;イム・ウンギョン/
 キム・ユミ/オク・ジョン/
 シム・ヒョンタク/
 チョン・ホジン 他
●DATA;2004/韓国/89分


 前世からの因果応報的復讐劇に人形味(?)を加えた韓国ホラー。

 この作品には2つのタイプの人形が登場する。等身大の生き人形、SD(スーパー・ドルフィー)タイプの人形。これらの人形はとっても日本的!?。ヨンハが大事にしているデミアンは、スーパー・ドルフィーに似た韓国製の球体関節人形を使用している。また、等身大の生き人形は、実際は人形ではなく、女優さんが演じていた。
 
 てな訳で、見ちゃったので、あらすじと感想など…。

●あらすじ

 日本と韓国に不幸のあった昭和初期、遊廓の女性と人形師の間に悲恋が生まれた。二人は不幸な死を遂げ、愛された人形だけが残った。その人形は恋人の姿を写した生き人形だった。時は流れ、生き人形の記憶は人々から忘れ去られていった。

 山奥の林道を走る乗用車。彫刻家のヘミは、モデルになるために、人里離れた人形美術館に向かう。途中、職業モデルのテスンを車に乗せることになり、彼も、美術館に招かれたことを知る。人形美術館には、写真家のホン、学生のソニョン、人形を抱いているヨンハが集まっていた。ヨンハは自分の人形にデミアンと名付け、生きた少年のように扱っていた。

 チェ館長に案内され、中に入る6人。美術館の中には、人を見間違るような等身大の生き人形と、60cmほどの精巧な人形が展示されていた。写真撮影が始まる早々、ヨンハはヒステリーを起こし、失神してしまう。撮影は中断され、各自、部屋に案内されるが、部屋には無気味な装飾が施されていた。夕食の席に現れた美術館の主チェオンは、足の不自由な若い女性だった。彼女は、人形師で、この美術館の人形は、チェオンの作品だった。

 その晩、ヨンハの大事な人形が壊れててしまう。ヨンハの人形の目はくり抜かれていた。ヨンハは、「デミアンは殺された!」と半狂乱になってしまう。それは、これから始まる復讐の前触れでしかなかった。ヘミの前に、赤いワンピースの少女が現れるようになる。彼女はナミと名乗り、悲しそうな眼差しをヘミに向けるのだった。人形師の目的は?誰が、デミアンを殺したのか?そして、ナミは?>>>つづきはDVDでどうぞ!

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 ジャパニーズ・ホラーは、不条理な恐怖だったり、異界からのメッセージが潜んでいる。音響効果もあり、意味もなく、根源的な恐怖心を掻き立てる。しかし、韓国ホラーは少し違う。ホラーに限らず、韓国映画には“復讐劇”が多い。

 朝鮮民族を語る時に“恨の心”を忘れてはいけない。歳月が流れても、“恨の心”は能動的だ。この物語の底にも、“恨”が流れている。本作『人形霊』の世界は古典的で、ある意味、理路整然としている。それゆえか?残酷なシーンもあるが、恐怖は少ない。

 もう1つ、本作が題材としたのは、都市伝説『リ?ちゃん』。有名な話なので、ほとんどの人が御存じだと思う。引っ越しで捨てた人形が、チャッキー(笑)のように、転居先まで訪ねてくる話(?)。余り書くと、ネタバレになってしまうので、ここまでにする。


■■■

 見どころは、ミナちゃん役イム・ウンギョンさんのデッカイ目!!。あんな大きな目でウルウルされれば、大抵は親切にしたくなる。だが、ヘミの薄情なこと!!。主役はヘミだと思っていたのだが、実はミナちゃん?。ウンギョンさんは、美人の多い韓国映画界でも、人気の美少女らしい。本当にお人形さんみたいに可愛い!勿論、本物の人形、デミアンもけなげで可愛い!。

 本作『人形霊』で不思議に思ったのは、“人形の殺し方”を紹介していること。もともと命のない人形を殺せる訳はない。どこかの民間伝承?、出典も不明。アメリカドラマ『スーパー・ナチュラル』でも、しばしば人形が登場する。エピソードで、心を宿した人形を浄化するシーンがあった。彼等が、普通に塩と火を使っていた(日本も同じ)。ちなみに、人形コレクターにとってお人形さんは“財布殺し”と呼ばれている(大汗)。

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 最後に、脱線しちゃうのだが、

 日本の人形文化は独自は発達を遂げている。他のアジア諸国で、雛人形や、市松人形のような美術品のような人形文化は多くない。強いて言えば、中国の墳墓から、ミニチュアの家財道具や、三つ折れ人形に似たリアルな木製人形が出土されている。あの世での、召し使いや家財道具だ。主人と一緒に埋葬するものなので、日本的な人形文化とは違う。

 ヨーロッパでは、フランス人形やドールハウスなどの人形文化がある。意外と日本文化の影響もあり、フランス人形には輸入された市松人形を参考にしたものもあった。また、ヨーロッパは、教育玩具的な側面も強く、日本の人形文化ような“呪物であり、玩具でもある”と云った側面はない。

