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<title>活字はこう読む？　雑・誌・洪・積・世</title> 
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<modified>2012-05-19T14:39:23Z</modified> 
<tagline><![CDATA[　　　真実は活字にはない。あるのは人の意志。　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　
　サブ・カルチャー好きの情報スクラップ。雑誌・書籍・テレビ・映画etc、氾濫する情報から、毎日何かを考えます。パスカル曰く『人は考える葦である』。ご一緒に『？=ハテナ』しましょう！]]></tagline> 
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<copyright>Copyright (c) 2012, moondrop_aco </copyright>
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<title>地続きの彼岸より</title> 
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<modified>2011-10-24T15:53:04Z</modified> 
<issued>2011-09-30T02:19:02+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52041131</id>
<summary type="text/plain">親友から

「人ごとのようにブログ書いてるよね～」
「本人とまったくイメージが合わないよね～」

と、云われたのは昨日の朝のこと。

◆◆◆

　不幸と云うできごとに
　ある一定の法則があるのなら、
　私は不幸な出来事だけで
　人生の半分は構成されている...</summary> 
<dc:subject>夢・象徴・分析</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52041131.html">
<![CDATA[親友から<br>
<br>
「人ごとのようにブログ書いてるよね～」<br>
「本人とまったくイメージが合わないよね～」<br>
<br>
と、云われたのは昨日の朝のこと。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　不幸と云うできごとに<br>
　ある一定の法則があるのなら、<br>
　私は不幸な出来事だけで<br>
　人生の半分は構成されている。<br>
<br>
　だが、本人は余りに不可思議な不幸の連続なので、他人事のようにさまざまな災いを眺めている。８月末に火事を発見し、人命救助をした。その翌日から３件の火事を目撃して。目の前で車が衝突したこと=いっぱい。運転していると、頭上で必ず大型の鳥が旋回していく。子供は私を不思議なもののように見る。泣く訳ではなく、言葉をかけると異様になつかれる。<br>
<br>
　そんなこんなで、不幸団子な私は意外と毎日楽しく暮らしている（らしい）。お金はないので、療養費を借りようと診断書をお願いしたら、診断書が先生の机の上から紛失し、申請がどんどん遅れていく。父の中皮腫公務災害の申請は、担当者が４月に転勤になり振り出しに戻り、再度の診断書は３ヶ月も待っているのに、病院が書いてくれない。ついには都内のユニオン系のNPOに相談することになった。なんだか全国的にも重要な事案なんだそうだ（汗）。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　生活苦ってほど苦痛じゃないが、実際、笑っちゃう程、現金がない。私自身はまだHCVの公的援助治療中で普通の就職は出来ない（病人＆年だしね～）。心の友の鸚鵡は死んだし、子猫は悪性リンパ腫で死んだし、犬くんは悪性貧血の難病にかかり、猫は大怪我して縫合手術から半年経過している傷は治らない。<br>
<br>
　仕方ないので６月から自営の再開準備をしていた。<br>
<br>
　毎日、朝帰りに付き合わせていたら、当たり前のように弟は発狂し、次は家に泥棒的なものは入り込み、これでもか！って感じで、書けないような出来事が起こる。<br>
<br>
　そんな不思議極まり日常を送っていると、<br>
<br>
　私はもう本当は死んでいるのではないのなか…と思ったりする。<br>
　ここは小さい不幸が毎日起きる小ちゃな地獄なんじゃないのかな…。<br>
<br>
　ナ～ンテ思うのも、一種の楽しみのようなものだったりする。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　そんな毎日の続く中、父が死んで１年経った。<br>
<br>
　昨晩、こんな夢を見た。<br>
<br>
　今はもうない茶の間の父の定位置に父が元気な様子で座っている。お稲荷さんを食べている。食事の前に、間食する習慣があり、お稲荷さんは好物だった。私と弟は、死んだはずの父のあまりに普通の様子に驚きながら、<br>
<br>
「お父さん、死んだの覚えている？」<br>
<br>
と訊いてみた。<br>
<br>
父は<br>
<br>
「お父さんは元気だよ」<br>
<br>
と答える。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　やっぱり、ここはあの世とこの世の中間なんだな<br>
<br>
そんな風に実感した。親も死んで、長年心を慰めてくれた動物も死んで、毎日暮らす現金にも事欠いていても、肉体を失うまで何かしらの形で命を維持していかなければならない。でも、何があっても、<br>
<br>
なんていうこともなし<br>
<br>
と思うのかもしれない。<br>
<br>
彼岸とこの世が歩いて続いているような…、そんな気持ちが最近確信に変わっている。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　とりあえず、私は明日も生きるための雑用と金策に奔走する。<br>
　それまで、寝ておこうかと、人ごとのように考えるのだった。<br>
<br>
　うふふ、、、、、。<br>
]]> 
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<name>moondrop_aco</name> 
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<title>貧困と裕福の中有</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52034760.html" />
<modified>2011-09-18T07:54:46Z</modified> 
<issued>2011-08-27T12:08:06+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52034760</id>
<summary type="text/plain">タイトルは格別な意味はありません（笑）。

　これまでに経緯～～～～

　昨年の9月に家長だった父が死んだ。

　それから11ヶ月、８月になり市役所から税金に関する各種郵便が来る。

　死んだ父への未納税金分督促状の宛名が弟の名前だ。日本の戸籍法では、妻が死...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52034760.html">
<![CDATA[タイトルは格別な意味はありません（笑）。<br>
<br>
　これまでに経緯～～～～<br>
<br>
　昨年の9月に家長だった父が死んだ。<br>
<br>
　それから11ヶ月、８月になり市役所から税金に関する各種郵便が来る。<br>
<br>
　死んだ父への未納税金分督促状の宛名が弟の名前だ。日本の戸籍法では、妻が死んでいる場合、長男が代表相続人となる。その法律のために、父は3歳で一族の代表相続人。結果、骨肉の財産分与騒動勃発。その体験から、父は財産を、争いの種のように忌み嫌っていた。潔いもので、死後の貯金は0円！。そんなこんなで、知的障害の弟を代表相続人にしても、相続すべき財産は老朽化した古い家。築100年超え。土地は借地（笑）なんだナコレが。<br>
<br>
****************<br>
<br>
　税金の計算と云うのは、毎年６月に課税額が確定するらしい。<br>
<br>
　昨年と同じ額で、各種税金=固定資産税に住民税、県民税、国民健康保険などなど、おおむね４月からお知らせがくる。自分の貯金を切り崩し、借金もし、やりくりしながら支払っていく。<br>
<br>
　督促状が弟宛名も気の毒。私を戸主に変更し、代表相続人も私の名前で変更を届け出た。その届け出をしても、弟宛に税金の督促状は舞い込む。払い過ぎた税金の返納金振り込むも弟の口座宛。市役所とコンピュータ～（古）は、各部署の連動が出来ていないらしい。その連動が出来ていないところで訳の判らないことが色々と起こる。<br>
<br>
　今回の葉書は高額医療費の還付のお知らせ。<br>
<br>
*****************<br>
<br>
　現在、C型肝炎治癒のためのインターフェロン治療をしている。<br>
 　県の補助金で上限10000円の医療費を負担。<br>
<br>
　当然、医師の診断書と申請書類を保健所に提出し、<br>
　肝臓治療専門家の審査を経て、<br>
　認定されれば、治療用の保険証と<br>
　支払い医療費を書き込む手帳が届く。<br>
<br>
　手帳が届いても、その月は月末まで通常の支払いをしなければならない。医療費の計算は月末締めだからだ。65000円ほどの自己負担。55000円ほど返ってくる予定。7月10日頃に還付申請書を提出。返金は８月末になるらしい。この間の計算は、都内某所医療保険計算総合センター的な場所で計算され、２ヶ月後ほどで、各市担当部署に高額医療還付該当者の名簿が返送される。<br>
<br>
********************<br>
<br>
　なんだか、該当されちゃった訳で、これが面倒。<br>
<br>
　高額医療費の還付申請=申告期間はたったの5日間。領収書をかき集める。HGV治療補助は、通常は県補助分。？？？（納得いかないマーク）なので、地域保健所に問い合わせる。担当者も？？？。県予防保健課に問い合わせる。？？？な部分が残る。<br>
<br>
　市役所の国民健康保険の担当者に保健所の指示を伝えるが、<br>
<br>
「前例がない」<br>
<br>
と云われる。<br>
<br>
********************<br>
<br>
健康保険の自己負担計算は下記の計算式に当てはめられる。<br>
<br>
●上位所得者→１５万円＋（医療費-５０万円）×１％<br>
　　　　　　（多数該当限度額８万３４００円<br>
<br>
●一般所得者→８万１００円＋（医療費-２６万７０００円）×１％<br>
　　　　　　（多数該当限度額４万４４００円）<br>
<br>
●低所得者　→３万５４００円（定額）<br>
　　　　　　（多数該当限度額２万４６００円）<br>
<br>
*********************<br>
<br>
　結果を云えば、私の世帯の所得が<br>
<br>
　父の死や弟の離職などの理由で、<br>
　低所得者カテゴリーに６月から変更になったらしい？？？。<br>
<br>
　「前例がない」と云われたのは、高額の医療費がかかるC型肝炎の治療を受けた低所得者は市内にはいなかった＠＠と云うことらしい。<br>
<br>
　不明点が多く、県の予防保健課に問い合わせてみた。電話で丁寧に説明してくれるが、お互い数字のことなので混乱した話になる。毎日県庁近くに通っているので、県庁に行くことにした。医療費領収書を見ながら説明してもらった。上記の計算式に当てはめても、420円ほど合わないらしい。<br>
<br>
「どうもありがとうございます」<br>
<br>
　お礼を云って辞去する。<br>
<br>
　群馬県職員の皆さんは感じの良い人が多い。沢口靖子さんに似た奇麗なお姉さんだった=キャリア。<br>
<br>
*********************<br>
<br>
と辞去する迄40分ほど。<br>
<br>
　弟は待ち合い用展望室。この40分が次のトラブルを呼ぶことになるとは…。<br>
<br>
　な～んて、判っていたのだが、運命とはそんなものだ。<br>
<br>
　次は「弟発狂！？」に続く。<br>
<br>
]]> 
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<title>最大の難関=弟と言う血縁介助</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52033270.html" />
<modified>2011-09-01T08:30:49Z</modified> 
<issued>2011-08-19T04:05:15+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52033270</id>
<summary type="text/plain">新しい仕事が動き出した。

　店舗予定の事務所の移転作業がほぼ終了。
　地元信用金庫の担当さんと、融資面談した。
　起業融資が決まれば、工事が始まる。

　他人に使われる仕事は、ある程度=労働基準法的ルールの下にある。

　だが、自営業、個人経営者になると...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52033270.html">
<![CDATA[新しい仕事が動き出した。<br>
<br>
　店舗予定の事務所の移転作業がほぼ終了。<br>
　地元信用金庫の担当さんと、融資面談した。<br>
　起業融資が決まれば、工事が始まる。<br>
<br>
　他人に使われる仕事は、ある程度=労働基準法的ルールの下にある。<br>
<br>
　だが、自営業、個人経営者になると言うことは、雇用で関わってくれる人の賃金分働くことであり、家賃や光熱費、仕入れに各種必要経費を確保しなければならないと言うこと。開店し、軌道に乗る迄、速くて半年。じっくり構えていれば１年。その顧客づくりの期間に、焦らず、仕事の品質を磨く努力が出来れば、生き残れる確率は上がる。<br>
<br>
　正直、人生最大の正念場だ。<br>
　来年の５月までHCVの治療もある。<br>
　余分な労力を使いたくない。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　1歳半の時から、弟がいた。<br>
<br>
　産まれたばかり、赤黒い顔を見て、私は大声で泣いた。宿業、試練の槌、母を奪うもの=そんな恐怖があった。とにかく、泣いた。<br>
<br>
　以来、「見事な攻撃だ！」と思える程、災難と病気と怪我と事故が続く。医療のお世話になりつつ、齢50歳を越えた。その弟がトイレと風呂以外、寝ている時も数m以内にいる。雇用されていた会社に行かなくなり、20kg体重が増加。鬱病なので=何もしない。車の運転も出来なくなった。これから、どちらかの寿命が尽きる迄、生活介助していくのか？それでも良いと思っていた。だか、現実は福祉融資の受ける事も出来ず、勿論生活保護の選択肢はない。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　今日も事務所からの帰宅は午前3時。<br>
<br>
　勤務としては、異様な状態。弟が薬の影響で午後1時まで起きない。すべき仕事の半分も出来ず、清掃が終わると、深夜。今日の帰路、一時的なグループホームへの入所を提案してみた。期間は仕事が軌道に乗る迄の１年ほど。場所は事務所の数キロ以内（自転車で来ることの出来る距離）。丁寧に説明してみた。<br>
<br>
　結果、怒らせた。<br>
<br>
　一生、縁を切るような剣幕で怒っている。同じシーンを幾度も経験している。弟は自分の障害年金で私の生活が維持されていると思い込んでいる。障害者年金は障害者個人の生計を維持するにも足りない金額。私は自分の多少の仕事と蓄えで生活している。この誤解は、幾度言っても理解されない。理解力がないのも、彼の障害だ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　姉と一緒にいつもいる。<br>
　何もしないでも良い生活。<br>
　寝ているか、DSを見ている暮らし。<br>
<br>
　それが、良い訳がない。<br>
<br>
　どうすれば、弟が健康に幸福に暮らせるのか？。私がすべきことを放棄しない方法はあるのか？。何か方策を考えるしかない。「何もしたくない」と言う50歳の肥満児をどうすれば良いのか？。来年の今頃、彼は何をしているのだろう…。<br>
<br>
　私は自分の職場で働いている。<br>
<br>
]]> 
</content>
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<name>moondrop_aco</name> 
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<entry>
<title>晩飯義侠団の日々</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52033081.html" />
<modified>2011-08-20T22:21:34Z</modified> 
<issued>2011-08-18T03:52:19+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52033081</id>
<summary type="text/plain">さっき帰ってきました^^。って2時過ぎ。

　いつもより2時間早い帰還＠＠。事務所のある前橋市から自宅の安中市（といっても旧碓氷郡）は32kmの距離がある。昼間の移動は90分近くかかることがあり。うっかり途中買物などしていると半日終わってしまう。仕事の内容は？？？...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52033081.html">
<![CDATA[さっき帰ってきました^^。って2時過ぎ。<br>
<br>
　いつもより2時間早い帰還＠＠。事務所のある前橋市から自宅の安中市（といっても旧碓氷郡）は32kmの距離がある。昼間の移動は90分近くかかることがあり。うっかり途中買物などしていると半日終わってしまう。仕事の内容は？？？？？。クリスマス頃に全貌が明らかになるらしい（人ごとっぽい言い方^^)。<br>
<br>
************************<br>
<br>
　まず、この仕事の発端は6月に友人のデザイン事務所に遊びに行ったことから始まる。最盛期は社員８名で活気の溢れた事務所が荒れ果てて乱雑になっている。事情を聴けば、デザイン設計建築費を未払いされ、気づいたら多額の借財を抱えてしまったとのこと。そんな中、友人の父上が急死。まだ建築費のローンが残るマンションを友人は相続した。マンションは以前は大手企業が社員寮かわりにまとめて部屋借りをしており、満室に近い状況だった。長引く不況で社員寮部分が空室となり、全体の半分が空き室に…。<br>
<br>
　マンションを満室にすれば、今の苦境か抜け出せる。そのマンション満室化企画が、思わぬ方向に転がった。住空間を考えるライブラリーを付設したカフェと洋書雑誌のショップ、ドッグ連れ可のガーデンを作ることになった。場所はマンションの１Fと２Fの張り出し部分に増設されたデザイン事務所部分、裏庭の空き地。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　雑談から、企画ミーティングに変化したのは、6月１週。6月18日に私個人の事務所改装する予定で購入した家具や書棚などを103号室に運ぶ。友人のデザイン事務所を101号室に移転しなければならない。事務所を空にして改装。カフェが開店するまで、仮の打ち合わせ室が必要だった。カフェ開店後は私の個人事務所になる予定。<br>
<br>
だった、だったのだが…。<br>
<br>
　いつも誰かが、和んでいる。猫まで２匹いる。ついでに金魚も飼う予定（汗）。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　そんな状態になってしまったのは、カフェメニューの打ち合わせ。<br>
<br>
　私は見た目不器用そうに見える（らしい）。先天的な左利きを無意識に右手使いをしていて、今も両手を使ってしまう。それが他人にはひどく不器用に見えるのだと思う。25歳の頃「プロ向けの調理専門学校に通っていた」と話しても、まったく信用されない。<br>
<br>
「実際、作ったものを食べてみないと判らない」<br>
<br>
と、からかわれつつ、挑発され、うかうか作ってしまった。<br>
<br>
　作り始めると、大人数で食べる食事を作るのが楽しくて仕方ない。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　6月下旬から、毎日スタッフ全員5人で夕食の食卓を囲んでいる。<br>
<br>
　昨晩は友人のお嬢さんも参加し、6名。大量の料理があっと言う間に、胃袋に消えて行く。その様を見ていると、心の底からウキウキした楽しい気持ちがわき上がってくる。<br>
<br>
　人間が元気とは、美味しい食事が基本！<br>
<br>
　10年の長期介護で病人食ばかり作っていた。自分の食べるものは適当に、7-11の弁当だったり、スーパーの総菜だったり…。元気な人間が、もっともっと元気になれる食事を作るのは最高に幸せなことだ！！。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　５時頃までに、参加人数を確認。冷蔵庫の在庫を見て、参加人数分の米（地元産のコシヒカリ）を研ぎ、ざるにあげる。8割、地元野菜でさほど手をかけない料理を３～４品作る。箸置きに箸を並べ、取り皿を並べ、大皿で料理を盛る。冷たい麦茶、食後は果物やジェラート、和菓子などデザートを食べるのは自由。ルールは21時解散。２時間ほど、雑談しつつ仕事の方向性を手探りしていく。<br>
<br>
　もう皆若くない。<br>
<br>
　それでも「楽しい仕事」を取り戻したい。<br>
<br>
　夕食に集まるのに食費を徴収することはない。食材を持ってくる義務もない。平均すれば1200円程度の食材費で大人5人が食事を満喫している。一種の仮想家族のようだが、家族と言うより山賊や海賊の食事のようだと思った。私以外、皆男性で腹が減っている。ジブリ映画「ラピュタ」でシータがドーラの船で食事を作り、ドーラの息子たちが食べるシーンがある。あまりの食べっぷりの良さにジブリ映画の食事シーンを思い出し、またウキウキした気持ちになる。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　一応、社員食堂と称しているが、社員でない人ばかりだったりする。誰も、誰の給料ももらっていない。<br>
社員食堂では嘘がある。昨晩より『晩飯義侠団』と改名した。<br>
<br>
　食のもとに集え！、<br>
　義を持って利とする。<br>
　われら夕飯義侠団！<br>
　地産地消=旬を食する！。<br>
<br>
てな、遊び中。<br>
<br>
　お店が始まったら自然解消かもしれない。<br>
　場所を変え、この同じ釜の飯仲間を大切にしたい。<br>
　そして、この気持ちを<br>
　新たに出会うお客さまにも真摯に向けていきたい。<br>
<br>
　今晩は何を作ろうか？。]]> 
</content>
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<title>これまで～これから</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52032699.html" />
<modified>2011-09-20T11:54:13Z</modified> 
<issued>2011-08-16T05:41:23+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52032699</id>
<summary type="text/plain">6月以来の更新。これまでのあらすじ的な…。