 さらに脱線だが、私が、初めてドールハウスを知ったのは白黒画面の“トワイライト・ゾーン”系の30分ドラマだった。このドラマの独特の恐怖感は、本作『人形霊』とは異質なものだった。

 ミナちゃんの大きな目は必見もの!。他の楽しみは薄いかも…(汗)。

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March 17, 2008

少女マンガ風!怖いより、哀しいホラー/『鬘 かつら』3

鬘/1

●鬘 かつら●
●監督・監督;ウォン・シニョン
●脚本;ド・ヒョンジョン
●出演:チェ・ミンソ/ユソン/パン・ムンス/サ・ヒョンジン/ソイ/シン・ヒョンジョン/ソ・ジュソン/イ・ユニ/ナ・ヒョンジュ 他
●DATE;2005年 韓国映画 102分

 4月になり、強風が吹く。檜の花粉がピークらしく、見事に発熱頭痛している。普通ならお医者に行くのだろうが、こういった体質病は劇的に快癒する訳でもない。発熱頭痛と仲良くするのも手だ。花粉症も『蟲』の一種かも(笑)。引き続き、春のホラー特集〜!デス。

●あらすじ

 白血病に冒されたスヒョンは抗癌剤の副作用で髪を失ってしまう。回復の見込みのない妹、自宅で最後の日々を過ごさせようと、姉のジヒョンはスヒョンを退院させる。ジヒョンはいつも深く帽子を被る妹に美しい鬘をプレゼントする。鏡の前で、鬘を被るスヒョン、鏡に映る顔は生気に満ち、見違えるように美しい。自分の美しい姿に、元気になったように感じるスヒョンだった。死期を自覚しているスヒョンは最後の日を明るく元気に過ごそうと心に誓う。スヒョンは父のカメラを手に、姉ジヒョンを誘って幼い頃の思い出のある港へと行くのだった。

 ジヒョンはガラス工芸作家、姉にはアーティストの恋人ギソクがいた。数カ月前のこと、ジヒョンは作品展の自分の作品の前でギソクを待つが彼は来ない。その帰路、ジヒョンは不可解な交通事故で声を失う。そのジヒョンにギソクは理由言わず別れを告げる。ギソクは妹スヒョンが「死ぬまでは今までどおりに」と言うのだった。

 ギソクが家に来た日、スヒョンはギソクを「先生」と呼び、甘える。それを見て複雑な思いをするジヒョン。ギソクは何か事情を隠しているように、そそくさを帰ってしまうのだった。どんどん元気に美しくなる妹、声を失い、恋人を失ったジヒョンはギソクを忘れることが出来ないでいた。

 ある晩、友達のギョンジュが、泣きながらジヒョンを訪ねる。夫が浮気したことで落ち込んでいたのだ。丁度、スヒョンは入浴中で鬘が置いてあった。ギョンジュは魅入られたように鬘を被り、出て行ってしまう。鬘が無くなったスヒョンは元通りの重病人になって苦しみ出す。翌朝、鬘はスヒョンの元へと戻っていた。だが、ギョンジュは夫と…。>>>つづきはDVDでどうぞ!

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鬘/2
 人毛の鬘は身近なアイテムではない。人毛のウィッグは高級品だが、他人の髪の毛を自分の頭に乗せるのはなんとなく複雑な気分がする。市松人形の修理で人毛素材を購入する。使うのは、美容院用のエクステンションで、綺麗に加工されたもの。しかし、よく見ると白髪が混ざっていたりする。古い市松人形の髪はすべて人毛、エクステンションの素材より太く、白髪も多い。80年前に作られた人形の髪の毛、もう、この世にいない人の髪の毛…。ふふふ。。。なんとなく怖いでしょう〜???

 と、本作『鬘』の人毛ウィッグは、それだけで怖いホラー・アイテム。「死んだ人の髪の毛が売られている」は都市伝説風だが、実際はどうなのだろう?50cm以上、髪を伸ばすのは最低でも4年以上かかるはず。中国には髪を売るために髪を伸ばしている女性が数十万?人以上いることになる。(本当にいる!)どんなヒトの髪だか?謎だし、怖い(笑)ヨネェ〜。と、脱線してしまったが、「髪は女の命」がモチーフのこの映画は、哀しい3つの愛の物語でもある。姉妹、ギソク、そしてもう1人…。

◆◆◆

 古風な少女マンガのようにストーリーは流れる。『マーガレット』より『なかよし』な気分。楳図 かずおより、古賀新一風、間違っても伊藤潤二じゃない(笑)。不治の病に余命いくばくもない妹、不慮の事故で声を失った姉、芸術家の元恋人、設定だけでもフジTV系お昼のメロ・ドラマ風(牡丹と薔薇とか)。大抵はわがままな妹だが、本作の妹はとっても良い子だ。重病なのに、健気に頑張っている。そこら辺が微妙にホラーから離れているが、良い子は韓国のお国柄(チャングムとかネ)なのかもしれない。怨霊、悪鬼、妖怪、悪魔etc。、純粋悪なものは何も登場しない。物語は、極めてウェットな東洋的因果の糸にからめ取られている。

 ネタばれしてしまうので、あまり書けないが、こけおどしの音楽も控えめ、怖いシーンはない。怨霊より、病気で髪を失った妹の痩せた背中が痛々しいし、声を失い、会話出来ない姉のもどかしさも哀しい。腹が立つのは優柔不断で何も言わない元恋人のギソク。何故?ギソクが何も言わないのか?そこが物語の鍵になる。

◆◆◆

 映画の冒頭に鬘が原因の死亡事故がインフォメーションされる。それと本筋の関わりが曖昧だ。最後はあっけに取られる結末!。本作で一番怖いのは『恋』に狂うことなのかもしれない。

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March 15, 2008

耽美少女系!ホラーに論理性は無用!/『箪笥』4

箪笥/1


















●箪笥/A Tale of Two Sisters●
●監督・脚本:キム・ジウン
●原作;薔花紅蓮伝
●出演;イム・スジョン/ムン・グニョン/ヨム・ジョンア/キム・ガプス/
    パク・ミヒョン/ウ・ギホン/イ・スンビ/イ・デヨン/他
●DATE;韓国 2003年 120分

 パッケージ・デザインがレトロな少女漫画風、萩尾望都さんの『半神』を思い出した。悪夢症が悪化すると困るので、怪談系映画は自主規制していた。で、今まで未見。映画館で、ハリウッド版リメークの予告編を見た。やはり気になって、ついにレンタル鑑賞。

●あらすじ

 冷たい雰囲気が漂う病院の診察室、医師は少女に聞く「何か覚えているかい?」、少女はただ悲しい目をして黙っているばかりだった。

箪笥/2
 秋の晴れた日、スミとスヨンの姉妹は郊外にある大きな家に帰ってきた。妹のスヨンは庭にあるホウズキの実を食べ、苦味に顔をしかめる。家の近くには小さい貯水池があった。姉妹で桟橋に座り、足を水に浸す。気持ちの良い風が吹いている。

 父に呼ばれ、家に入る二人。家には二人の継母ウンジュが待っていた。継母の部屋は増築した部分にあり、姉妹の部屋は母屋の2階だった。姉のスミは自分の部屋に入り、机の中にノートを入れようとすると、まったく同じノートがある。箪笥を見ると、何着も同じ服ばかり並んでいる。スミは継母ウンジュの嫌がらせのように感じる。

 家族で食べる夕食の席でも、険悪な空気が流れる。スミは、若いウンジュは姉妹の母親になる気はなく、女として父と向き合っているのを感じていた。最初の夜、何かに怯えたスヨンは隣室のスミのベットに潜り込んできた。「私が守ってあげるからね」とスヨンを抱きしめるスミ、今度はスミが悪夢を見る。得体の知れない女の影が部屋でうごめいている。ベットの上がってきた女の足…。

 姉妹の母はすでに死んでいた。庭の倉庫から、母の残した遺品の室内履きや写真の入った缶を持ってきたスミ。写真には元気な母、医師の父、父の下で働く看護婦のウンジュが写っていた。スヨンはスミから写真をもらい、ウンジュの姿を黒く塗りつぶす。ウンジュは姉妹の部屋で破れた写真を見つけ、怒りの気持ちを持つ。ウンジュと姉妹の関係はどんどん険悪になる。だが、父のムヒョンは何も感じないようだった。ウンジュに何かの薬を飲ませるだけだった。この家には秘密がある。そして何かがいる…。>>>つづきはDVDでどうぞ!

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 ユアン・マクレガー主演『ステイ』と構造が似ており、現実と幻想が混在している。常識で時系列で物語を追っていると、???になる。ファン・サイトの解説を読んで「ヘ〜、、、ソウナンダァ〜」と思った箇所も多い。この作品は韓国では誰でも知っている古典怪談『薔花紅蓮伝』を下敷きにしており、韓国の観客には姉妹の身の上は了解済みなのだろう。

 暗がりや、台所の隙間にうごめく謎の霊は誰なのか?二人の死んだ母だとしたら、母はウンジュに殺されたのだろうか?と、推理しても仕方ないことだ。ただ、暗がりに潜む霊の姿は、心の中に棲む恐怖の象徴でしかない。霊は何も語らないし、何もしない。

◆◆◆

 家に棲む霊の恐怖を描いたものとしたら『幽霊屋敷』のカテゴリーかもしれない。幽霊屋敷は趣きが大事だ。この映画の家には、贅沢な制作費(8億ウォン/約8000万円)がかけられている。貯水池の近くの白菜畑を借り、撮影の5か月前から麦を植え、造園にもこだわったと言う。美術監督のチョ・グンヒョンさんは大学ではモダン・アートを専攻、様々でメディア(インテリアデザイン/CM/雑誌)で活躍しているアート・ディレクターであり、韓国で注目されている。彼のこだわりが随所にあり、なかなか素敵な幽霊屋敷だった。