******************************

昨年の９月22日に父が死んだ。

　胸貯水による呼吸困難から救急搬送2002年１月～手厚い医療を受けていた。が、2009年～不可解な重病化を引き起こしていた。検査を繰り返したが、原因疾病...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52032699.html">
<![CDATA[6月以来の更新。これまでのあらすじ的な…。<br>
<br>
******************************<br>
<br>
昨年の９月22日に父が死んだ。<br>
<br>
　胸貯水による呼吸困難から救急搬送2002年１月～手厚い医療を受けていた。が、2009年～不可解な重病化を引き起こしていた。検査を繰り返したが、原因疾病の発見が困難。<br>
<br>
　病名判明して3日で死んでしまった。<br>
<br>
　その経緯は過去ログに詳しい。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　３年前の8/10に母、昨年は父…。年齢を言えば平均寿命に５年足りないほど。<br>
<br>
　病とは酷いものだ。命が尽きる10年ほどの闘病期間…、筆舌尽くせないほど悲惨で苦しいもの。多くの生命体の命を食らって生きる人の存在は、生の喜びと死の苦しみで括られる。火葬場で見た白い背骨の大きさや、もろく崩れる小さい骨片がいつも頭の片隅にある。生きる事の意味を考えると、星空の彼方にいつ大きな存在の手のひらの温もりをふと感じ、奇妙な軽さが心に留まった。所詮生きていても、たった100年なのだ。<br>
<br>
　必死に生きた両親だったがあらゆる意味で不器用だった。結局、知的障害のある50歳の弟だけが遺産だ。現金預金はない。換金可能な記念切手に未使用の葉書…。困った遺産と言えば、老朽化した自宅とと大量の書籍、私自身。<br>
<br>
「親の介護から解放されたのだから、自分の幸せを見つけなさいよ」<br>
<br>
　とは、事情の知ったように言う他人の言葉。<br>
<br>
　弟は親と言う庇護者を失い、すべての意欲を失って生活不安妄想に囚われている。重度の情緒不安定に陥って心療内科で治療中。この治療は生涯継続しなければならない旨、主治医に言われた。それが脳の発達障害だと言うことは、幼児時から予測されたことだ。親が抱えていた大きな責任。私は必然として、引き継いだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　そんなこんなでブログは放置され、<br>
<br>
　「漂う歌の船」と呼んでいた現実逃避的な歌サークル活動も休止。<br>
<br>
　父の死からあらゆる日常が不協和音と停止に陥っている。この状態をなんとか打開しようと、福祉融資を試みたが形骸化した名前だけの福祉行政の壁に激突。体中にこびりついていた介護の後遺症的甲羅が剥がれ出した。<br>
<br>
　大きな運命の輪。<br>
<br>
　少しづつ、動きだした。<br>
<br>
　貧困を甘受しない。利益を求める作業を見直す。<br>
<br>
　仕事を始めた。<br>
　事務所を前橋に移転した。<br>
　新しい友人が出来た。<br>
　仕事の仲間が出来た。<br>
<br>
　またすこしづつ、日々の洪積を書いていきたい。<br>
　お目に停まったら、よろしくお願いいたします。]]> 
</content>
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<title>喧嘩上等龍虎門；社会福祉協議会と戦う！</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52012461.html" />
<modified>2011-10-25T12:39:00Z</modified> 
<issued>2011-06-01T23:15:45+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.52012461</id>
<summary type="text/plain">17時に帰宅！

　今朝、弟の国（PTSDと不安神経症と鬱病の知的障害者）が９時近くになって起床。
　職安に行く面談日のような気がする。

「書類を確認しろよ」

と言うと書類がない。私の書類入れに入っている＠＠。どこを見たのか？、

「職安は来週だ」と怒った...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/52012461.html">
<![CDATA[17時に帰宅！<br>
<br>
　今朝、弟の国（PTSDと不安神経症と鬱病の知的障害者）が９時近くになって起床。<br>
　職安に行く面談日のような気がする。<br>
<br>
「書類を確認しろよ」<br>
<br>
と言うと書類がない。私の書類入れに入っている＠＠。どこを見たのか？、<br>
<br>
「職安は来週だ」と怒った声で言う。<br>
<br>
　精神安定剤が強くて１日20時間も寝ていた。余りに酷いので、昨日から薬を減らした。やはり興奮し易くなっている。書類を取り上げみれば、今日の9時が面談日＠＠！。すでに9時半=法廷速度ギリギリ。10km離れた職安に急ぐ。もう全体面談は終わり、帰る人数人が駐車場にいる。急いで就職困難者担当さんの窓口に。<br>
<br>
「大丈夫ですよ。時間が遅れても予定日にいらっしゃってくれれば」と優しく言ってもらう。<br>
<br>
ありがたいことだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　職安で担当のお姉さんに丁寧にお詫びをさせる。10時過ぎ、遅い朝食を食べながら、インターフェロン治療終了=来年1月までの生活費、親の負の遺産整理にかかる費用などを計算してみる。<br>
<br>
　　　足りない金額　1980000円なり<br>
<br>
　正直、目が点になる。家中の換金できるものを現金化しても、あるのは古本の山。すでに200万ほどの埋蔵金を発掘したが、葬儀費用（告別式/僧侶布施/法事/墓文字彫り）などで消え、100万の借金が残っている。<br>
<br>
　さて？、どうする。<br>
<br>
　そんな時、県の広報に<br>
<br>
『生活福祉資金貸付制度/生活再建資金の融資』の記事を見つけた。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　相談の窓口は町内の社会福祉協議会。<br>
<br>
　要介護４と要介護5で長く闘病していた両親。社会福祉協議会経由で介護用品レンタル。社会福祉協議会は幾度も行っている。担当が留守。配布用パンフ（県で作成していた）もなく、他職員は制度を知らない。担当が在籍の時に再度訪問する旨言い、帰宅したのが先週水曜。<br>
<br>
　翌木曜の午前中T嬢から電話があった。制度については<br>
<br>
「今年４月に着任したばかりで判らない」と言う。<br>
<br>
　判らないも無いもので、ネット検索すれば該当する世帯や必要書類、記入する書類などさまざまな資料が閲覧できる。審査に通るかどうかは書類を提出した先のことで、窓口とは案件を審査するところではない（と私は思っている）。電話での話し合いは嫌い。面談したいと申し出ると、<br>
<br>
「電話でも同じです」と言う。<br>
<br>
　？？？対人恐怖症の福祉相談員って職務不適格じゃないのか？。翌週の月曜日、T嬢から電話。<br>
<br>
「そちらのお宅は融資の該当にはなりませんので、我慢してください」とのこと。<br>
<br>
　ド素人のネエちゃんの戯言に付き合ってられない。数ヶ月後の破産が目に見えている。入金予定はあっても、１年以上かかる。6～7月はインターフェロン治療が通常国保扱いなので10万以上の医療費もかかる。<br>
<br>
「我慢してください」<br>
<br>
って、飯を喰うのを我慢するのか？。病気の動物を見殺しにするのか？。税金督促状を眺める苦痛を我慢するのか？。<br>
<br>
　健康で若い公務員って人たちは幸せなものだと思ったりする。あたかも１食抜く程度の我慢と思っているのだろうか？。話にならない。。。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
社会福祉協議会の県本部にも相談出来る。電話番号がネットで検索できる。電話をしてみた。概略を話と、<br>
<br>
「この融資希望は融資できる可能性はあります。市の窓口で相談してください。」と返答される。<br>
<br>
　またあのT嬢の「我慢してください」を聞くのも業腹だ。市本部での面談紹介を申し出る。これが今週の月曜日17時頃。翌々日の今日、市本部に行く。最初から大きな声で用件を言うことにしていた。暇そうな年配者と事務仕事をしている若い職員。よくある地方公務員の職場の雰囲気だ。<br>
<br>
「県から連絡があったと思います」<br>
「質問とクレームがあって来ました」<br>
<br>
　案の定、県から連絡はなかった。若い担当者が急いで県に確認をとってくれた。面談室に案内される。<br>
<br>
**************************<br>
<br>
http://www.g-shakyo.or.jp/wp-content/data/2010/02/seikatsu.pdf<br>
<br>
http://www.g-shakyo.or.jp/wp-content/data/2010/02/tsunagi.pdf<br>
<br>
各都道府県概略は同じなので、興味のある人はコピペして観てください。<br>
簡単に融資を受けられるように、受け取れる総花的な内容ですが、返済の目処の立たない本当の困窮家庭には融資されません。生活保護申請に回されますが、これも受理されることは難しい。国の福祉は破産寸前であり、東日本震災がとどめを指した感があります。<br>
<br>
**************************<br>
<br>
 のべ5時間以上の質問と回答。ループのように同じことしか言わない若い担当者…。もう同じアプローチで市の社会福祉協議会と話し合いを持つのは辞めた。<br>
<br>
　帰宅する車中。商工会議所で新規事業に対する融資の相談をする。パンフレットを渡され、事業計画と半年分の収益見込み書で借りることの出来る低金利融資を２カ所紹介してもらった。経済と福祉担当者の温度差を痛感する。福祉が相手するのは社会的弱者。結局、私は一時的な治療者であって、社会的な弱者ではないのだ。<br>
<br>
　群馬県庁の福祉課に再度、制度の説明を求めて電話した。<br>
　結局、社会福祉協議会の相談窓口を紹介される。<br>
　県の見解は融資の可能性あり。<br>
　結局、振り出しに戻る。<br>
<br>
　民生委員さんにも相談してみたが、制度を説明するリーフレット、民生委員さん用の冊子も説明文が曖昧でどんな解釈も出来る記載が目立つ。細分化したフローチャートを作れば、誰でも判る分類可否を思いつかない無能さが行政の福祉なのだ。福祉の矛盾に関して、いつもディベートになる。ささやかなささやかなレジスタントだと思っている。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　津波で家を失い、家族を失った人に比べれば、少しも不幸なことでないと思う。<br>
　だけどネ、福祉の充実は先進国最大の証。<br>
　「もっと不幸な人がいる。少しの不幸は我慢しろ」と言う論法は、<br>
　極論すれば棄民=生きてれば喜べよ！　為政者の傲慢だ。<br>
<br>
]]> 
</content>
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<name>moondrop_aco</name> 
</author>
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<title>シム災害マニュアル！/『彼女を守る51の方法（全5巻）』</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51986165.html" />
<modified>2011-07-19T07:10:24Z</modified> 
<issued>2011-03-18T17:20:37+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51986165</id>
<summary type="text/plain">　2007年の雑誌掲載された作品。
　過去ログから引っ張り出してきました。
　今回の大震災は巨大地震+大津波+原発事故！
　と悪い事の三厄揃い踏み！！。
　このコミックのエンディングのように
　明るい未来を作って行きましょう～！。







●彼女を守る51...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51986165.html">
<![CDATA[　2007年の雑誌掲載された作品。<br>
　過去ログから引っ張り出してきました。<br>
　今回の大震災は巨大地震+大津波+原発事故！<br>
　と悪い事の三厄揃い踏み！！。<br>
　このコミックのエンディングのように<br>
　明るい未来を作って行きましょう～！。<br>
<br>
<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/8/a/8a4c4ec8.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/8/a/8a4c4ec8-s.jpg" width="264" height="373" border="0" alt="彼女を守る/古屋兎丸" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
<br>
<br>
<br>
<br>
●彼女を守る51の方法（全5巻） ●<br>
●著者；古屋 兎丸<br>
●掲載雑誌；週刊コミックパンチ<br>
　　2006年24号～2007年36号<br>
●出版社；新潮社<br>
<br>
<br>
　９月は防災月間。市内の公園で大掛かりな防災訓練（9/7）が行われていた。我が家は老朽家屋。大きな地震の直撃を受けたら、おそらく全壊しちゃうと思う（大汗）。防災月間の推薦図書！『彼女を守る51の方法』の御紹介。ア～、明日から10月だった（スミマセン）。<br>
<br>
●あらすじ<br>
<br>
　20XX年2月23日。東京、お台場。TV局マンを目指す大学生“三島ジン”は、就職説明会のあるTV局前にいた。ここは東京湾を埋め立てた造成地。島のような地形に巨大な商業施設や観覧車などがある。春休み中のこともあり、多くの人で賑わっていた。時間より早くTV局前に到着したジンは、時間つぶしにブラブラ歩きをすることにする。<br>
<br>
　その日、悪魔系カリスマロックバンドのコンサートがあり、ゴスロリファッションで着飾ったファンがあつまっていた。その中に“岡野なな子”の姿があった。なな子はチケットを入手出来ず、途方に暮れていた。<br>
<br>
　なな子は、天使の羽を背中に付け、厚底ブーツにフリル使いのミニワンピース姿。可愛い容貌のなな子は、ファン仲間からイジメにあっていた。偶然、通りがかったジンは、持ち前の正義感からなな子を助ける。最初は、同級生と気付かなかった二人だが、懐かしさもあり、一緒に観覧車に乗る。その頃、お台場の下では、大きなうねりの予兆が始まっていた…。>>>つづきはコミックでどうぞ！<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　作者の古屋兎丸さんは、美大卒。演劇、ダンスなどの身体表現や、ファイン・アートの世界から転身した漫画家（美術講師と連載をかけもちしていたこともある）。“ダ・ヴィンチ”誌上に、読者の手紙をもとにした異色４コマ“鈍器降臨”を長期連載していた。“ダ・ヴィンチ”誌上の連載終了で、兎丸大ファンの一人として寂しい思いをしている。で、兎丸さんの旧作を読み返そうと思い、本作全巻読了。<br>
<br>
　兎丸さんの作風は、シニカルでマニアック。ややヤバイ雰囲気が特色の作家だ。初期作品は、内臓や病的な心象風景を描いており、読めない読者もいるかもしれない。ところが、本作『彼女を守る51の方法』は、まったく違う！。びっくりするほど真面目に災害マニュアルをコミック化しているのだ。連載した週刊コミックパンチの編集者の尽力や助けがあったにしても、内向的に思える兎丸さんが、綿密な取材をして作品づくりをしている。これは、編集者と作者、両者に大きな使命感があってのことだ。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　『彼女を守る51の方法』は、コミックの作品としては完成度の高いものではない。また、古屋兎丸の本流とは違うジャンル。だが、やや荒く、時には稚拙にも見えてしまう絵は、悲惨なシュミレーションを、確実に視覚伝達してくれている。<br>
<br>
　もし、違うコミック作家が本作を描いたとしたら、主人公三島ジンの等身大の今どきの男の子風なけなげさが、伝わらなかったかもしれない。また、ヒロインなな子の設定もゴスロリ風ではなかっただろう。今どきのプロトタイプ！？、彼に本作を描かせた編集者の明確な戦略が見えるように思える。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　最初の舞台“お台場”は、埋め立て地。大きな運河に囲まれ、レインボーブリッジ、ゆりかもめ、首都高速などでアクセスする。ジンとなな子は、家族のいる早稲田方面を目指して、悲惨な災害の現場を通過していく。正義感の強いジンは、なんとか多くの負傷者を助けようとするが、救急車も来ることのない巨大災害の前で、個人の力の小さいこと！。ジンは絶望しながら、それでも立ち向かていく。<br>
<br>
　こう書くと、ジンが漫画の主人公にありがちが強いタイプの青年に思えるが、実際はヘタレテルし、パニックになり、騙されることもある。だからこそ、本作は、すごくリアル。ワカモノ的“シム・大地震”になっている。<br>
<br>
　可愛いゴスロリ“なな子”は、女性の視点から、災害被害を目撃していく。災害現場には、異常な状況下で起る人災！がある。なな子は、女性に対する性犯罪を回避し、食料や飲料を確保しなければならない。服装は勿論のこと、トイレにしても、女性は屋外ですることに抵抗がある。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　大量の瀕死の負傷者！、同時多発している倒壊と火災！、帰宅難民化した人々の食料不足！、ライフラインの壊滅！！！。<br>
<br>
　そんな中、政府は何をしてくれるのだろうか？<br>
<br>
　首都機能が麻痺した中で、敏速な救護活動はほとんど絶望的だ。数日を経て、自衛隊の救援活動が具体化するが、それまでのサバイバルは運の支配される。それに付け込む宗教団体も登場する。人の身体の脆さ、心の弱さをひしひしと感じる。<br>
<br>
　誰が助けてくれるのか？、誰が敵になるのか？、火の道と、水の道、どちらかを選ぶとしたら？…etc.。東京に棲む人、東京に勤務する人、本作は本当に怖い作品だと思う。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　私は関東大震災の生き残りの子孫になる。祖母（当時は新婚だった）ら一家は、浅草に住んでいた。陸軍被服廠に避難する人に誘われたが、行かなかった。当時の悲惨な話は、祖母の口から断片的に聞いていた。曖昧な断片だが、驚愕の惨状だと言うことは、言外に解った。<br>
<br>
　災害注意地域の人は、運動靴、防寒、防水になるフード付きコート、３日分の非常食、小型ラジオや懐中電灯、最低限の薬などなど、安心のためにも準備していた方が良い！！。<br>
<br>
　今、巨大地震が起きたら！？。<br>
<br>
　政治家が政争に明け暮れている。なんだか、怖いを通り越して真っ白になってしまいそうだ。そんな思考停止状態が一番怖い…。(no.1082)<br>
<br>
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</content>
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<title>幻視者としての宮崎駿『崖の上のポニヨ』</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51984480.html" />
<modified>2011-07-09T19:35:48Z</modified> 
<issued>2011-03-13T21:47:55+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51984480</id>
<summary type="text/plain">