 雰囲気のある洋館はどこか昭和な香りのするデコラディブなインテリア。あの壁紙は韓国製?日本の壁紙カタログではなかなか見ないロココな雰囲気!?欲しいと思ったのは小鳥の篭とスタンド、白い鉄製でお洒落だった(ホントに欲しい!どこで買えるんだろう?)。現在、町ぐるみで保存し、観光名所になっているそうだ。

◆◆◆

 家の魅力はさておき、主演の姉妹役イム・スジョンさんとムン・グニョンさんが可愛い。二人ともウィンクの相田翔子さん似(?)。古風な顔だち、色白の頬が儚気だ。細い手足に、少女の頃の危うい美しさを感じさせる。物語の結末は『シックスセンス』状態、あっけに取られる。幽霊話の古典的常道は勧善懲悪、この物語の結末は悲しい。また、ウンジュはどうなっているのか?気になる。悲しみが幻を見せる、後悔には恐怖が潜む。この幻は本当に悲しい。

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箪笥/3

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July 20, 2007

美青年と王様。王様って大変!?/『王の男』5

王の男/P-1



























●王の男●
●原題;THE KING AND THE CLOWN(王と道化師)
●監督;イ・ジュンイク
●原作;キム・テウン ●脚本;チェ・ソクファン ●音楽;イ・ビョンウ
●出演;カム・ウソン/イ・ジュンギ/チョン・ジニョン/カン・ソンヨン/
    チャン・ハンソン/ユ・ヘジン/チョン・ソギョン/イ・スンフン 他
●DATE;2006年 韓国 122分

 観たかったのに、レンタル店での入荷が遅くやっと鑑賞。韓国では記録的なヒットと言われた話題作。芸人と権力者、女形の悲哀、今は亡きレスリー・チャンの名作『さらばわが愛・覇王別姫』への深いオマージュを感じた映画だった。あらすじと感想など…。

●あらすじ

16世紀、燕王君の頃。 両班(貴族=李氏朝鮮で科挙を受けることの出来る階級)の屋敷、招かれた旅芸人の一座が仮面劇を演じていた。両班階級を皮肉った内容を、邸宅の主人は苦々しく観ていた。芸人の中に一人の女形がいた。彼の名前はコンギル、美しい姿はどんな美女も霞むような美青年だった。夜のこと、邸宅の主人はコンギルを呼ぶ。コンギルは男娼のようなこともさせられていた。コンギルとは幼い頃から一緒に育ったチョンソンは、コンギルが男娼のようなことをさせられることに我慢が出来なかった。その晩、チョンソンはコンギルと一緒に一座を逃げ出す。逃げる時にコンギルはチョンソンを助けるために人を傷つけてしまう。

 二人が目指したのは、王のいる漢陽の都だった。金のない二人は都の芸人に勝負を挑み、見事な芸を見せる。チョンソンは都一番の芸人になっていく。演目はどんどんエスカレートし、悪王として評判の燕王君と側室を揶揄したものになる。チョンソンの芝居を輿の中から見る男がいた。彼は王に使える高官だった。

 チョンソンたち一座は王を侮辱した罪で逮捕される。「罪を免れるには王を笑わすことだ。」と高官にいわれ、チョンソンたちは王の前に引き出される。美しい衣服で踊る妓生(キーセン)や楽士たち、その中でチョンソンたちの一座はボロを纏い、みすぼらしいものだった。シーンとする宮廷の庭で、チョンソンとコンギルの芝居が始まった。無表情で見つめる王の不機嫌な顔、果たして王は笑うのだろうか?二人の運命は、国の命運と重なっていく…。>>>つづきはDVDでどうぞ!!

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王の男/2

















 以前、仮面の美術展に行ったことがある。アジアには古くから仮面劇の伝統がある。日本でも能や雅楽、神楽など、仮面劇が古くから行われてきた。仮面で演じるのは主に、神を演じること、そして権力者を演じること。それは身分の低い芸人が違う何者かになることを意味する。その美術展で朝鮮半島の仮面を見た時に、強い衝撃を受けた。それは権力者階級の仮面の醜さ、農民階級の仮面の悲しさだ。

 チョンソンの被る仮面は赤ら顔で顔中吹き出物が描かれた下品なものだ。高い帽子を被ったこの仮面は横暴な両班の旦那を表すもの。両班は官吏になることの出来る身分だが、その横暴で特権的な行動は、数々の悲劇(気ままに女は陵辱、平民の金や財物を取り上げる)を産んでいる。平民やそれ以下の賤民階級から見れば、両班は悪魔悪鬼のような者だったのかもしれない。勿論、芸人は賤民階級(奴婢、白丁、僧侶、妓生、巫堂など)になる。