　その宮崎駿氏の数年前の大ヒット作『崖の上のポニヨ』は可愛い歌と絵柄に騙されるが、実はナウシカと同じく世界の終わりと再生の物語なのだ。

　優れた芸術家は予言者である。

　たとえばルネッサンスの偉人レオナルド・ダ・ヴィン...</summary> 
<dc:subject>アジア映画系</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51984480.html">
<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/6/d/6d85f009.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/6/d/6d85f009-s.jpg" width="463" height="251" border="0" alt="ポニョ/5" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
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　その宮崎駿氏の数年前の大ヒット作『崖の上のポニヨ』は可愛い歌と絵柄に騙されるが、実はナウシカと同じく世界の終わりと再生の物語なのだ。<br>
<br>
　優れた芸術家は予言者である。<br>
<br>
　たとえばルネッサンスの偉人レオナルド・ダ・ヴィンチは、天才的な予見で飛行機/戦車/ヘリコプターなど描き、なんとか動かそうとした。また、日本の天才漫画家手塚治虫氏は、鉄腕アトムほかの作品と、A.I知能ロボットと人間との愛憎/自己矛盾を十二分に描き、ハリウッド作品を大いなる霊感を与えることとなる。<br>
<br>
　そして、日本アニメ界の巨人宮崎駿氏は世界の崩壊を幾度と幻視している。ナウシカでは高齢者だけの谷の集落と腐海との闘いを描き、自然の代弁者としての王蟲が津波のように村を襲う様を描いている。ナウシカでは、聖なる巫女=処女神としてのナウシカの犠牲で村は救われたが…。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　昨日からTV報道で幾度も幾度も津波に飲み込まれる三陸の町々を観ていた。真っ黒なクジラの肌のような波が生き物のように盛り上がり、すべてを破壊し尽くして行く。この景色は観たことがある。あの黒い波の上に赤い服の女の子が見えはしないか？。そんな奇妙な気持ちになる。ディテールの比較を一つ一つしていけば、津波と映画の類似点が明確になるが、そんなことは余り関係ないように思ったりする。<br>
<br>
　巨大な自然の猛威と人類は無限に攻防を繰り返して行く。<br>
<br>
　今は、どこか傲慢になって自然を征服出来たように勘違いしていた。今回の大地震と津波は、自然の猛々しさ、与えることと奪うことが同じ手に載っている海の神々の存在を思い知らせている。<br>
<br>
下記は、以前描いた映画のレビュー。そんな視点で再度、鑑賞してくだされば幸いです。<br>
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************************************<br>
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<br>
●崖の上のポニヨ●<br>
●原作・脚本・監督；宮崎駿<br>
●音楽；久石譲<br>
●作画監督/近藤勝也<br>
●美術監督/吉田 昇<br>
<br>
●声の出演；奈良柚莉愛/土井洋輝/山口智子/長嶋一茂/天海祐希/<br>
　　　　　　所ジョージ/矢野顕子/吉行和子/奈良岡朋子　他<br>
●主題歌；「海のおかあさん」/歌　林 正子<br>
　　　　　「崖の上のポニョ」/歌　藤岡藤巻と大橋のぞみ<br>
●DATA；スタジオジブリ作品/110分/c2008 二馬力・GNDHDDT<br>
<br>
　♪ポニョ、ポニヨ、ポニョ、サカナの子♪<br>
のエンディング主題歌がTVから流れる。日本中の良い子が、夏休みに観たい映画NO.1！！は絶対に『崖の上のポニヨ』だろう。7/24（木）の高崎109シネマズ最終上映にて鑑賞。<br>
<br>
●あらすじ<br>
<br>
　深い海の底、美しいクラゲの大群が揺らぐように泳いでいる。そのクラゲの中を一艘の不思議な潜水艇がゆっくりと進む。中には長髪の紳士が居り、何かのエッセンスを海の注いでいた。その様子を赤い体の小さな魚たちが覗いている。中の１尾は大きく、年長のようだった。年長の１尾が潜水艇を抜け出し、陸地の見える海面に向かう。<br>
<br>
　宗介はお気に入りのジェットボートを海に浮かべようと崖下の入江にいた。宗介の目の前に赤い魚が浮かんでいた。「死んでいるのかな？」。宗介と赤い魚はこうして出会う。>>>とにかく映画館にGO!!<br>
<br>
**********************************<br>
<br>
　学生の頃、上野にある科学博物館の旧館が好きだった。ヒンヤリした空気に満たされた老朽化した石造りの建物の中には、古代の空気が流れていた。貴重な恐竜化石の標本などと並んで、デボン期の生き物の実物大模型が展示されている。<br>
<br>
“人は海に生まれた”<br>
<br>
　人類の祖先に繋がる様々な古生物は海の泡から生まれた。単細胞生物が、何かの動機で、多種多様な形態を獲得していく。その中でも、海の生物が爆発的な進化を遂げたデボン紀（約４億年前、恐竜誕生の白亜紀まで約２億年余ある）は素晴らしい光景だっただろう。地上は原始巨大森林が繁茂し、昆虫の祖先が君臨、海は巨大な魚が群泳していた。デボン紀は、両生類の誕生した時代でもある。<br>
<br>
　名作『風の谷のナウシカ』では、巨大な節足動物、昆虫が世界の半分を支配していた。『ナウシカ』の昆虫の王国のイメージはデボン紀にあったのか…。と、『崖の下のポニョ』を観て嘆息した。宮崎さんは、少年の心のツボを確実に押さえている。それは、彼の心の中には、老成した哲人と、好奇心に満ちた少年が融合して棲んでいるからだろう。相反する、二つに心は、引き裂かれた世界の綻びを修復しようといつも邁進している。本作『崖の下のポニョ』もそんな二つの心を感じた。<br>
<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/9/5/95b6d504.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/9/5/95b6d504-s.jpg" width="463" height="251" border="0" alt="ポニョ/4" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
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■■■<br>
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　『千と千尋の神隠し』で宮崎駿監督は大きな山の頂きを征服（映画界で世界的な成功）していた。『ハウルの動く城』は、山から降りる途中の立ち話のような作品だった。宮崎駿監督は引退宣言をし、充電のために瀬戸内海、鞆の浦近くに家を借り、夏目漱石を読みふけっていたそうだ。そこで生まれたのが本昨『崖の上のポニヨ』だった！？。<br>
<br>
　宮崎駿監督は、いつもなら数年、長い時は10年近く準備期間をかけ、映画制作にかかる。今回の『崖の下のポニョ』は宮崎監督にしたら奇跡的な速さ！で、完成している。監督は夏目漱石がロンドン在住の時に観た、ラファエロ前派の画家ミレイの『オフェリーア』を鑑賞し、“「精度を上げた爛熟から素朴さへ舵を切りたい」との決断をした”と云う。<br>
<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/9/a/9ab24773.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/9/a/9ab24773-s.jpg" width="199" height="137" border="0" alt="オフェーリア/ミレイ" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>←※クリックで拡大　<br>
<br>
　前述したミレイ作【オフェーリア】の画像をお借りした。この絵はラファエル前派の画集には必ずと云っていいほど収録されている。観て判るように、決して素朴な絵ではない。夏目漱石は著作『草枕』の中で“風流な土左衛門”と、この絵を表現している。<br>
<br>
　“オフェーリア”は、ラファエロ前派の画家達が好んで描いた題材だ。オフェーリアはハムレットに一途な想いを寄せているが、復讐に燃えるハムレットの心変わりに心を病み、唄を歌いながら、川を流れていく。結局は死んでしまうのだが、描かれているオフェーリアは、正確には土左衛門未満（？）な状態で、手には花を持ったりしている。<br>
<br>
　『オフェーリア』は細部まで、草木の一本一本まで描かれた濃密な空間を持つ。この絵から「素朴さ」を学ぶ宮崎監督の慧眼は、さすが！！と思ったりする。どんなに描き込んでも、心に訴えるものこそが『オフェーリア』の絵の神髄であり、それは鑑賞者に委ねられるものなのだ。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/0/e/0e85e462.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/0/e/0e85e462-s.jpg" width="463" height="251" border="0" alt="ポニヨ/3" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
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　映画の本筋から脱線してしまったが、本作『崖の上のポニョ』は、【監督の家出、夏目漱石、オフェーリア】の３題噺から誕生している。個人的な根拠のない推測だが、宮崎駿監督は『ゲド戦記』の監督をしたかった筈だ。だか、実際に総指揮をしたのは御子息吾郎氏になる。吾郎版『ゲド戦記』が描いた世界は、濃密な背景画を作り込めるジブリスタッフの力量を十二分に発揮したものだった。この作品を観て、前述の“「精度を上げた爛熟から素朴さへ舵を切りたい」との決断をした”と云う言葉が出たのだと思う。<br>
<br>
　もう映画を観た古いジブリファンは気付いていると思うが、『崖の下のポニョ』の作画は、『風の谷のナウシカ』以前に戻ったような素朴な動画になっている。現在、アニメ界は文字どおり“爛熟”している。高画素のCGやVFX全盛のアニメ界にあって、監督の仕事は、総合プロデューサーのような煩雑なものに変化してしまった。監督=作家（芸術家）と云った制作環境を維持しながらの作品づくりは、本当に困難な仕事になっている。そんな作家性不在になりがちな、商業アニメの世界に、宮崎監督は大きなアンチテーゼを打ち立てた。それが、手描きにこだわり、素朴な色鉛筆彩画風な背景にこだわった監督の意図であり、思いっきり、ハチャメチャのデフォルメする主人公（ポニョ）の動画表現などに表れている。<br>
<br>
■■■<br>
<br>
　さて、本作『崖の上のポニョ』だが、実に宮崎ワールド的であり、宮崎監督の好きなもので満ち溢れている。本作に一番似合う形容詞は“満ち溢れる”と云うことになるだろう。ポニョや宗介の住む世界は、日本の日常に極めて近い世界でありながら、魔法の力の存在する世界でもある。これは、『ナウシカ』や『ラピュタ』『もののけ姫』『千と千尋』『ハウル』など、他の宮崎アニメの世界と同じだ。“古い時代に滅んだ世界”も、他の作品と共通している。また、人間以外の巨大生物が跋扈する世界観も、同様だ。<br>
<br>
　宮崎監督は、現在の環境破壊の進む文明社会を深く愁え、かつ強烈に憎んでいる。『ナウシカ』では、最終戦争後の世界だったし、『ラピュタ』でも高度な魔法文明は滅んでいた。そんな破壊された世界でも、生き残った人間は、希望を失わず、生き抜かなければならない。そのメッセージは『もののけ姫』で強く描かれていた。『もののけ姫』の中で、人間の愚かな欲望は古代神“シカガミ”を殺してしまう。すべての生命の親を殺してしまった“オロカナニンゲン”。宮崎駿監督は、“神のいない世界でも生き抜かなければならない人間”をテーマに多くの作品を描いていたが、死んでしまった神は、また再生し、また死を繰り返す存在だったことも描いている。<br>
<br>
■■■<br>
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　本作『崖の上のポニヨ』では前述した宮崎理念を、誰にでも（小さな子供から老人まで）判るストーリーで、ストレートに表現したファンタジー作品だ。宗介の町は深い海に侵食され、人の暮す町は水没してしまう。だが、皆、笑っていた。悲しんでも、笑っても、時間は同じように過ぎていく。老人も子供も、命の重さに替わりなく、命は大きな系統樹として、個体を超えて繋がって行く。<br>
<br>
　圧倒的な生物の数に、命の重さと、儚さを感じ、ハッピーエンドの至福に満たされる。<br>
<br>
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<title>3/11　その日</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51983942.html" />
<modified>2011-03-20T09:47:05Z</modified> 
<issued>2011-03-12T08:24:56+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51983942</id>
<summary type="text/plain">





