◆◆◆

 日本語題名『王の男』は、良い題名かもしれないが、原題の『王と道化』の方が、物語の本質が判りやすい。シェークスピア戯曲などでも判るように、道化は王の側にはべり、誰も言えないような本質を王に告げる。その生死はすべて王の機嫌1つでしかない、身分の低い立場ながら、王は道化の本音を愛するのだ。それは建て前しかない、宮廷の重苦しい空気の中で、道化だけが王の魂を癒すことが出来る存在なのだ。

王の男/P-2
 最初は両班への皮肉を演じていたチョンソンは、王のいる漢陽に出たことで、王と側室の噂を演目に選ぶ。王が皇后をないがしろにして妓生(日本の芸者さんのような女性)出身の側室を寵愛していること。その側室が生んだ王子は、内官(王の側にいる宦官)の子供だという噂…。それはシモネタ=下品で露骨なものだ。大らかな笑いと言うのだろうが、日本の大道芸文化とは異質な笑いなのが、興味深かった。

◆◆◆

 物語に登場する燕王君は朝鮮王朝の中で暴君として名高い王様だ。『宮廷女官 チャングムの誓い』の中、チャングムのお父さんが宮廷を去ることになった原因は「燕王君の母親を毒殺する役目に参加した」ことだった。この毒殺事件は本作『王の男』の中でも、劇中劇(扮装が『覇王別姫』風だった)で大きく取り上げられている。燕山君追放の謀略で、幼いチャングムはお酒を運んでいた。チャングムファンの人はきっと覚えているシーンだ。チャングムを深く愛した王様は、『王の男』の燕王君の異母弟になる。

 最近、イ・ヨンエ主演の『キム尚宮/原題;西宮』を観た(感想はのちほど)。この『キム尚宮』も宮廷もので、宮廷の裏幕が事細かく判る。李氏王朝は任命権は明にあり、両班出身の官吏は王の言いなりにならない。日本の徳川幕府や天皇とは、別物の王朝なのだ。

 また、『王の男』の燕王君の母親は側室だった。側室の子供はたとえ皇子であっても差別を受けていたらしい。両班階級では側室の子供は科挙を受けることが出来ない。どんなに有能でも側室の子供は官職に就けないのだ。だから燕王君は、常に重臣に馬鹿にされていたように感じていたのは、想像することが容易い。

◆◆◆

 本作『王の男』では、美しい女形コンギルと彼を庇護しながら深く愛するチョンソンの関係が物語の骨子。だが、物語の影の主役は二人を宮廷に招いた輿の重臣に他ならない。彼は最初から、結末を予想して二人を宮廷に入れている。その意味では、チョンソンとコンギルは歴史の犠牲者だ。

 下品なシモネタ系が苦手な人には、キツイ部分もあるが、身分制度に縛られる封建制度の息苦しさと、王であることの辛さと難しさ、孤独、男女を超えた愛の深さetc.、『王の男』はさまざまは事を考えさせられる佳作だと思う。寝屋でコンギルと王が遊ぶ影絵や人形劇が、なんとも哀しい。

 映画らしい潤沢に予算を使った宮廷セットが見どころ。朝鮮美術の真骨頂“原色”が多用され、廃退的な雰囲気を醸している。『チャングムの誓い』『キム尚宮』などはTVドラマなので、ロケが多く、宮廷内の様子も低予算であまり豪華ではないが、『王の男』では衣服やインテリア、王宮etc.、どれをとっても美しく、興趣深い。

 コンギル役イ・ジュンギの美青年ぶりは必見!王様って辛い(泣)。


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王の男/1



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March 21, 2007

武侠で笑う!美男美女系コメディ!/『剣客之恋』アンディ・ラウ主演4

ネズミと猫/2
●剣客之恋/(老鼠愛上猫)●
●英題/Cat & Mouse
●原作;三侠五義
●監督:陳嘉上(ゴードン・チャン)
●出演:
 劉徳華(アンディ・ラウ)
 張柏芝(セシリア・チャン)
 黄秋生(アンソニー・ウォン)
 李冰冰(リー・ピンピン)他
●DATE;2003年 香港 92分

 レンタルで鑑賞。近年、アンディ・ラウは渋めな役が多く、武峡系では白髪のカツラを被った悪役も演じている。アンディは本当に良い人なので、悪役アンディはなんとなく似合わない。本作は時代劇コメディ、こんなに能天気でニコニコした二枚目役は珍しい。彼本来の優しい素顔が画面から伝わるようだった。さて、どんな映画かと言うと…。

●あらすじ

 北宗時代、名判官と名高い包拯の手腕で、時世は治まり、皇帝は呑気に歌舞を楽しんでいた。包拯の裁判所には訴訟する者もなく、三侠として名高い剣の達人展昭も閑を持て余していた。友人でもある包拯に勧められ、展昭は休暇ととって、久しぶりに江湖に帰る。10年の歳月は名高い剣客だった展昭を忘れるには十分だった。江湖で一番人気の無芸者は“五鼠(五義)”の末弟“錦毛鼠”。展昭の目の前で“錦毛鼠”は、老人をいたぶる高利貸しを撃退する。展昭は侠気(正義感)のある錦毛鼠(白玉堂)とすっかり意気投合し、義兄弟の契りを結ぶのだった。その晩、錦毛鼠は高利貸し(皇后の実家)の家に盗みに入り、屋根の上で見物していた展昭は包拯などの政府要人の暗殺計画を書いた紙を見つける。

 休暇から戻ると裁判所から“三宝(王家の宝)”が錦毛鼠に盗まれる。宝を取り返した展昭は、周囲の勧めで皇女(王の義妹)月華と婚約をし、御猫の称号を貰う。暗殺計画は皇后の横槍でうやむやにされてしまうのだった。月華と一緒に展昭は五鼠の本拠地に乗り込む。義族錦毛鼠は展昭の説得に応じ、王に仕えることになるのだったが…。>>>つづきはDVDでどうぞ!

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ネズミと猫/1

 4年前のお正月に香港で大ヒットした作品。ぼ〜っと見ていると「これは何…(絶句)」的な映画なのだが、真面目に筋を追うと意外と面白い。それもそのはず、中国ではポピュラーな武侠(侠義)小説『三侠五義』が原作。“中国古典文学大系〈48巻〉三侠五義 (1970年) ”に収録されており、以前、図書館で借りて読んだことがある。本作『剣客之恋』では、“包拯は色が黒い(ドーランで塗っていた)”や“五鼠兄弟の得意技”など原作に沿っているが、別のお話になっている。

 『三侠五義』は古い講談話で、最初は本当に猫と鼠の話だったらしい(?)。最初は、大岡裁きの包拯中心の話だった。だんだんと、魅力ある脇役が活躍する枝葉が増え、清朝に『三侠五(七)義』して成立する。日本での単行本は絶版で入手困難。秋田書店プリンセスコミックス『北宋風雲伝』は『三侠五義』をほぼ忠実に漫画化したものがあり、これは書店で入手できる。

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 NHKBSなどで、大昔の日本映画を特集することがある。白黒の昭和30年初頭の映画だ。美空ひばりが男装、二枚目俳優(若い頃の勝新太郎や大川橋蔵など)と、唄あり踊りありのラブロマンスだ。最後はハッピーエンドがお約束。本作『剣客之恋』は、そんな古い大らかな時代劇を思い出す。最初のシーン、京劇風の動きで笑え、男同士で仲良く入浴で笑え、剣舞の動きで笑える。呑気な二枚目全開(笑)のアンディのコミカルな演技が秀逸、そして、アクションでは格好良い殺陣がちゃんと用意されている。

 相手役は『プロミス』のセシリア・チャンとリー・ピンピン、タイプの違う美女が魅力を振りまく。セシリアは宝塚系の男装(笑)、ピンピンは中原淳一さんの描く乙女風、どちらも古風な趣きがある。アンディだって、古いタイプの二枚目だ。冬の北京で撮影したと言う、都の様子は重厚で北宗の雰囲気が出ている。また、実際に寒いらしく、アンディは毛皮の帽子を被っているのだが、猫耳風の飾りがあって、これがまた可愛い。

 『少林サッカー』の付けヒゲもムリムリ(笑)だったセシリアは、今回も付けヒゲ姿。どう見たって女なのに、男だと思い込む展昭(!)、あれこれ突っ込みどころはあっても、気にしないで、華仔(アンディ)の可愛い笑顔を堪能すれば良いお気楽映画だ。

 ついでに中国の古典『三侠五義』に親しもう!。
 ※大きな図書館なら大抵ある全集(中国古典文学大系/平凡社)です。

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ネゥミと猫/3

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March 19, 2007

怪物の正体?アメリカは悪の帝国か?/『グエムル-漢江の怪物』5

グエムル/2


●グエムル-漢江の怪物●
●監督;ポン・ジュノ
●出演;ソン・ガンホ/イム・ピルソン/イ・ドンホ/コ・アソン/
    ピョン・ヒボン/イ・ジェウン/ペ・ドゥナ/パク・ヘイル
●DATE;2006年・韓国 120分

 レンタルにて鑑賞。一昨日『トンマッコルへようこそ』を紹介した。今回も悪いのは米軍。日本人はアメリカ大好き!たとえ、悪いことがあっても「米軍は悪い!」とはっきり言えない(多くの場合)。また、日本は極度に管理されており、一般人や学生の武装デモは絶滅してしまった。近くて遠い国“韓国”、この国の人は激しく抗議する。北との関係、米軍駐留、常態化の不安は“怪物”になった。さて、どんな映画かと言うと…。