未曾有の大災害を日本沈没にしてはいけない！

　観測史上最大M9　
　数字だけではない。
　太平洋側の東北
　=美しい歴史ある日本の街、村、郷、景観
　根こそぎ津波と地震、火災で破壊された。

　死者の実数は20000...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51983942.html">
<![CDATA[<img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/8/3/8360bb5d.jpg" width="440" height="330" border="0" alt="津波警報" hspace="5" class="pict" align="left"  /><br>
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未曾有の大災害を日本沈没にしてはいけない！<br>
<br>
　観測史上最大M9　<br>
　数字だけではない。<br>
　太平洋側の東北<br>
　=美しい歴史ある日本の街、村、郷、景観<br>
　根こそぎ津波と地震、火災で破壊された。<br>
<br>
　死者の実数は20000人を超えるだろう。<br>
　絶対に東北人を不幸と衰退させてはいけない！！。<br>
　日本人！皆でガンバ！<br>
<br>
<br>
3/11-14：46/弟と高崎スズラン8Fの中華レストランで食事中。ゆっくり長い前波１分ほど＞左右前後5cm程の振動遊園地のアトラクション並に激しい揺れ=５分以上＞余震5回以上ビルの揺れは30分ほど続く＞退路の安全確認=店担当者＞普段使わない階段で店外退去＞駐車場へ（屋外平地）<br>
<br>
3/11-15;30；買い物客退去確認後=女性店員全員退去（泣いている女の子も）。レストラン会計なし。駐車ゲート開放。水道管が破損して水が漏れている。すぐ近くで火災。歩道は避難市民で溢れている。自動車で帰路へ（自宅が心配）＞国道18号すべての信号が無点灯。だが何も壊れていない。<br>
<br>
3/11-16;10；帰宅＞まだ余震が強い=３Fの花瓶が落ちて割れていた。4；30頃市役所に様子を聴きに。混乱していた。何も判らない。震源地は宮城沖とスズランで聴いたが揺れや被害が大き過ぎる。情報はラジオだけ。市役所からコンビニ＞停電なので食料確保。大混雑お菓子しか残ってない。<br>
<br>
3/11-18:00；朝ガソリン満タンにし、銀行で現金数万降ろしてあった。海外で地震続くだったので、緊急用ラジオに乾電池を入れ、停電用のろうそくも用意してあった。困ることはないが、寒い。石油ストーブは万が一があるので使わない。老人ばかりのご近所は異様に静か。犬と猫がそばに居る。<br>
<br>
3/11-20;30；大分のネット友達から電話。ありがたい。30分ほどTV報道など聞く。固定電話は停電と関係ない。低温蝋燭の明かりで室内は明るいが停電は気が滅入る。裏山の国道から高崎市の電気が見える。不安そうな弟とファミレスに行くことにする。上信越道は通行止め。長野方面はトラック渋滞している。<br>
<br>
3/11-22;00；長野県境から高崎市群馬八幡/大門南交差点まで停電。真っ暗な道路は異様だ。安中市の信号は３ケ所警察官が誘導していた。周囲が普通の明るさになりココスもデニィーズも営業。偶然知り合いも食事に来ていた。停電なので子供さんと外食と言う=同じ。ガス＆電子レンジや電気ポット使えないとヤバシ。<br>
<br>
3/11-23;30；帰宅。家ではラジオつけっぱなしだった。室内もランタンで少し明るい。ホっとする。まだ停電中。福島原発から電気を供給されている地域らしい（コンビニ店員さんから）。電力不足で田舎は通電出来ないらしい。ラジオを聴きながら眠れない。現地の悲惨さがヒシヒシ。気の毒…。<br>
<br>
3/12-3;00；通電！。部屋がパッと明るくなった。すぐTVを点ける。声が出ない。悲惨過ぎる。両親が車椅子になってから、大災害の時避難することを心配ばかりしていて＞「少し変」と言われていた。大災害の恐怖がいつもあった。新潟の時はビル８階。災害に遭わず両親は死んだ。だが…。。<br>
<br>
　人工透析患者は透析をしないことは、人工呼吸器を外すのと同じ。<br>
　東北地方の病院では、透析困難者が出ている。<br>
　今後の報道を刮目注視していく。<br>
<br>
下記、リンクは海外写真報道サイト<br>
<br>
<a href="http://www.dailymail.co.uk/news/article-1365318/Japan-earthquake-tsunami-The-moment-mother-nature-engulfed-nation.html">Japan-earthquake-tsunami</a><br>
<br>
<a href="http://www.boston.com/bigpicture/2011/03/japan_earthquake_aftermath.html">ボストン・コム</a><br>
<br>
]]> 
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<title>魂と閉じ込める容器としての人形</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51974154.html" />
<modified>2011-03-09T10:53:53Z</modified> 
<issued>2011-03-08T23:51:39+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51974154</id>
<summary type="text/plain">

