●あらすじ

 2000年、米軍の実験室で大量のホルムアルデヒドが廃棄される。廃棄されたのはソウル市内を流れる漢江(ハンガン)だった。それから6年の歳月が流れる。

 2006年、市民の憩いの場になっている漢江のほとり。売店を営むパク家の主人とカンドゥは、スムメを焼いたり、ビールを売ったり大忙しだ。長男のカンドゥは、幼少時代の栄養不足で眠り病を患っている(らしい)。カンドゥの妹ナムジュはアーチェリーの有力選手、カンドゥの弟ナミルは大学を出たが、就職先が見つからず無職で酒ばかり飲んでいる。一家はカンドゥの一人娘ヒョンソ(中1)が可愛くて仕方なかった。

 TVではアーチェリー競技が中継され、ナムジュが準決勝まで勝ち進んでいた。店番をさぼりカンドゥはヒョンソと一緒にTVを見ていた。その時、漢江では、不思議な生物が目撃される。水の中にいる生物を「イルカだ」と大喜びし、菓子を川に投げたりしている市民…。だが、陸上に姿を現わしたそれは、見たこともない奇怪な怪物だった。

 逃げまどう市民を次々と襲う怪物。カンドゥは勇敢に怪物に立ち向かう。だが、巨大生物は何も感じない。ただ獲物を追って行くのだった。カンドゥはヒョンソを手を握って、必死に逃げた。だが、後ろを振り向いたカンドゥの見たものは…。>>>つづきはDVDでどうぞ!

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 最初の米軍実験室のシーンは、少し古い東映怪獣映画の雰囲気が漂っていた(笑)。公開当時、汚染物質によって生まれて怪物を描いた『パトレイバー』の中の作品との類似性を指摘された。とやかく言うむきのあったようだが、無数の映画、小説、コミックが量産される現在の状況の中、先行作品との類似性を探すのは簡単だ。そんな風評に、この作品のオリジナリティ/完成度は、少しも損なわれない。

 「世界中を汚染しているのは“アメリカ合衆国”だ!」と、大きな声で言える制作者サイドの心意気が良い。ベトナムは毒性の強い枯葉剤散布を受けた。結果、3世代もつづく悲劇(奇形児の出産)がある。混乱のつづくイラクでは、劣化ウラン弾の放射能汚染で白血病患者が急増している…。『グエムル-漢江の怪物』は、そんな悲劇の視覚化ではないか?怪物は、今も見えない敵となって、戦争被害者を襲っているのだ。

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 本作『グエムル-漢江の怪物』はカンヌ映画祭で大絶賛を浴び、韓国歴代動員数1位を記録している。大山椒魚が巨大化したような恐ろしい怪物の造型は、『ロード・オブ・ザ・リング』『キング・コング』などを手掛けているニュージランドの“WETAワークショップ”が担当。ハリウッドからは『デイ・アフター・トゥモロー』『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のVFXを手掛けた“オーファネージ/The Orphanage ”が参加している。監督ポン・ジュノさんは若干36歳!、若い才能を世界一流のクリエーターがサポートしている訳だが、この贅沢なセッティングを実現したプロデューサーの辣腕に拍手だ。

 実写画面と怪物の合成はライティング設定が若干粗く、少し不自然な点はある、だが、その不自然さが怪物の非現実性を強調し、恐ろしさを倍増させている。『リトルショップ・ホラー』の花のような口、6本の手足、自在に動くカメレオンのような長い尻尾、蜘蛛猿のように移動する身軽さ、餌を貯蔵する知恵etc.、どれをとっても近年の怪物の中では出色の出来だ。終わりのシーンの印象では、続編がありそうな余韻があった。あの怪物はまた見たい。

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 本作は、怪物ホラー、パニックだけの物語ではない。怪物に連れ去られたヒョンソを救出するために、パク一家の必死で頑張る姿は胸が熱くなる。徴兵制がある韓国のこと、祖父もダメ父のカンドゥのライフルを扱え、学生運動経験者のナミルは上手(?)に火炎瓶を作る。この武装スキルは平和ボケしている日本ピープルにはまったく無い(汗)。

 また本作での米軍の動きも、裏の陰謀が露骨な雰囲気。ウィルス除去の薬品散布より、「怪物退治が先決だろう!」と突っ込みを入れたくなる。こういった部分で『反米映画』と安易に判断するのは早計、物語の中の仮想敵国として、現在の米軍が扱い易いだけだ。第二次世界大戦ではナチスが悪役、中国映画で変な日本人悪役が登場する。悪役米軍はそれと同じようなもの(笑)。あからさまに現政権を悪役にするほど、アジアの民主化は進んでいない。

 ユーモアがあり、怖くて、泣ける!続編を期待!

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グエムル/1

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March 17, 2007

ジブリ・チャイルドのユートビア幻想/『トンマッコルにようこそ』4

トンマッコル/1

●トンマッコルへようこそ●
●監督;パク・クァンヒョン
●原作;チャン・ジン
●音楽;久石譲
●出演;シン・ハギュン /チョン・ジェヨン /カン・ヘジョン /イム・ハリョン/
    ソ・ジェギョン/スティーヴ・テシュラー /リュ・ドックァン 他
●deta;2005年 韓国 132分
●image;(C) 2005 Showbox/Mediaplex Inc.

 新作レンタルで鑑賞。公開当時の朝日新聞映画批評は好感の持てる内容だった。韓国では800万人の観客動員で、人気投票でも上位になっている。娯楽に徹しきれないメッセージ性が『トンマッコルへようこそ』にはある。その部分が受け入れられるか?理解出来ないか?で、本作の印象は大きく違うだろう。さて、どんな内容かと言うと…。(感想の多少ネタバレ含みます。未見の人は御注意ください。)

●あらすじ

 1950年9月、朝鮮戦争下の朝鮮半島。仁川に上陸したアメリカを中心とした連合軍は、北朝鮮人民軍を掃討しながら、進撃を続けていた。攻撃のさなか、多くの民間人が犠牲になった。

 江原道の山奥、上空、北の補給路を攻撃するために飛行中の米軍機のパイロットは、飛行中綺麗な蝶を見る。蝶に惑わされ飛行機は墜落してしまう。

 退路を絶たれ、山奥に逃れた人民軍の小隊があった。「負傷者を殺して逃げよう」と言う士官の言葉を隊長は遮った。ほとんどの兵士が傷付いている。その時、物陰に隠れたいた連合軍の攻撃が始まった。ほとんどの兵士が死に、隊長と2人の兵士が岩山へと逃れることが出来た。3名は不思議な少女に遭う。

 戦闘中にはぐれた衛生兵が竹林の中を彷徨ってた。そこで自殺しようとする兵士を見つける。自殺を思いとどまった兵士と衛生兵は、薬草採りの村人に遭う。

 案内された村は『トンマッコル村』、トンマッコルとは“子供のように純粋な”と言う意味だった。その名前通り、村人は自給自足、戦争とは無縁、政治や歴史とは無縁な暮らしをしていた。この村で米軍兵士、北の兵士、南の兵士、6名は武器も知らない村人と暮らすようになる。>>>つづきはDVDでどうぞ!

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トンマッコル/2
 パク・クァンヒョン監督はCMを中心に活躍するクリエーター。劇場映画は『トンマッコルへようこそ』が最初だそうだ。村の娘ヨイルが登場する森のシーンは、透明感と清涼感で極めてCM的。細部にこだわった優れた映像処理がなされている。トンマッコルへの小道には奇妙な人形が飾ってあり、「あれ?」と思った。宮崎駿監督『千と千尋の神隠し」の隠れ里を思い出したのだ。パク・クァンヒョン監督はジブリ作品の大ファンなのだそうだ。

 音楽は宮崎アニメに欠かせない久石譲さんが担当。ゆったりとした曲調、フル・オーケストラとピアノは久石ワールド。宮崎作品のあの作品で使ったあの曲、あの曲…と、既知の曲想に似ているものもある。だが、問題なく心地良い。

 彼の音楽とジブリ作品は1セットで、脳内インプットされている。本作『トンマッコルへようこそ』は実写版宮崎アニメのように感じる点(戦闘機、わやわやした住民、不思議な森、イノシシ、隠れ里)が多々あった。それを模倣と感じるか?、宮崎監督へのリスペクト(尊敬)と感じるか?で、作品の印象が大きく変わるだろう。私は若い監督のリスペクトと感じ、とても面白かった。

■■■

 原作は大ヒットした舞台劇、韓国では2005年興行収入NO.1、その年の映画賞を総なめにしている。朝鮮半島での戦争は、60年近く終結していない。現在は、単に休戦中に過ぎないのだ。兵役が義務化され、国境周辺では常に緊張した状況、北のミサイルが主要都市を攻撃するかもしれない恐怖!?その国民的なストレスは、お気楽な日本人には判らないものがある。南北分断の悲劇は今も続き、半島に軍事介入した大国への憎しみは消し去ることが出来ない。それは、チャン・ドンゴン主演『タイフーン』でも同様だった。

 トンマッコル村の人たちは武器を知らない、肉を食べない、イノシシを退治できない(「目を殴ってやれば、イノシシは仲間に村で行ってはいけないと言うだろう」)、現実的には「アリエネ〜」な設定だ。だが、本作はファンタジー系(寓話)、そこで突っ込みを入れていたら、物語が成立しない。

 村=理想郷、戦争=現実と言う図式の中で、兵士たちは人間らしさを取り戻していく。だが、物語の最後は、奇妙にリアルな戦闘シーンが続く。「めでたし!めでたし!」を期待していた観客は、「やっぱり悪いのは、アメリカなのさ」と言う映画の進行に、背筋が寒いような歴史の悲劇を感じて、うっかり楽しんでいた身の不幸に打ちのめされるのだ。

 戦争とユートビアは共存できないのが宿命なのだ。

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