●美の巨人たち　
●平田郷陽『粧ひ』
●横浜人形の家所蔵
●2011年2月19日（土）
●TV東京系 夜10時00分～夜10時30分

「私、お人形マニアです…」

なんて～ことを、人様の前で言えば、ハテ...</summary> 
<dc:subject>ドール系</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51974154.html">
<![CDATA[<a href="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/6/c/6c94dd5d.jpg" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/6/c/6c94dd5d-s.jpg" width="450" height="581" border="0" alt="装ひ" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a><br>
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●美の巨人たち　<br>
●平田郷陽『粧ひ』<br>
●横浜人形の家所蔵<br>
●2011年2月19日（土）<br>
●TV東京系 夜10時00分～夜10時30分<br>
<br>
「私、お人形マニアです…」<br>
<br>
なんて～ことを、人様の前で言えば、ハテナ顔をされ、<br>
<br>
「は～、そうなんですか…」<br>
<br>
と、話の接ぎ穂がなくなってしまう、大抵は。<br>
<br>
「どんな人形が好きなんですか？」<br>
<br>
と、身を乗り出すようなら、その人とは85％の確率で仲良くなれる。<br>
<br>
だが、人形好きが生身の人間と仲良くなれるか？どうかは…。不確定だったりする。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　この番組は再放送なのかな？<br>
<br>
取り上げた作品は<br>
<br>
　　＝＝＝番組内容＝＝＝<br>
　今日の作品は、人間国宝・平田郷陽作『粧ひ』。人形芸術の第一人者が作り上げた高さ４３．８ｃｍの人形です。薄いひとえを着た湯上りの女性が、鏡の前で丸まげに珊瑚のかんざしを挿そうとしています。まるで生きているようにしか思えない、観る者にそんな思いを抱かせる人形です。それまで、人形は職人の伝統工芸と位置づけられてきました。<br>
　人形を芸術であると認めさせる為に創作人形作家となった郷陽は、彫刻の美でもなく、絵画の美でもなく、人形だけが持つ美とは何なのかを追及していきます。そして、辿り着いたのが今日の作品です。果たして、郷陽が見出した人形の美とは？　（番組HPから転載）<br>
<br>
*****************************************<br>
<br>
　画像は雑誌『緑青』のちらしから。<br>
<br>
　人形は大きいものではない。顔の大きさなど少女の握り締めた掌ほどであろうか。<br>
<br>
　江戸の商家の新造が、<br>
　旦那の帰りを待ちながら<br>
　湯上がりに入念に化粧する<br>
　夏の午後…<br>
<br>
　遠くで物売りの声や、番頭が小僧を叱る声が聴こえるようでなり、女の息づかいしか聴こえないようでもある。この生々しさは、何なのだろう？。ご新造に懸想する奉公人の視線に自分がなっている。視られていることを知らずに、無防備な姿が痛々しくもあり、恐ろしい魔物のようでもある。人形は夏物の絽の一重を着ている。本来なら下に襦袢など着る。<br>
<br>
　何故、着ていないのか？<br>
<br>
　視ている鑑賞者にはどんな着物を着ていようが、衣の下に隠れた肉体が迫ってくる。だったら、あえて襦袢など着る必要があろうか？。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　ここで鑑賞者は作者郷陽の術中に嵌っているのだ。<br>
<br>
　この人形に囚われている心は、愛欲の痛みを知る心だろう。<br>
<br>
　郷陽さんは言う。<br>
<br>
　「作品に魂が宿ることこそ、私の本望で あります」<br>
<br>
　魂の入っていない作品に芸術と言うカテゴリーはあり得ない。人形師平田郷陽は常に芸術家の苛烈さを静かに燃焼しているのだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　番組の中で、愛弟子・芹川英子さんが生前の平田先生の思い出を語った。胡粉の扱いだけで10年以上の歳月が必要なこと。そして、<br>
<br>
「一切の真似を禁じました」<br>
<br>
と言う言葉が印象的だった。伊藤若冲がそうだったように、古典的な日本画など修行時代は名作の模写が当たり前だったりする。だが、郷陽先生は最初に身についた作風に生涯を縛られることから弟子を守ろうとしている。伝統工芸の世界なら師匠の作品を完璧にコピーして一人前と言える。だが、それは工芸の世界であって、芸術の範疇ではない。既成概念を壊し続け、NO！と言い続ける気概こそ、パトロンから解放された真の自己表現者と言えるのだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　この人形の白い肌と伏せ目がちな表情はラファエッロのマドンナにも似ている。どれほど愛欲を刺激しようとけっして汚されることのない人形は、崇高なイコンなのだ。<br>
<br>
<br>
<br>
桜梅の少将 制作年：1936年<br>
東京国立博物館所蔵<br>
<br>
<img src="http://livedoor.blogimg.jp/moondrop_aco/imgs/6/e/6edcb593.jpg" width="391" height="500" border="0" alt="桜の少将" hspace="5" class="pict" align="left"  />]]> 
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<title>公務災害申請書類/一次完成</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979768.html" />
<modified>2011-03-03T17:28:20Z</modified> 
<issued>2011-02-28T23:38:06+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51979768</id>
<summary type="text/plain">　１月下旬から始めた中皮腫申請。

　雇用先だった県窓口に提出する公務災害書類が受理される流れになった。最後に勤務していた小学校の所属長印を貰い、県庁に届けるところまで進行した。

　書類記載内容はすべて人事課の主任さんの指示で記入していく。考えることも...</summary> 
<dc:subject>●管理人日々の洪積●</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979768.html">
<![CDATA[　１月下旬から始めた中皮腫申請。<br>
<br>
　雇用先だった県窓口に提出する公務災害書類が受理される流れになった。最後に勤務していた小学校の所属長印を貰い、県庁に届けるところまで進行した。<br>
<br>
　書類記載内容はすべて人事課の主任さんの指示で記入していく。考えることもなく、実に楽。やりとりもほとんでメールだった。電話での口頭より書類を添付できるメールの方が、数段確実なコミュニケーションができるように感じた。個人的にADHDやAs傾向のキャラ。こういったことは実に面倒で…、人任せにしたいのだが、そういう訳にも行かない。普段ボロ着ばかりだが、気合いを入れグレーのスーツを着込む。靴もヒールの革靴。外は雪だ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　亡父の勤務先。ごくごくご近所。10年ほど前から、関係者以外立ち入り禁止の立て札が立った。以前のように校庭に入ることもなくなり、久しぶりの校内に入る。<br>
<br>
　私が小学生の頃は黒光する廊下と歪んだガラスの窓と桜の老木に囲まれていた。老朽化した木造は、父が勤務していた頃は新築された。こじんまりした軽鉄筋部分木造に変わっていた。雪まじりの氷雨、今日の天候もあるが、玄関は薄暗く、壁天井にシミが目立つ。<br>
<br>
　昭和の頃、子供達の活気に溢れていた大きな小学校…。今は過疎化と言う現実にさらされていた。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　嬉しいことに、校長先生は在職中の父を知っていた。労務災害申請の書類作成までの経緯をかいつまんで説明。この書類を書かないと、次のステップ、国への申請書類に進めない。<br>
<br>
「地方公務員が労務災害が認められることはほとんどないそうで、全国でも３例程度だそうです」<br>
<br>
と、校長先生に説明する。校長先生は驚いたような顔をしていた。印鑑を頂き、15分ほどで辞去。男子トイレの横、廊下の突き当たりに鷹と梟、イグアナの剥製が飾ってあった。ガラスケースに顔をつけるように見る。ガラスケースの中で時間が死んでた。<br>
<br>
　その足で、IFN治療のために国立医療センターへ。生きるためだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　医療センターは予約時間より1時間ほど遅刻してしまった。順番は一番最後になる。延々と３時間待ち13時過ぎに終わる。その足で県庁に。15時の面談予約を病院から電話していた。<br>
<br>
　所定書類３種<br>
　医師診断書<br>
　死亡診断書<br>
　診療録　280枚<br>
<br>
　５年分の診療録は分厚い紙の束。10年父の看病介護をしていたが、その半分の日々の記録でもある。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　茫然とするほど大変な日々の重なりだった。歩けなくなり、一人で入浴できなくなり、トイレで抱きかかえ、車椅子から介護ベッドに抱きかかえ、最後はどんどん痩せて行った。他の患者さんと明らかに違う病状…。確定診断され2日後に死んでしまった。<br>
<br>
　その４日前は一緒におにぎりを分け合い、７日前は敬老の日の紅白餅を分け合った。思い出すと涙が止まらない。私の心はまだ悲しみに囚われている。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　現認書には「なし」と記載する。そこに所属長印を必要だった。県庁から小学校に戻り印鑑を貰う。書類は速達メールでヤマト便に載せた。職員室には菓子折り持参し、お礼の心のほんの少しだけを現す。<br>
<br>
　労務災害申請と言う現実離れした作業も、何か自分の人生に意味のあることなのだろう。これから書類は労務災害課に託され、次の指示される調査書を書いて行く作業に進行していく。それが揃えば、次に東京の本部公務災害基金に正式に提出。そこで、該当するか？審査されることになる。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　先は長いが、何か特別なことがなければ中皮腫になることはない。大きな川の流れに浮かんだ笹船のようだ…。そんな風に思った。早く健全な日常、労働と休息と平凡な慰安の日々を取り戻した。<br>
<br>
　取り戻したいと書いたが、<br>
　そんな幸せは<br>
　子供時代だけだった、カナ。<br>
<br>
　運命、人生と言う個人史を刻む自分だけの本。<br>
　面白く読み解くのが、醍醐味と心得るしかない。<br>
　だってネ～、<br>
<br>
　オヤニクラベデキノワルイコ　ナノダ。]]> 
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<title>HCV再開/3Ws</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979767.html" />
<modified>2011-02-28T16:14:59Z</modified> 
<issued>2011-02-28T23:09:28+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51979767</id>
<summary type="text/plain">今日（2/28）；医療センター受診

　●今日採血分　白血球値　先週27L＞今週34正常化

　医療センターの予約は9時。至急の所用があり、
　60分遅刻。実にヤバシ！。予約時間の遅刻は一番最後になる。
　延々と3時間末羽目に。

　いつも受付のお姉さんに「落ち着いた...</summary> 
<dc:subject>◆インターフェロン微熱◆</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979767.html">
<![CDATA[今日（2/28）；医療センター受診<br>
<br>
　●今日採血分　白血球値　先週27L＞今週34正常化<br>
<br>
　医療センターの予約は9時。至急の所用があり、<br>
　60分遅刻。実にヤバシ！。予約時間の遅刻は一番最後になる。<br>
　延々と3時間末羽目に。<br>
<br>
　いつも受付のお姉さんに「落ち着いたら血圧を計ってください」と声がけされる。食事をしたばかりやら、採血したあとなので、血圧を計ると異常値が出る。今日は異常値を確認したくなった。<br>
<br>
　◆朝食後血圧心拍数　200/126/80<br>
<br>
　＠＠（=目が丸くなるほど驚いている記号）！！。<br>
<br>
　また腫瘍手術前の異常血圧に戻っている。通常血圧に復帰し、安定していたのに…。無症状でも200を超えると少し怖い。先生に報告するべきか？、小さいレシート状の結果用紙を隠したり、ファイルに戻したり、ウジウジしていた。気にしていても仕方ないので、ファイルに挟む。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　11時予約の患者さんも終わり、外来の人も終わり、すべての患者さんが帰った。私より２番早く診察室に入った老夫妻は先生と60分以上面談している。＠＠。。。。遊び道具を持参していなかったので、退屈で退屈で，檻の熊のようにフロアをうろついていた。<br>
<br>
　いつものようにお隣のベンチの患者さんに<br>
<br>
「どこが悪いの？」<br>
「元気そうだね」<br>
「肝臓の悪い人は青い顔してグッタリしている」<br>
<br>
などなど、元気に見える攻撃を受ける。嬉しいことだが、意外と元気に見える患者って、コロッて死ぬ法則を知っている（笑）ので、あまり嬉しくない。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　13時近くになり、やっと順番！。<br>
　<br>
　驚愕の高血圧は、先生的には一時的なものとの判断だったらしい。<br>
<br>
　オルメテック錠/10mg　朝1錠<br>
<br>
　副作用的な高血圧と言うより、本人も自覚があるがハイストレスからくる心の赤信号が血圧を上昇させている感じだ。精神安定剤を使うより、血圧降下剤で様子を見ながら、食事/運動/休息/減塩などで改善するしかないだろう。薬を増やすことは完全に肝機能に悪いことだ。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
　インターフォロン治療と中断する一番大きな要因は、貧血などの血液系副作用。私の場合は、その副作用の出ない遺伝子らしい。遺伝子ついでに、薬の効かない遺伝子について訊いてみた。それは<br>
<br>
「一度は陰性化しているので問題ない」<br>
<br>
らしい。面談の最後に<br>
<br>
「たとえ隕石が降ってきても根治するまで治療します」<br>
<br>
と、意味不明な決意表明をして退出。<br>
<br>
　まったく先生は疲れた顔をしていた。根治率30％以下で、根治希望決意表明されても先生は困る。<br>
<br>
　実のところ、どっちだって良いのだナ。「希望」ってやつと「信じる」ってことが好きなのだ。<br>
<br>
　来週は注射だけ。<br>
　楽しいウィルス検査は14日後。<br>
　結果が出るのは21日後。<br>
<br>
　今後の治癒率を推理する最大の山場になると思う。<br>
　焦らず、だんだん、<br>
　もう、こうなったら、<br>
　ヤルシカナイ。]]> 
</content>
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<name>moondrop_aco</name> 
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<title>2011/2/21～2011/2/22</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979361.html" />
<modified>2011-02-27T15:43:56Z</modified> 
<issued>2011-02-22T23:56:44+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51979361</id>
<summary type="text/plain">　弟の付き添い＞障害者雇用面談会に行ったり、
　父の遺品整理をしていた。

　捨てるようなビニール袋に４冊のアルバムを発見。
　泣き出しそうな女性の写真が貼ってあった。
　無駄じゃない人生ってえのは、ない　だろうが、
　無駄な時間は…。
　あるよね、やっ...</summary> 
<dc:subject>twitter/過去log</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979361.html">
<![CDATA[　弟の付き添い＞障害者雇用面談会に行ったり、<br>
　父の遺品整理をしていた。<br>
<br>
　捨てるようなビニール袋に４冊のアルバムを発見。<br>
　泣き出しそうな女性の写真が貼ってあった。<br>
　無駄じゃない人生ってえのは、ない　だろうが、<br>
　無駄な時間は…。<br>
　あるよね、やっぱり。ため息もの＞疲れたなり。<br>
<br>
　2日分のあれこれ
<a href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979361.html">続きを読む</a>]]> 
</content>
<author>
<name>moondrop_aco</name> 
</author>
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<entry>
<title>HCV再開/2Ws</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51976713.html" />
<modified>2011-02-27T13:50:17Z</modified> 
<issued>2011-02-21T17:37:29+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51976713</id>
<summary type="text/plain">今日（2/21）；医療センター受診

　●先週採血ウィルス量　4,7LogIU/ml。
　●今日採血分　白血球値　先週40＞今週27L


　現実と言うのは怖いものだ、P-IFN+リパ治療を終了してから、２ケ月後の結果は

　　&amp;gt;血流内ウィルス遺伝子数値3333倍に@@。

　驚愕（？）...</summary> 
<dc:subject>◆インターフェロン微熱◆</dc:subject>
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<![CDATA[今日（2/21）；医療センター受診<br>
<br>
　●先週採血ウィルス量　4,7LogIU/ml。<br>
　●今日採血分　白血球値　先週40＞今週27L<br>
<br>
<br>
　現実と言うのは怖いものだ、P-IFN+リパ治療を終了してから、２ケ月後の結果は<br>
<br>
　　>血流内ウィルス遺伝子数値3333倍に@@。<br>
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　驚愕（？）の結果に先生は諦め顔。<br>
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　「若いからこのままで様子見して、、、」<br>
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　と言う。本当なら10分程度の問診時間。<br>
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　訊きたい事、疑問な事が山ほどあった。治療を開始する前の公開されていた治癒率は48週のペグリパ治療で70％の根治（著効=SVR sustained virological response）とあった。しかし最近の資料では48週治療後のSVR率は49％。女性は著効率はもっと悪いなどなど。先生はどう考えているのか？確認したかった。<br>
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◆◆◆<br>
<br>
　30分診察室で30分ほど相談＆質問。<br>
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　24Wの経過が良かった＞先生=最初5,7LogIU/mlだったことを忘却の彼方＠＠。電子カルテの最初に数字を発見。<br>
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「ホントダ～ダレガケンサシタンダロウ？」。<br>
<br>
　先生=私が手術で入院していたことも忘却の彼方^^;。見た目元気だし^^、仕方ないと言えば仕方ない。それに過去の決定は変えることはできない。実際に増悪しているのだ。<br>
<br>
「最初の数値が高ウィルス量なのだから、大手を振って治療できるよ」<br>
<br>
と、先生が微妙な雰囲気で慰めてくれる。私は最初から大手を振れると思っている。先生は完全に違う誰かと勘違いしている。こういったことは大きな病院ではありがちなことだ=って、あったら困るだろう～！！。こちらの希望（根治治療）を強く要望。<br>
<br>
◆◆◆<br>
<br>
先生曰く<br>
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「どんどん治療は進んでいるから（今はもう辞めたら）」<br>
「若いんだから後でしても良いと思うんだけど？」。<br>
<br>
とまた微妙なアドバイス。<br>
<br>
　病気治療に<br>
<br>
「あとあと」<br>
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はないように思う=私の本音。昨年の今迄、<br>
無自覚から２～３ケ月＞巨大腫瘍＆腹水が貯まった。<br>
ゾゾゾな！実体験がある。<br>
私の細胞再生能力はパグを起こしやすいらしい。<br>
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とにかく５月末までペグリパ治療は継続する予定。<br>
<br>
※特段落ち込んだりしていない。<br>
大変とも思っていない。きっと何か意味のあることなのだ。＜と、思っている。普通に働けないのが、ちょっと寂しいかな…。]]> 
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<author>
<name>moondrop_aco</name> 
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<title>2011/2/18～2011/2/20</title> 
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<modified>2011-02-27T15:48:25Z</modified> 
<issued>2011-02-20T23:01:58+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2011:moondrop_aco.51979364</id>
<summary type="text/plain">　飼い猫のルー坊。傷が化膿。
　血膿みを拭いたり、包帯したり…。
　いつもながら安息はないてんやわんや。

　３日分のあれこれ。</summary> 
<dc:subject>twitter/過去log</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979364.html">
<![CDATA[　飼い猫のルー坊。傷が化膿。<br>
　血膿みを拭いたり、包帯したり…。<br>
　いつもながら安息はないてんやわんや。<br>
<br>
　３日分のあれこれ。
<a href="http://zassikousekisei.livedoor.biz/archives/51979364.html">続きを読む</a>]]> 
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<author>
<name>moondrop_aco</name> 
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